第12話 ブロックか返信か
黒須は遊園地の下見から、自宅マンションに帰って来た。
今日一日、ルカに振り回され、どっと疲れてソファーに沈み込んでいた。
だるそうにテレビのリモコンを押し、ニュース番組が流れているのを見るわけでもなく、ただぼうっとしていた。
―「では、ニュース解説員の○○さんに伺います。この中東地域はどうして紛争が続いているのですか?」
―「それは、旧約聖書の時代から続く、非常に根深い問題なんです」
黒須が「聞きたくもない話」と顔を背けると、音声が変わった。
―「おい、黒須サトル。そっちの状況はどうだ」
―「今日は遊園地デートだったようだな。観覧車で“手を繋ごうとして拒否された事件”……起こしただろ」
黒須がテレビに視線を戻すと、二人の悪魔がカメラ目線でこちらを見ていた。
ひとりの男の身なりは黒のタキシードだが、顔の周りで数匹のハエがブンブン飛び回っている。
そして、もうひとりはオタクのような男だった。
「いや、違うって! ただ手すりに手を置こうとしたら偶然タイミングが……見ていたのか」
―「さあ、どうかな。われわれ悪魔は嘘をつくからな。ところで、どうやら天界が騒がしくなった。あいつらは赤坂の高層ビルに出張所を設けたぞ」
―「恋愛CIAオフィスって看板を掲げて、開業していた。俺、見に行ってきた」
そう言ったのは、さきほど営業時間が終わったからと追い返されたあの男だ。
あのオタク男は、探りを入れに行った悪魔だったのだ。
黒須の眉がぴくっと動いた。
「恋愛CIA?……」
―「ああ、何をするのかわからんが……、キューピットだと? 今日はもう営業時間は終わりだとさ」
―「黒須、最近の活動報告をしろ」
「そうか、営業時間は終わったのか……」
―「黒須、何を残念がっているんだ。早く活動報告しろ!」
「活動報告? あ、別に何も問題ない。お前ら、遊園地で監視してたんだろう? ご覧の通りだ。……ああ、そうそう、レストランで青白い炎を出したら、女がビビッて逃げたぜ。アハハ!」
テレビの画面越しに、悪魔は呆れたような表情で黒須を見つめていた。
―「それって、どういう成果なんだ?」
「成果? あるさ。レストランの電気系統をスパークさせてやった。人間どもはパニックさ。ハハハハハ」
―「……女が逃げたのではなくて……。お前、逃げられたのではないか?」
黒須の脳裏に、その夜の東京湾の波の音がよみがえった。
――ザッパーーーン
黒須は打ちひしがれた。
「そういう解釈も成り立つ」
―「まあいいだろう。ところで、お前に新しい指令だ」
画面の横に立っていたオタク男が一歩前に出て、ハエの紳士悪魔にファイルを渡した。
―「黒須、お前のいる学校に転校生が来る。その生徒は、“地上界の門”を通る準備をしている。《ダニエル日辻》という名前だ。その転校生がハルマゲドンの鍵になる」
「ハルマゲドン……ついに来たか」
―「お前の任務は“観察”だ。転校生《ダニエル日辻》は、サタンさまの目に留まった。ヨハネの黙示録通りに、地上に巻物の封印を解くのだ。ルカ・セラフィムの行動も含め、地上の変化を監視せよ」
「ルカ?……やっぱりそうか。あの子を巻き込む気か?」
―「おい、ルカは天使だぞ。あいつに邪魔されないように監視するのが、お前の務めだろ。お前の私情を挟むな。命令を下すのはルシファーさまだ。そして、魔王サタンさまが地獄の最終サインをする。お前は“ただの教師”を演じていればいい。成功を祈る」
オタクがハエ紳士にツッコミを入れた。
―「祈っちゃいけませんって、俺たちは悪魔だ」
―「おっと、そうだな。成功を呪う」
──ピッ。
通信が切れ、画面はさっきのニュース番組に戻った。
黒須は、苦々しくリモコンでテレビの電源を切り、深く椅子に沈みこんだ。
「くそ……。また子どもたちが、巻き込まれるのか……いつの時代もそうだった……」
黒須は目を閉じ、しばし沈黙した。
そして、目を開けるとスマホを取り出し、いつものマッチングアプリを開いた。
だが、今回は女の子を探す操作ではなかった。
相手:ルカ・セラフィム
ステータス:オンライン
「しょうがねえ、あいつに協力を頼むしかないか」
ここは、赤坂の恋愛CIAオフィス。
ルカは、立ち上がって、スマホを取り出した。
そこには、一通の通知があった。
“黒須サトルさんから、新着メッセージあります”
「……!?」
マッチングアプリのDMに、黒須からのメッセージが届いていた。
《すまん。すごく真面目な話がある》
《おれと手を組まないか》
ルカは、画面を凝視した。
「えっ……、恋愛偏差値0もここまでくると哀れだ。今このタイミングで告白!? いやいや……、告白の仕方が怖いって!!」
「ヒュー♪ 先輩、告られましたぁ?」
「うるさい、わたしのスマホを覗くな!」
「だって、マッチングアプリのDMだもん。監視システムに入っているんですぅ」
また受信音がした。
シュポ
《人類を……救いたい》
「何それ! プロポーズのつもり!? え、ええ!?!?」
「先輩、残念ながらこれ、プロポーズじゃないっすね。はっきり言って、罠かもしれません……。普通、堕天使が人類を救いたいって言います?」
ウリエルにツッコまれながらも、ルカは高鳴る胸を押さえ、スマホを見つめた。
(考えろ、これは罠か? それとも戦術? いや、単なる天然の可能性も……)
「やっぱりこの男、ただバカなフリしてるだけじゃ……」
だが、返信しなければ任務に支障が出る。
「ものは考えようです先輩。罠にかかったと見せかけましょう。好機到来。これに乗じて奴の懐に潜り込むんです。そのほうが、今後、転校生が来た時にやりやすいでしょ?」
(ブロック……いや、まだ……一回だけ、様子見……! そうだ、ウリエルの言う通りかもしれない)
ルカはためらいながら、震える手で打ち込んだ。
《……一度だけなら。協力します》
送信。
その直後、黒須のスマホ画面には、通知が光っていた。
“ルカさんがあなたのメッセージに返信しました”
「……やった! サンキュー、ルカ。やっぱ、あいつは信じてくれたんだ……。脈アリ!」
黒須はルカの返信通知を見て、思わずガッツポーズをした。
それが勘違いだとは、1ミリも思っていない。
ある意味、幸せな堕天使だ。




