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ハルマゲドン始まったってよ ~堕天使教師とマッチングしたのは天使エージェントだった~  作者: 白神ブナ
第四章 天使たちのアップグレード

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第118話 ゴール 国立競技場

 国立競技場のスタンドは、すでに人で埋まっていた。


制服姿の高校生。

スーツ姿の教師。

ジャージのまま駆けつけた社会人。

ベビーカーを押した親子。

そして、ただSNSで流れてきた告知を見ただけの、何の関係もない人たち。


黒須はスタンドを見上げ、短く息を吐いた。


「……来たな」


事前に、ほんの一言だけSNSに流した。


《今日、国立競技場で、生徒が“世界の答え”を走ります。応援できる人は、来てください》


黒須が流したメッセージは、それだけだった。

だが、人は集まった。

理由なんて、誰も聞かなかった。

ただ「何かが起こる」と感じて、来ただけだ。

……と、黒須は思っていた。


実際は、ルシファーによる慈善活動と、ウリエルが黒須のアカウントに入って、このメッセージにたくさんのタグを付けたからだ。


《#世界の答え #人類代表 #最後のレース #運命の瞬間 #未来への選択 #今ここで #見届け人募集 #国立競技場 #観戦自由 #応援歓迎 #入場無料 #東京イベント #感動確定 #見ないと後悔 #詳細はこれから #今からでも間に合う #なんかすごいらしい》


実際には、この投稿にはこんなハッシュタグが五十個以上、これでもかというほど付けられていた。

もちろん、黒須の記憶には、その半分以上が存在していない。


一方……

反対側のスタンドも、同じように観客で埋まっていた。

それは、ルシファーの背後にいた、かつての“しもべ”たちだった。

子分と呼べる者もいれば、ただ彼の思想に魅せられた純粋なファンもいる。

力。

知性。

カリスマ。

それらを求めて集まった人々だ。

(と言っても、普通のおばちゃんたちが大半だが)



国立競技場に集まった人々は、観客は固唾をのんで待っていた。

先に入ってくるのは、ルシファーか。

それとも、ダニエルか。

ウリエルのアナウンスが、場内に響いた。


『えー、皆さま! 大変お待たせいたしました。いよいよ両選手とも競技場ゲート前を通過したとのことです。さて、ハルマゲドン・レース、最終局面です! まもなく、両者が入場します! 先に姿を見せるのはルシファーでしょうか。ダニエルでしょうか!』


 次の瞬間、二つのシルエットが見えて来た。

二人は同時に、国立競技場の外周コースに姿を見せた。


「上等だ」


ルシファーは、国立競技場に入るなり、自分の応援団を見てニヤリと笑った。


爆発音のような大歓声が、どどーーっと湧いた。


「ダニエルーーーー!!」

「ルシファーさまーーー!!」

「がんばれーー!!」

「ダニエルくん、かっこいい!」

「ルシファーさまー、ラストスパートだぁーー!


光の中で陸上用のトラックを、二人は並んで走った。

ゴールは、ここを半周だ。


その時、ルシファーが、隣で走りながら低い声で囁いた。


「ダニエル」


「……」


「世界の頂点に立つ気はないか」


ダニエルの足が、ほんの一瞬だけ乱れた。


「君がその気になれば、なれる。選ばれた存在として、人の上に立ち、裁き、導く側に。もろん、わたしがサポートする」


ルシファーの口元が動いていることに気づいたのは、ルカだった。


(ルシファーが、ダニエルに何か話しかけている……誘惑してる)


ルカは、ウリエルと通信した。


「……ウリエル、盗聴して」


―「了解っす」


ウリエルの解析が、即座に黒須の端末に送られてきた。

スマホを開いて内容を読んだ黒須の指が、ぴくりと動いた。


(……言いやがったな)


怒りがこみ上げてきた。

だが、黒須は動かなかった。


「ちょっと、黒須先生。このまま見逃すつもり? これはルシファーの罠よ」


「……信じろって言ったのは、君じゃないか。あいつは、俺の生徒だ。転校してきた頃とは違う。確実に成長しているはずだ」


「何よ。今度はいきなり大人?」


黒須は、ただ黙って見守ることにした。

担任の黒須がそう決めたのなら、

黙ってルカも祈るように見守ることにした。


レースはデッドヒートだった。

二人の距離は、ほぼゼロ。

ゴールラインが遠くに見えたところで、ダニエルは、はっきりと答えた。


「ピラミッド型の頂点……は、僕たちが……ひっくり返しますよ」


ルシファーの目が、見開かれた。


「……何?」


ダニエルは、息を切らしながらも、言葉を続けた。


「底辺の僕たち、……ひとりひとりが神になる時代が来ます。いえ……もう、その時代に……なっています」


息を切らしながら、ダニエルはルシファーからの誘惑的質問に答えた。


「日本人は………無宗教なんかじゃないですよ………」


ダニエルが何かを言っていることは、なんとなくスタンドの人たちにも伝わった。

スタンドのざわめきが、徐々に静まっていく。


「春夏秋冬……天の恵みに感謝することが多すぎて、……生活と……一体化していて目に見えないんですよ」


ダニエルは、前を見たまま、力強く断言した。


「ひとりひとりが神なんです!」


そして、最後に……、


「そして……その代表は……毎日祈ってくれている方です。世界のどんな王もかなわない祈りの力があるから、終末なんて関係ないんですよ。神はね、……」


ダニエルは自分の胸を拳で軽く叩いた。


「ここにいます」


その瞬間、ルシファーの足が、もつれた。

ルシファーの思想が、……価値観が、根こそぎ揺さぶられた。


彼は、コースで転んだ。

もつれた足は体を支えきれず、土埃を建ててグランドにうつ伏せになった。


スタンドが、どよめいた。


「「「おおおおおぉぉぉっ!」」」


ダニエルの足が……止まった。

そして、引き返した。


「……何をしている! ダニエル! ゴールしちまえよ!」


誰かが叫んだ。


だが、ダニエルはルシファーが転んだ地点まで戻ると、静かに手を差し伸べた。


「ルシファー先生」


ルシファーは、呆然とその手を見上げた。


「同情なんかじゃありません。僕、勝ち負けは好きじゃないんです。一緒に……ゴールしてください」


沈黙。

国立競技場は、無音状態になった。

やがて、ルシファーは、自嘲気味に笑った。


「へっ……君は、本当に………」


ルシファーは、差し出された手を見つめた。


「面倒な生徒は大嫌いだ」


そう言うと、その手を取って、ゆっくりと立ち上がった。

そのとき、観客席からルカの声が聞こえて来た。


「ルシファー、あなたへのミッション! 一緒にゴールしやがれーー!! 」


その声に、ルシファーは顔をポッと赤くして、しょうがないなぁとでも言うように、伸びをした。


「どうやら、わたしの契約者の命令があった。ダニエル、行くぞ」


そして、ダニエルとルシファーは並んで、最後の直線を走った。

国立競技場が、揺れるほどの歓声だった。

誰かがこの瞬間を動画にとって、SNSに流した。


黒須は、目を伏せて、小さく笑った。


「……ああ、これでいい」


黒須の優しくてピュアな琥珀色の瞳が、ゴールするダニエルとルシファーを見ていた。


「これが、ダニエルが出した答えだな。俺なら合格点やる」


Λ(ラムダ)の声が、空中のどこかで、静かに響いた。


Λ

『最終判定フィールド、展開』

『最終判定。“人類”は、神を否定せず、神を独占もしなかった』

『……存続、承認』


ダニエルとルシファーは、手を繋いで一緒にゴールテープを切った。


黒須は真っ先にグランドに降りて、ダニエルとルシファーに抱き着いた。


「ダニエル―! ルシファー! お前ら最高だぁ!」


「ちょ、ちょ、ちょっ、黒須先生、苦しいよ」


「おい、抱き着くな、黒須! 気持ち悪い! 普通ここでバスタオルだろ!」


ウリエルは実況中継を終えて、観客席でルカの横に座っていた。


「やっぱ、あれっすねー。ダニエルをここまで成長させた黒須さんって、すごいっすね。先輩。……先輩? あれ? ルカ先輩? どうしました?」



 ルカは、グランドに降りて喜んでいる黒須をじっと眺めていた。


「やっぱり、あの時、消さなくて正解だった。最初に見た時はポンコツかと思ったけど、なかなかいい線いってるわよね、黒須先生って。そう思わない?」


「ルカ先輩……。すごいっすよね。ルシファーが最後に走ったのは、先輩の命令っすよ。先輩は黒須さんだけじゃなく、ルシファーまで完全攻略しちゃいましたよ。さすがっす」


「あ、そういえば! あ、あのハッシュタグ、天界に関係するワードは全部削除しといたからね」


「ええええ! そうだったんっすか?」


「当然でしょ。ミカエル上官とガブリエルって、意外とSNSを見ているからね」


「ふぅーん、じゃあ、今日も応援しに来ればよかったじゃんね」


「……そうね。案外、近くに来ているような気がするわ」


「え……マジで?」



 国立競技場を見下ろすルーフの上から大天使は、全てを見ていた。


「神の留守中にΛ(ラムダ)を使おうなんて、ルシファーにしては考えが浅かったな」


「金のために動いたのだろう。この国には終末思想はないと知っているはずだ。わざとやったのかもな」


「ガブリエル、飲み仲間が疲弊してるぞ。どうする、助けに行くか?」


「そうだなぁ。……神が帰ってくる前に、飲み会……いや、反省会するか。ミカエル、君が行けよ。部下が喜ぶぞ」


「ガブちゃんもそうとうツンデレだな。君こそ、何かしてやれよ」


「何かってアレか。ミカちゃん」


ハルマゲドンは終わりではなかった。

と言うよりも、始まりがなかったから終わりも無かった。

もともと日本人には終末思想がないのだから、人類最終戦争が起こることはない。

人間が思考しないことは起こらない。

それが、この世界の選んだ答えだった。


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