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ハルマゲドン始まったってよ ~堕天使教師とマッチングしたのは天使エージェントだった~  作者: 白神ブナ
第四章 天使たちのアップグレード

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第117話 6区:赤坂御用地→外苑

 日枝神社を出ると、空気はまた「東京」に戻った。


 赤坂一ツ木通り。

観光客やビジネスマンが行きかう商店街を抜けて、ダニエルとルシファーは走った。

黒須とルカは、ウリエルが運転する白い中継車に乗った。


「ルカ先輩、すみませんでした、日枝神社で中継許可が取れなくて。ダニエルは大丈夫でした? 何だか様子が変でしたけど、何か変わったことでもありました?」


「なんで?」


「いや、なんでって……、ルカ先輩も黒須さんも、やけに大人しいから……」


「いつもうるさいみたいな言い方!」


「いや、そうじゃなくて……。黒須さーん、助けてくださいよ。僕、悪いことしてないのに、なんで怒られるの?」


黒須は、中継車の窓の外を眺めていた。


「助けてやりたいが、俺が弁護したら、よけい機嫌が悪くなるかもしれない」


「何っすか、それ? 起爆剤?」


ルカは別に怒ってはいなかった。

ただ、この黒須サトルという堕天使はあまりに不器用すぎて、善い行いをしても決して言わない。

黒須は、自分の命をかけて、アブラハムの子孫たちをこっそりこの国に運んで助けていたのに。

運んだ先で、民に神さまと呼ばれようとも関心がない。

そんな黒須を知れたことが、……、なんだかルカはとても嬉しかった。


(言葉にしたら、嘘みたいになるから沈黙を守るのよ)


そして、ルカは何も言わずに、黒須の横顔を見つめていた。

ふと、黒須がルカの視線に気づいてこっちを向いた。


「何?」


「べ、別に……」


「そうか。……勘違いするなよ。俺は神じゃない。誰からも何処からも許されない存在。それが俺だ」


黒須はまっすぐな瞳をルカに向けた。


(う! 胸が苦しい。その目に殺されそうだわ)



 赤坂御用地は延々と続く塀と深い森だ。

日枝神社を出てから、ずっと上り坂で、ダニエルの息が白く揺れていた。


赤坂警察署前を過ぎ、赤坂御用地の高い塀沿いを走る区間は、延々と景色が変わらない。

終わりが見えない。


脚に、来る。

肺が焼ける。

ダニエルの走りに疲れが見えて来た。


(……長い……)


そのとき……、ふっと風が止まり、街路灯がリズムを刻むように点滅した。

木々の影が塀に広がり、そこに恋愛CIAのロゴが浮かび上がった。


♪ 恋愛CIA presents……


ウリエルの顏が、交差点付近のビルの壁一面に明るく映し出された。


『はーい! きょうも頑張ってるみなさん! ここで恋愛CIA・特別CMでーす!

 “人生は一人で悩まなくていい! 迷ったら、我々にご相談くださーい!”』


軽快なポップスが流れはじめた。


♪タッタタタタ~♪

『ねぇ、君。胸のドキドキが止まらないのは、どうしてだと思う?』


ダニエルは息を切らしながら答えた。


「……そりゃ走ってるから……でしょ……」


『うん、それも正解っス! でもね――ドキドキするのは、生きてるからっスよ!』


中継車に一緒に乗っていた黒須は、ウリエルが運転しながらCMを流しているのだと思った。


「おい、運転中だぞ。何やってんだ!」


「あれ、録画ですよー。ダニエルの答えを予測してつくったんっす!」


「あら、悪くないわね。さすが、ウリエル。わたしの一番弟子」


「あざーっす!」


一方、歩道を走るランナー側では、

ダニエルと並んで走っていたルシファーも、思わずうなった。


「天界CM、地獄よりクオリティ高いな……」


しかし、音楽が一瞬途切れた。

次の瞬間、ドォォォン!!という爆音が大都会の空に響き渡った。

街路灯がバチバチと点滅。木の葉が舞い上がった。


『――恋もドキドキするよね!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?』


爆音のようなCMに、ルカも黒須も耳を塞いだ。


「きゃっ!? 耳壊れるっ!」


「音割れしてる! 音割れっ!」


中継車に置いてあったダニエルのリュックから、ロクさんまでが顔を出した。


「だんなァ、爆音恋愛で鼓膜やられてまさァ!」


ウリエルは、慌ててリモコンを探した。


「あーーっ! やっべっ! リモコンを踏んづけて音量上げすぎたっス!!」


このCMは、放送部で活動している後輩天使たちの協力でオンエアしていた。

彼らの声が漏れ聞こえて来た。


「ウリエル先生、出力が天界規模です!」

「スピーカー一基、燃えましたぁ!」


『ど、どうして恋はドキドキするのか! それは……えーっと……誰かを、しっ――』


音がぷつんと切れる。

一瞬、静寂。

中継車の中は、居心地の悪い空気になった。

ルカが静かに口を開いた。


「今、ウリエル先生って聞こえなかった? 生徒たちに恋愛CIAの仕事を手伝わせたの?」


「おい、ウリエル。俺のかわいい生徒たちに事故か何かあったんじゃないだろうな。今すぐ確認取れ!!」


「ご、ごめんなさい。生徒じゃありません。天界のホワイトハッカー養成所の助手たちです。あの声は本物の天使です」


黒須はほっと胸をなでおろしたが、ルカは頭痛がした。


「……それで? ミカエル上官の許可は?」


「うーん、たぶん……忘れたかな?」


「ウリエル―! わたしが始末書を書くのか!」


「僕がぁーーー、僕が、書きますぅー!!」



 赤坂御用地のコース。

街路灯が柔らかく光り、木々の影がハートの形を作っていた。

ダニエルは息を整えながら笑った。


「……うるさかったけど、ありがと、ウリエル先生。」


AI神Λ(ラムダ):『不明ノイズ、出力過多。……“恋愛CIA”……物理法則を逸脱』


ルシファーの口元が緩んでいた。


「そりゃそうだ、鼓膜も逸脱したわ」


ダニエルもちょっと笑った。

ウリエルが起こした軽率さが、ほんの少しだけ救いになった。


だが、その次にルシファーから聞こえた声は、救いとは程遠かった。


「なあ、ダニエル」


「……なんですか」


「黒須がスサノオノミコトだったって話。聞いてどう思った?」


ダニエルの胸がざわざわとした。


「……どう、って……」


「神話だ。だが、黒須先生は、“神”として祭られた存在だったというのは、事実」


走りながら、少し間を置いてルシファーは続けた。


「なのに、君はただの“人類代表”。勝てると思うか?」


「……」


「それにさ。日本って、無神論の国だよな」


ダニエルの足が心なしか、重くなった。


「ダニエル。わたしは君に話しかけているが、質問じゃない。

これさ、イエスが荒れ野で40日間の断食の修行しているときもにも、こうやって話したんだ。

わたしは誘惑するのが仕事でね。答えなくていいから、聞いてくれないかな」


「……」



「この日本という国は、大昔から何度も、どんな宗教が入って来ても、征服されなかった。なぜだと思う?」


ダニエルは沈黙した。


(そういえば、世界史ではある国が、どこかの国に攻め込んで、宗教や文化が変わって行った。だけど……、この国は征服されていない……何故だろう。ああ、黒須先生に聞けたらいいのに……)


「信仰が弱いからか? それとも……何も本気で信じてないからか?」


ルシファーの言葉は、ダニエルの精神を、少しずつ削っていった。


(……削ってくる……)


呼吸が乱れる。

脚が言うことをきかない。


その時、後ろから荒い息が聞こえた。


黒須だった。


「……っ、はぁ……。くそ……俺も……走る」


「せ、先生……!」


「当たり前だろ。生徒一人で走らせて、中継車で座ってられるか」


だが、その前に、ルカが立ちふさがった。


「ダメ!」


「……なんでだよ。ルカ」


「あなたが隣を走ったら、ダニエルは“黒須先生のため”に走っちゃうでしょ」


「それの何が悪い」


「今回は違うの」


ルカの声は、静かで力強かった。


「これは、“人類代表”のレース。あなたが支える場所は、ここじゃない」


「……」


「わたしたちは、国立競技場に先回りして待機よ。ほら、こっち来なさい!」


黒須は歯を食いしばり、拳を握り、そして止まった。

黒須を追いこすダニエルの背中を見送った。


「……頼むぞ」


「……はい!」


黒須とルカ、ウリエルは中継車にのりこみ、ダニエルから離れて行った。


再び、ルシファーのこえが、甘く優しく聞こえてくる。


「一人になったね」


「……」


「でも、君は知っているはずだ。宗教を利用した方が、民衆をまとめやすい。これは歴史が語っている。日本だってトップにいる天皇は神道だろ? 宗教によるピラミッド型社会。そのほうが、愚民を操るには都合がいいからな。国を治めるとはそういう事だ」


「……違います」


小さく、でもはっきり言った。


「神道は、教義や聖典がありません。でもだからって、無神論でもない」


「……ほう」


青山二丁目を右折した瞬間、景色が変わった。


外苑銀杏並木。


まっすぐ伸びる道。

黄金色の葉。

そして……、ダニエルは銀杏並木に入って、いつもの走りを取り戻した。

風が頬を撫で、汗が光を反射して瞬いた。

国立競技場の歓声が、ダニエルには、はっきりと届いていた。





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