第11話 天界出張所東京支部
夜の赤坂高層ビルの22階に《恋愛CIA(Cupids' Intelligence Agency)》のオフィスはあった。
眼下には美しい東京の夜景が広がっている。
ルカは急いでそのオフィスに到着したが、いるのはウリエルだけで大天使ミカエルの姿はなかった。
「ルカ先輩、お疲れ様でーす。意外と早く着きましたね」
「ミカエル上官は?」
「もうひとりの大天使と一緒に、いらっしゃる予定です」
「そう……、遊園地の下見の様子、ミカエル上官もご覧になっていたのか?」
「はい、一部始終」
ルカは額に手を当てて天を仰いだ。
「あああああ! 終わったー。もっと早くあいつを始末しておくべきだった……」
「その部分は僕の方から説明しときました。堕天使黒須はわざと泳がせていますって」
よくできた後輩によって、ルカは命拾いをした。
「うむ、ナイス、ウリエル! 感謝する。……それにしても、よくこんな物件を借りられたわね。恋愛CIAは単なる思いつきだったのに」
「あ、ぼくがミカエル上官に提案したんです。そしたら、天界出張所東京支部にちょうどいいって援助してくれました」
「え? 公認の天界出張所かっ!」
「えっと……、そうなります」
そのとき、一人の男がおずおずとオフィスのガラスドアをノックした。
(ミカエル上官か?)
男は、カバンからスマホを出して、ちょこんと挨拶した。
パッとしない、オタク風のさえない男だ。
「どうも。あのー、広告を見たんですけど……、ここって結婚相談所ですか?」
ウリエルとルカは顔を見合わせた。
「ウリエル、お前……広告出したのか?」
「出しましたけど、まさかこんな早く客が来るなんて……」
「マジで?……お前が接客しろ。こういうのは得意分野でしょ」
ウリエルは営業用スマイルで男の前まで進んだ。
「いらっしゃいませー。誠に申し訳ございませんが、本日の営業は終了いたしました」
「えええ!! そうなんですか? 残念だぁ。じゃ、このパンフレットだけもらっていいですか?」
「ええ、どうぞ、どうぞ……」
すると、オフィスのガラスドアがスーッと開いて、今度はブロンドの男と茶色い髪の男が入って来た。
二人とも美形で白いスーツを着て、ぱっと見た感じは、高級クラブのホストに見える。
でも、どこか中性的でもあり、この世のものではないオーラを放っていた。
ウリエルは、この二人が入ってくると丁寧に頭を下げた。
「お待ちしておりました。ミカエル上官」
「ああ、ウリエル。ルカはいるか」
「ええ、たった今……」
すると、さきほど入店を断られた男が、親切心で今来たホスト風の男に教えた。
「あのねぇ、今日はもう営業時間が終わっちゃったみたいですよ」
「君は?」
「あ、すみません。僕は広告見て来たんだけど……」
「そうか。ありがとう。わたしはこの会社の社長だ。残念だったな、また来てくれたまえ」
男はポカンと口を開けてつっ立っていた。
ミカエルの隣に立っていた茶色い髪のイケメンが、男に耳打ちした。
「ちょっと会議があるので、席を外してほしいんだが……」
「あ、ああ、お邪魔でしたね。どうもすみません。また来ます。じゃあ……」
「いいお相手が見つかる事を祈っていますよ!」
男が去ったのを見届けると、ミカエルはオフィスの中にまで入って来た。
「人間と言うのは本当に単純だな。親切にすると従順になる。ルカ、いるか? ちょっと話がしたい」
「あ、はい、ミカエル上官」
ルカは、軽くひざまずいてあいさつをした。
ミカエルは連れの天使を紹介した。
「天界にいないと、あまり会う機会が無いだろうから紹介しておこう。大天使ガブリエルだ」
ルカは、引きつった顔で答えた。
「ええ、存じております。有名ですもの。聖母マリアさまが処女でありながら、神の子を身ごもったことをお告げになった天使。あの頃は確か……」
「広報部だった」
「あ、そう、そう、腕利きの広報担当でいらっしゃいました」
ルカは、何とかにこやかな話題で、空気が柔らかくなるように気を使っていた。
だが、ミカエルはいきなり核心を突いてきた。
「堕天使殲滅の進捗状況を聞きに来た」
「……どうして? あ、いいえ、あの、もし何か問題があったのなら調べますが」
「別に問題はない。いろいろと起こっているが……、全部うまくいっている」
「全部?」
「ああ、なにもかも、神の計画通りに進んでいる。堕天使のアジトを突き止め、動向を監視しているのだろ?」
「ええ、そうです」
「喜べ、ルカ。ついに神の巻物の封印が解く者が見つかった。封印を解けば、黙示録の四騎士が召喚される。それは、支配・戦争・飢餓・死だ」
「神の巻物?……封印を解く?……」
ミカエルの言葉に、ルカは自分の勘が間違っていなかったと確信した。
天使エージェントを黒須に接触させた本当の理由を、ミカエルは今、明かした。
それは、黙示録に書かれている神の計画の実現。
つまり、ハルマゲドンが始まる。
「つ、ついにあの計画が実行に移されるのですか。封印を解く者は、あの、どなたで……」
ミカエルはルカの顔を見つめた。
「あれ? 言ってなかったっけ? 君が潜入した学校に転校生が来る。わかってて潜入したんじゃないのか、ルカ。」
「あ、ああ、もちろん、わかっております。それを察知して、青葉学院高等部に潜入しました」
本当は、ルカはそこまでは知らない。
たまたま黒須を追って潜入しただけだった。
ウリエルが、ちょっとだけ肩をすぼめた。
もちろん、ミカエルたちに気づかれない程度に。
「新しい転校生《ダニエル日辻》が来る。彼が神の巻物の封印を解く者だ。それにより、世界の均衡が崩れ、ハルマゲドンが加速する」
「……はい。わたしの任務は?」
「見極めよ。ダニエル日辻が《破壊の子》か、《選ばれし者》か。それから……」
「それから?」
「はっきり言っておく、ルカ。堕天使の黒須サトルは君にとって、“敵”だ。忘れるな」
「……!」
ルカの肩がわずかに震えた。
ミカエルの声が続く。
「心に戸惑いがあるなら、手を引け。これは遊びではない、ルカ・セラフィム」
「……戸惑いなどございません。任務、遂行します」
恋愛CIAオフィスの照明が、ルカの背中を押すように明るく光った。
「じゃ、よろしく」
ミカエルは立ち上がり、ガブリエルと共にオフィス出入口まで進むと、ふと振り返った。
「おっと、言い忘れるところだった。創世記、堕天使を追放した天界の戦いの話だが、ルカ」
「はい、何でしょう」
「お前が堕天使に消されなかったのは汚点ではない。なぜなら、天界に汚れはないからだ。全て神のご意思だ」
「はい、……御心のままに」
ガブリエルはオフィスを見回して言った。
「いいオフィスだな。気に入った。ウリエル、君は、見どころあるぞ。ミカエルの部下たちはいいなぁ。こんなオフィスを使えて。俺も東京支部にしてもらおうかな。砂漠はもうこりごりだ。ハハハ」
そう笑うと、ガブリエルはミカエルと一緒に、すぅっと消えた。
緊張から解かれたルカは、どっと疲れが出て椅子に崩れ落ちた。
「あー、緊張したー! 格下げじゃなかったー」
「でも、ルカ先輩の心に戸惑いがあるって、見抜いてたみたいっすね」
「戸惑い? そんな物は無い」
「だけど、昔の出来事って僕はわからないけど、覚えてらっしゃったじゃないですか。汚点ではないって……」
「ああ、全て神のご意思だとも、おっしゃていた……。わざと試したってこと? 意味わかんない」
「え、わかんないのに返事しちゃったんですかー?」
「そんなものよ。神のご意思は言葉にはできない。わたしたちの理解をはるかに超えているから。その……神の巻物の封印を解く者の話も」
「それって、アレですよね。ハルマゲドンがはじまるってことっすよね。なんか、ワクワクするなぁー」
若いウリエルは、これからスペクタクル映画でも始まるみたいに、期待に胸を弾ませていた。




