第107話 ハルマゲドン・レースやるってよ
――その日の夜。
ルカは、赤坂・恋愛CIA日本支部にいた。
一旦は都落ちしたオフィスが、再び赤坂に戻って来ていた。
天界から、莫大な賠償金を支払って。
夜は、恋愛CIAオフィスに黒須も来ていた。
今後の作戦を立てるためだ。
ルカはデスクで資料の山を片付けながら、ウリエルのカフェラテ(※砂糖40%)を横目でにらんだ。
「……あんた、それコーヒーっていうより、液体スイーツだよね」
「脳の回転には糖が必要っス。恋愛分析AIもそう言ってたっス!」
「AIに言われて信じるあたり、末期よ」
そこへ……
ピンポーン♪
玄関チャイムが鳴った。
ウリエルがドアを開けたが、誰もいなかった。
足元には白い封筒が落ちていた。
「……なんスかこれ? アレですかね」
ルカは封筒を受け取ると、眉をひそめた。
封蝋には“燃える獣のマーク”があった。
黒須はそのマークを見て不安が広がった。
「……メギドの丘か。 ついにここにも挑戦状が届いたか」
恋愛CIAオフィスは、天界出張所でもある。
ここにも挑戦状が届くことは、ルカはわかっていた。
ルカは黙って頷き、そして、封を開けた。
中には、一枚の挑戦状と詳細が書いてあった。
『挑戦状:ハルマゲドン・レース
テーマ:教育を信じる者よ、人類の存続価値を神に証明せよ。
実行日:近日中
コース:浅草寺〜代々木競技場(約28km)
参加者:ダニエル日辻、他1名
判定者:AI神Λ(ラムダ)
主催:文部科学省、終末実行委員会
協賛:メギドの丘』
ルカは読み終えると、しばし無言になった。
黒須が冗談めかして、ルカの背中を叩いた。
「ったくなぁ!……運動会の案内かってんだ?」
「黙れ、堕天使。こっちは人類の運命がかかってるの」
ウリエルが椅子ごとくるくる回りながら言った。
「でもなんか、28kmって中途半端じゃないっスか?」
「中途半端だからこそ、意味があるの」
ルカの声は静かだが、鋭かった。
「“28”は旧約聖書で“試練の数字”。そして、“8”は∞(無限大)……つまり神に近づくこと。
『メギドの丘』は、試練をもって、人類の存続の価値を測るつもりね」
「まさか……このレースで、人間を選別するってことか」
「そう。Λ(ラムダ)は、人間をデータで分けて、イエスが再臨する前に選別してしまうつもりだからね。ただ、……参加者、他1名って誰かしら」
すると、音もなくルシファーが空間移動で、突然現れた。
「わたしからも、ハルマゲドンの詳細を説明しよう。つまり28キロを走り切るんだ」
「ルシファー! 来るなら来るって言ってよね! いきなり天井からぶら下がらないで!不法侵入で訴えるわよ」
「コウモリスタイルのつもりだったが、現代人にゃ伝わらんか」
「おいルシファー、今、走る、って言ってなかったか?」
黒須の眉がぴくりと動いた。
「“AI神Λ(ラムダ)”による最終審判……《人類適正テスト:マラソン形式》だ。場所は東京。ルートは、浅草から国立競技場まで。条件はただ一つ。誰も飛んではならない」
「……つまり、堕天使も天使も、地面を走れってことか? お前、参加者の他1名って、誰か知ってるか?」」
「さあね。そう、神の選別は“地上”で行われる。公平だろう?」
ルシファーが肩をすくめて笑った。
そのとき、誰かが恋愛CIAオフィスの扉をノックした。
ウリエルがドアを開けると……、黒須の生徒たちだった。
ダニエル、マル、イワン、マリ、そしてロクさんが並んで立っていた。
彼らは、ダニエルから話を聞いたらしい。
イワンが拳を握って叫んだ。
「黒須先生! オレが走ります!」
「イワン……」
ルカも黒須も驚いた。
彼は陸上部のエース。確かに走りは得意だ。
だが、AI神Λ(ラムダ)の干渉下で何が起きるかわからない。
それは危険すぎた。
「ダメだ」
黒須の声は意外なほど強かった。
それでも、陸上部の威信にかけて、イワンは手を上げた。俺に走らせてください!!」
しかし、それはダニエルが断った。
「ありがとう。気持ちだけもらっとくよ」
ダニエルは、眼鏡の奥の瞳がまっすぐイワンを見据えていた。
「僕が走るって、これは決まっているんだ」
「なに言ってんだ、おまえは!」
イワンが振り返る。
「おまえ、運動とか一番苦手じゃねぇか! 俺が走った方が速い!」
「速さの問題じゃないんだ」
ダニエルは静かに言った。
「これは、AIが“人間の価値”を決めるレースなんだよ。メギドの丘は僕を指名してきたんだ。僕が走らないと意味がないんだよ」
ロクさんの黒ヤギのぬいぐるみの目が、かすかに光った。
「あっしは賛成でござんすね。だんな。走るのは足だけじゃねぇ、魂も走るんでさぁ!」
「……。ロクさん……、こりゃあもう、心の底から、礼を言うぜ。……へっ、心の底から、ありがとよ」
黒須は、ロクさんの言葉に心動かされた。
そして、そっとダニエルの顔を見た。
その瞳に、もはや迷いはなかった。
天使でも堕天使でもない、神の封印を解いた選ばれし者の目だった。
ルシファーは、その目に惹かれた。
「いい目だ。悪くない」
ルカは腕を組み、軽くため息をついた。
「ただし、走るなら徹底的にやりなさい。天使式・地獄式・人間式、全部混ぜて叩き込むわよ」
しばらく沈黙のあと、ウリエルが手を挙げた。
「つまり、このレース……勝ったら、人類は存続価値ありってことっすよね?」
「だな。負けたら、AI神Λ(ラムダ)の支配が始まる。」
ルカは椅子から立ち上がり、封筒を手に強く握った。
「ウリエル、恋愛CIAの再稼働を」
「え、まじっスか!? あれ、一旦封鎖してから、まだ試験運用段階で……」
「いいの。非常時モードよ」
ルカの目がまっすぐ光を放った。
「AIに“人間”が測れると思うな」
ウリエルは敬礼した。
「了解っス! 恋愛CIA、ミッションコード再起動――!」
ピピピ……ピピ……
モニターに“恋愛CIA起動中”のロゴが浮かんだ。
すると、オフィス中がハートの衛星に占領された。
ルカは、ハートの形の衛星が回転させ、AI神Λ(ラムダ)の監視網をかいくぐるように電波を発信した。
生徒たちはその技術を呆気に取られて見ていた。
黒須が呆れたように笑った。
「本気でやる気か。恋愛CIA」
「わたしを誰だと思っている。天使エージェント、それが本職よ」
ルカが挑戦状を掲げた。
「人間の愛と教育の本気、見せてやろうじゃない」
黒須とルシファーは、そんなルカに惚れ惚れしていた。
ウリエルは小声で言った。
「かなり乱戦になりそうっスね」
「うん……、映像的にずっと見ていたいがな」
「黒に同じ」




