第106話 俺の前で一致団結するな
一触即発状態から、いきなり手札を切ったのはルカだった。
ルカは怒った。
「黒須先生が迷うからでしょ!」
ルシファーはルカの叱責に感心した。
「珍しく正しいことを言うな。あ、そう言えば天使だっけ。あまり圧があるから忘れてたわ」
「ルシファー! 何その言い方!!」
黒須は更にムッとした。
「……お前らさぁ。俺の前で一致団結して責め立てるのやめろよ。なんか腹立つんだよ。名前も似てるし……ルカとルシファーってさ」
「黒須先生って、バカなの? 似てないわよ。“ル”しかかぶってないじゃん! 小学生クイズじゃないんだから!」
ルシファーは、元部下の黒須にあきれ果てた。
「誰のための議論だと思っている?」
「……誰って……俺のためじゃねぇのかよ」
「ちがうわ!!」
「違うぞ」
「だからーーー!!! オーマイデーモン! お前ら揃って“違う”って言うな!!」
黒須は視線をそらし、缶コーヒーを握りつぶす勢いで言った。
「……分かったよ。伝えりゃいいんだろ、ダニエルに」
「怒ったの……?」
「お前ら二人が仲良く並んで言うとだな……なんかムカつくんだよ」
「理由がくだらないな。黒須」
「うるせぇよ。くだらなくても、俺が動く理由になったんだからいいだろ」
ルカは一瞬ぽかんとし、そして……顔を赤くした。
「……その……嫉妬したってこと? かしらん」
「違ぇよ!!! ただ……お前がルシファーに近づくのが……なんか……気に入らねぇだけだ!!!!」
ルカは真っ赤になって怒った。
「ど、ど、ど……どういう意味よそれ!!」
「痴話喧嘩なら校外でやれ」
今度は、黒須とルカが同時に叫んだ。
「「痴話喧嘩じゃねぇ!!!!」」
そして、黒須は深く息をつき、真面目な口調に戻った。
「……でもよ。ダニエルは……俺の生徒だ。あいつに嘘はつけねぇ。あの子って、感がいいからさ。俺がビビってるように見えるのも嫌だ」
「やっと本音が出たな。黒須」
「黒須先生……あなたなら言えるわ。あの子に真実を伝えられるのは、あなただけよ」
「……ああ。わかってる。行ってくるよ。ダニエルに全部話す。Λ(ラムダ)計画も、ハルマゲドンも。俺は……絶対に、あいつを死なせない」
「ふん。やっと本気の顔になったな。行けよ。反逆者。」
「お前には言われたくねーよ」
「がんばって、黒須先生」
黒須は屋上の階段へ向かった。
彼の少し背中が広くなったように見えた。
だが、一旦、立ち止まった。
「お前らへの……嫉妬から始まったけどよ……最後にはちゃんと教師らしいことすっからな」
その言葉に、ルカはそっと微笑んだ。
「……ほんと、不器用なやつ」
ルシファーも少し笑った。
「同感だ」
「あら、あなたと意見が合うなんて最悪」
「こちらもだ」
黒須が階段の影に消えた。
屋上には夕暮れの風が残り、ルカとルシファーだけが取り残された。
しばらく沈黙。
ルカは遠くの空を見て、なんとも言えない表情をしていた。
「黒須先生……大丈夫かしら……」
ルシファーは鼻で笑った。
「心配しすぎだ。あの堕天使は、しぶとさだけは一流だ」
「そういう言い方、やめてほしいわね!」
「ふっ……また怒ったか」
「怒るわよ、当然でしょ!!」
「……実に良い」
「はぁ!? 良くないでしょ!!」
ルシファーは、ほんの少し目を伏せた。
その影は、笑みとも、痛みともつかなかった。
そして小声でつぶやいた。
「……やれやれ。わたしと君が“珍しく意見一致”したのを、あいつは相当嫌がっていたな」
「黒須先生はそういうところあるのよ。素直じゃないから」
「似た者同士だろうが」
「どこが!!」
「君も素直じゃない」
「う……っ……!! あなたに言われるのは心外だわ」
ルシファーはふっと視線を逸らした。
そして、誰にも聞こえないような声で呟いた。
「──だけど。黒須と同じタイミングで、お前と意見が合ったのは……悪い気分ではなかった」
「え? 何か言った?」
「何も言っていない」
「え、何か言ったでしょ。何?何? 絶対言ったでしょ!!」
「聞き間違いだ」
「今の、なんか意味深だったでしょ!? 何なのよ!」
「わたしと君の仲が深まるのを、あの堕天使は嫌がる……実に愉快だと思ってな」
「ちょっと!? やめなさいよ、そういう言い方って、最低!!」
「君が怒るのを見るのも……悪くない」
「も~~~~~~~~~っ!!」
ルシファーはわざとらしく肩をすくめた。
「罵倒されるのも、嫌いではない。黒須と違って、わたしは素直だからな」
「はぁ? アンタも十分ひねくれてるわよ!!」
「うん、褒め言葉として受け取っておこう」
「褒めてないっつーの!!!!!」
ルシファーは軽く笑った。
堕天使とは思えない、ほんの一瞬の柔らかさだった。
そして、心の中でそっと呟いた。
(あわよくば……黒須から君を奪うのも、面白いかもしれないな)
彼はそれを決して口には出さない。
だが、ルカへの興味は確かにあった。
「……さて。黒須がどこまで見せてくれるか……楽しみだ」
夕陽が落ち、空はいつの間にかよるになっていた。
いつのまにか、止んだ雨雲がぼんやりと月の光を包み込んでいた。
そのころ、校舎の中。
部活動を終えた生徒たちが行くの廊下を、ダニエルも歩いていた。
ダニエルは黒須に伝えたいことがあったのだ。
だが、先に黒須の方から声がかかった。
静かな社会科準備室に、ダニエルは黒須から呼び出され、中に入った。
「……よ、よぉダニエル。元気か?」
「はい。先生こそ、……なんでそんな“犯罪者を取り調べる警察”みたいなテンションなんですか」
「べ、別に犯罪者じゃねーよ!?」
「自分で言いましたよね、今」
「違う!そういう意味じゃねぇ!!」
「落ち着いてくださいよ、黒須先生……」
黒須は深呼吸をし、その後、机につっぷして唸った。
「くそ……言いにくい……! どう伝えりゃいいんだこれ……!」
「あの……、間違ってたら、ごめんなさい。また世界救う話ですか?」
「……なんでわかった!?」
「バレバレですよ先生。ルカ先生がさっきテンパっていましたし、廊下でルシファー先生と目が合ったら、“堕天使の目”になってましたし」
「それって、どんな目だよ!? いや、合ってるけど!!」
「それで、今度は何ですか?」
「えっと……その……。あの……だな……。お前、またレース走るって、言われてねぇか……?」
「ああ、言われましたよ」
ダニエルはさらりと答えた。
「言われてんのかよ!!! なんで、先に言わねぇんだよ!!! 誰に言われた!?」
「先生が、それを言いたそうにしてたから、言うタイミングを待ってたんですよ」
「生徒に気ぃ遣わせてんじゃねぇか、俺……!」
「で、また世界終わるんですよね? 知らないおじさんが来て封筒を置いていきましたよ」
「そう!!!!!! よく分かったな!!?」
「前回もそうでしたし。先生の“言いにくそうな顔”は全部同じなんです」
「俺そんなに分かりやすいのか……!?」
「はい。黒須先生は“顔でバレるタイプ”です」
「う……、生徒に言われたくねぇ!!」
黒須は、いといよ本題に入ろうとした。
「じ、じゃあ……一応説明は……するけども……今度のハルマゲドンは……、AI神Λ(ラムダ)が先に人類を裁こうとしててな……」
「知ってますよ」
「知ってんのかよーーーーっ!?!」
「メギドの丘?と言う人が、さっき校庭に来て説明してくれました。“AIの神が世界をジャッジする”って」
「俺より先に聞いてんのか……!」
「先生の説明は時間かかりそうだったので」
「もっとショックだわ!!」
先に情報を得ていたダニエルだ。
それなりに覚悟はできていた。
「お、お前……怖くねぇのか? また危険な目に遭うんだぞ? 命だって……」
ダニエルは微笑んだ。
「先生。僕、世界を守るために走ったこと……一度も後悔してませんよ」
「……!」
「それに……先生が“走れ”って言ってくれたから、僕は走れたんです」
「言ってねぇよ!? 走れとは言ってねぇ!!」
「先生の“その顔”が言ってました」
「だから、どんな顔だよ、俺の顔!!!」
黒須は頭を抱え込み、
机に突っ伏した。
「お前……俺より覚悟決まってんじゃねぇかよ……。俺、さっきまで悩んでたんだぞ……。伝えるべきかどうか……、ルカとルシファーに説教されてよ……」
「ああ、あの二人は、黒須先生に厳しいですもんね」
「お前もそう思うか? だろ!? 俺は悪くねぇよな!?」
「悪いですよ」
「即答するとこ?」
「でも……、先生が悩んでくれたのは、ちゃんと分かってます。ありがとう、黒須先生」
「……う……なんか……お前のほうが大人だよな……」
「黒須先生は、黒須先生らしく空回りしててください」
「褒められてねぇよなそれ!!」
「褒めてますよ。先生が空回りすると、僕は安心するんです」
「安心すんな、こんなことで!!!!」
黒須が考えていたよりも、ダニエル日辻はずっと成長していた。




