第104話 秘密結社「メギドの丘」
月明りもない闇の中だった。
それは、高層ビルの夜景が広がる東京湾岸エリア。
埠頭の奥に建つ一角に、古びた倉庫ビルがあった。
看板もない、灯りもない。
ただ、海風と錆の匂いだけが漂っていた。
一見ただの廃墟。
しかし。その地下では、別の鼓動がうごめいていた。
秘密結社「メギドの丘」。
人類史の闇で囁かれ続ける名だ。
ルシファーは静かに階段を降りていた。
黒いコートの裾が、無風の空気にゆっくり揺れている。
彼の到着に合わせるように、地下の会議室の扉にいた男が、丁寧にルシファーを中に通した。
会議室には“3人の影”がそろって、ルシファーの到着を待っていた。
文科省の事務次官補(裏金担当)。
メギドの丘の幹部。
そして、例の“ダニエルのファイル”担当者
幹部はルシファーを見ると、不気味な笑いを浮かべて丁寧に挨拶してきた。
「いやぁ、ルシファーさん。遠路はるばる来ていただいて恐縮です。例の“協力金”の件、正式に受理していただける方向とうかがいました」
テーブルの上には、小さなアタッシュケース。
中はぎっしりと札束が詰まっていた。
ルシファーは、それを一瞥して、煙草に火を点け
「安い買収だな」
とだけ言った。
文科省の男が慌てて笑って、その場を取り繕うと必死になった。
「あはは……これはあくまで“お礼”ですよ。前金みたいなもので、あと半分はお仕事が終わりましたら、お渡しします。お願いしますよ、ルシファーさま。あなたの力が必要なんです。
夏のあの日、“封印”を解いたダニエル日辻……あの子を、もう一度使いたい。わかってください」
「……また封印を破らせる気か。愚か者どもめ」
ルシファーは人間たちに向けて、煙草の煙を吐いた。
「メギドの丘」の幹部は、どっしりとした低音の声で、ルシファーを口説きにかかった。
「愚かでも、何とでも言うがいいさ。目的は果たさせてもらうよ。“ハルマゲドン” を再起動する。そのための ダニエル日辻だ、そのための あなた だ」
ルシファーは微笑んだ。
それが笑みだと誰も分からないほど、薄い影のように口角が上がっていた。
幹部は一枚の封筒を取り出した。
黒い封蝋には、角のある獣の刻印が押してあった。
「メギドの丘」の象徴だ。
「正式に……、我々からの“挑戦状”です。あなたの部下……黒須という堕天使教師にも届くでしょう。“ハルマゲドン・レース” の招待状ですよ」
「懐かしいな、この刻印。見るのは百年ぶりか。言っとくが、黒須はもうわたしの部下ではない……。だが、いいだろう。フフッ、あいつらしい……騒がしい未来になることだろう。」
文科省職員は、揉み手で腰を低くした。
「ルシファーさん。我々はあなたを信用しています。我々のために働いてくださると……」
その瞬間だった。
ルシファーの視線が“刃物のように冷たく”なった。
「勘違いするな。わたしは“お前たちの味方”ではない」
冷たく言い放ったルシファーの視線に、男たちの動きが止まった。
「メギドの丘」の幹部は、思わず聞き返した。
「……は? 今なんて……」
「裏金? 確かに受け取った。だが、それは“お前たちのため”ではない」
文科省の男は慌てた。
「じゃ、じゃあ……何のために?」
ルシファーは、暗闇の中でゆっくりと顔を上げた。
普段は緑色の目が、闇の中で妖しく赤く光った。
「わたしは……神と天界に挑戦するために動く。お前たちの計画など、私の目的に比べれば、砂粒みたいなものだ」
男たちは息をのんだ。
「……!」
「だからわたしはお前たちを“泳がせる”。お前たちを、好きに泳がせて……その先で“何が起こるか”見届けてから、最終判断を下す」
幹部は悔しがった。
「ルシファー……貴様……!」
「勘違いするな。わたしは、裏切ってはいない。“最初から味方にもなっていない”……それだけだ。これはね、ビジネスだよ」
しばらく沈黙が続いた。
誰もルシファーに言い返せないでいた。
最後にルシファーは、アタッシュケースを片手で持ち上げながら言った。
「金はもらっていく。これは“演技”に必要だ」
「演技……?」
「わたしは買収された。そう見えるようにする。そうでなければ……、黒須もルカも、闇の組織も、この先の盤面に乗らないだろ?」
そして、ルシファーは背を向けた。
「ハルマゲドン・レース? 好きにやれ。ただし……最後に勝つのは私だ」
扉が閉まり、残された男たちは震えるしかなかった。




