第103話 VR授業の“余波”
黒須のVR授業が終わって、数日たった。
校内は、まるで学園祭のあとみたいな空気、“VR授業ロス”に包まれていた。
生徒たちは、ずっとVR授業の話題で盛り上がっていた。
「ラストのVR、すごすぎたよ!」
「黒須先生、ネットでバズってるよ」
「“世界史を変える授業”って言われてる!」
黒須が生徒たちの後ろから声をかけた。
「おーい……勝手に拡散すんなよ……。職員会議で面倒くさいことになる」
生徒たちは驚き、キャーキャー言いながら黒須の後をついて歩いた。
ルカは、教材を運びながら、黒須の生徒たとのあおのまた後ろを付いて歩く。
本採用で入ったのに、いつの間にか、黒須の助手ポジションに落ち着いていた。
「ねえ、誰か。教材の運ぶのをてるだtってくれる?」
「あ、ルカ先生だ。ばて蕎麦の言うことは聞かなきゃねー」
「そう、そう。黒須先生に戦いの最前線に行かされちゃうからねー」
「こら、お前ら。もっといいところ覚えろよなぁ」
生徒たちは、ふざけな会いながら、階段を上って行った。
暫くしてから、ルカはそっと言った。
「人気が出るのは悪いことじゃないけど……ちょっと、嫌な予感がするわね……」
「やっぱりか。俺もだ」
ルカの後ろを歩くウリエルも、たまたま行先が一緒なだけで、黒須の助手に見られていた。
「……ルカ先輩。実は昨晩、天界側の“観測システム”が反応したんっすよ」
そして、三人は社会科準備室に入った。
黒須は、振り向いてウリエルに聞いた。
「観測? 俺ら、何かやばいことしたか?」
「ルカ先輩に言ったつもりです。……ま、いいか、同じか。VR授業の“天使アバター”のデータが、外部のアクセスを受けました」
“天使アバター”と言えば、ルカとウリエルのことになるが、これには堕天使も含まれる。
つまり、教師アバターが不正アクセスを受けたということだ。
「……外部? 誰だよ、そんなもん見たがるやつ」
「黒須先生……、その言い方、なんとかならない? そんなもんって何」
ウリエルがタブレットを見せた。
そこには意味不明なアクセスログが並んでいた。
《アクセス元:文科省外郭団体 → 未登録アドレス》
《目的:VR神学データ・天使の行動パターン収集》
《転送先:不明(暗号化)》
黒須は首を傾げた。
「見てもさっぱりわからねぇ。文科省? なんだそれ……なんであいつらが……?」
ウリエルは、ノートパソコンを自分の手元に戻した。
「文科省は“VR教育モデル校”のデータを自動収集しているんです。本来は授業改善のため……ですが……」
「そこに“闇の組織”が目をつけたってわけね。ウリエル」
「……闇の組織だとぉ? あいつら、まだ生きてやがったのか」
ウリエルは、黒須にもっとも痛い被害を打ち明けた。
「黒須先生。“封印を解いた生徒の、”ダニエルのデータも、同時に抜かれました」
「ダニエル!? なんであいつの記録が……!」
「《ハルマゲドン封印事件》の記録です。黒須先輩が隠していたアレ……もうバレています」
「あれって、マッチングアプリか……ちっ……!」
ルカは、額に手を当ててあきれ果てた。
「ちゃう、ちゃう!! アレとは、ダニエルの “獣をロクさんにしてしまったこと”でしょ」
「いや、あれはとっくにバレてた。他にバレるものと言ったら……、やっぱりエロ小説を読んでいたことか。それとも、昨夜飲み屋の姉ちゃんをからかったことか……」
「おい、どんだけ余罪が出て来るのよ。もうない? 話を進めていいの?」
「あ、ごめんなさい。もうしません、ルカ先生」
「本題に戻るわよ。VR授業のデータを抜くということは、普通の民間組織じゃ無理。なぜなら、聖書の記録がサーバーに残っていると言ったら天界でしょ? 天界に入れるということは、地獄に協力していること。しかも “文科省ルート”で動く闇の組織がある。つまり、政府内部に地獄の協力者がいるってことよ」
「協力者 ?誰だ……?」
ウリエルはタブレットに持ち替えて、ルカに差し出した。
「この人です」
「ん? ルシファーじゃないのか?」
タブレットにあえう男の写真が映った。
文科省の職員で、柔らかい笑顔をした中年男性……だが目が笑っていない。
プロフィールを読むと……、
《文科省 事務次官補》
《裏金疑惑:捜査中で不起訴》
《関係:闇の組織とのマネーロンダリングを仲介》
「……こいつが……文科省を使って闇の組織に協力してるわけか。それにしても冴えない顔だなぁ」
「どこにでもいる顏ってのは、一番使いやすいのよ。そして彼らの目的は……、
“再びハルマゲドンを起こすこと”かしら?」
ウリエルは頷いた。
「方法は……ダニエルを使って」
「……ッ!!
ダニエルは利用されるために生まれて来たんじゃないぞ……」
「黒須先生。闇の組織が、ルシファー上官に“裏金”を渡した形跡があります」
「はあああ!? ルシファー!? あの野郎……また裏で何してやがる!」
「違うわよ、黒須先生。ルシファーは受け取る“フリ”をした可能性が高いわ」
「フリ……?」
「彼は、“敵の情報を泳がせるためにあえて買収されたフリをした”のかもよ。天界戦略の常套手段。」
「なるほど……相変わらず腹黒いな」
「ちょっと、あなたに言われたくないわ」
「おい、どういう意味だ」
*
そして、闇の組織は動いていた。
その頃、東京のあるビルの一室で、ダークスーツを着て立派な椅子に座った男は部下に確認していた。
「……例のVR授業、見たか?」
「はい。天使の行動データが豊富に入っていました。特に“ミカエルアバター”の動きは貴重です」
「文科省の職員には“謝礼”を用意してあるだろな。それより……またハルマゲドンを起こせるか?」
「できます。以前、封印を破った“ダニエル”という少年、まだ悪の力は残っています。可能性はあります。」
「使え。天使たちが再び混乱すれば……勝機がある」
*
放課後。
青葉学院高等部の校庭に、ひとりの生徒が立っていた。
ダニエル日辻だ。
前より少し背が伸び、転校してきたときよりずっと暗い目をしていた。
「……黒須先生。また……“あれ”、始まるよ。僕、組織から……呼ばれました。
“走れ”って。“ハルマゲドン・レース”だって。そんなん、無理だよ……」
誰もいない校庭でつぶやくダニエルを、さぁーっと風が通り過ぎて行った。
雨は校庭にたたずむダニエルの髪もメガネも、制服も濡らし。あしもとには泥の水たまりが出来ていた。




