第101話 歴史の順番とユダヤ教ざっくり説明
教室が静かになったのを見計らって、
黒須はチョークをつまんだ。
「……さてと。今日の授業は、歴史の順番をざっくり復習しながら、ユダヤ教の教えについて見て行こうと思う」
生徒たちがざわめいた。
「えー!、VR終わり? もうやんないんですかぁ?」
黒須は説明を続けた。
「今日は、俺の話力で勝負する。教師の真の力が試される時だ」
生徒たちは不満を漏らした。
「えーー、いらん……」
「そんなこと言うなよ。ああ、聞きたくない奴は寝てろ。でも、今日の話聞かないと、今世界で何が起きているかわからんぞー。未来もわからんぞー。それでもいいなら寝てろ。でもなー、はっきり言って、イスラエルとかパレスチナとか、正直“ニュースがよくわからん”って日本人って、多いと思う。まあ、俺も昔はそうだった。」
ルカがつっこんだ。
「嘘つき、聖書とともに生きて来たくせによく言うわ」
「うるせぇ、ルカ。黙って聞いてろ」
生徒たちはクスクス笑いった。
黒須は、黒板に大きくこう書いた。
『ユダヤ史を知らないと、エルサレム問題は絶対に理解できない』
「これは断言していい。ただの宗教争いでも、ただの領土紛争でもない。“約3000年続く物語の現在形”だ」
生徒たちは息をのんだ。
「まず、ユダヤ人の始まりは“約束の地カナン”だったな。アブラハムの子孫が、『神と約束した土地』として目指した地域だ」
ルカが補足した。
「今のイスラエル・パレスチナ地域です」
「そう。つまりユダヤ人にとってあそこは、“神から与えられた土地”って認識なんだ」
生徒。
「え、そんな昔からだっけ!?」
「お前、VR授業受けたろ」
黒須は続けた。
「そう、だから根が深い。ダビデ・ソロモンの華やかな王国を作ったけど、ソロモンの息子がバカで王国は分裂する」
生徒たち。
「(遠い目)ほんと、バカだったわね……そこは、覚えてるわ」
「ああ、ウリエル先生に似てたけど、微妙に違うアバターね」
「それしか覚えてねーわ」
黒須は最後に言った生徒を見て笑った。
「妙に実感こもってんな、お前」
生徒たちがどっと笑った。
「「「(笑)」」」
黒須が黒板に書いた。
「①北イスラエル王国 → アッシリアに滅ぶ
②南ユダ王国 → バビロンに滅ぶ」
黒須は②を棒で指して強調した。
「はい! ここでユダヤ人は初めて、“自分の国を失う”」
生徒たち
「あ……これが“バビロン捕囚”?」
黒須
「正解だ。冴えてるな、お前たち」
黒須は地図を指さした。
「バビロン捕囚で国を失い、一部は戻るんだけど……戻らなかった人たちがいるんだ。これを初期のディアスポラという学者もいる」
ルカが説明した。
「仕事や家庭を作ったり、そのまま現地で暮らしたのよね」
「そう。ユダヤ人はエジプト、バビロン、シリア、ギリシャ……いろんな土地に“コミュニティ”を作ったんだ」
黒須が静かに続けた。
「そしてイエスの時代には、すでにユダヤ人はあちこちに散らばっていたんだよ」
生徒たち
「え! イエスの頃にはもう!?」
「だよ。だからこそ! 新約時代の弟子たちの“宣教旅行”が成立するんだよ。つまり、イエスの死後、弟子たちがあちこちに伝道の旅が出来たのは、このユダヤ教コミュニティがあったからだ」
ウリエルが小さくうなずいた。
「紀元70年。ローマ帝国がユダヤ人の反乱を鎮圧して、エルサレムを焼いた」
生徒たち。
「これが有名な“神殿崩壊”……!」
「まだ記憶に新しい」
黒須はうなずいた。
「そうだ。ユダヤ人は第二の衝撃を受け、うわーっと世界中に逃げました。ここで“本格ディアスポラ時代”が始まるんだ。いいか? 教科書や受験で出て来るディアスポラというのは、この本格的に離散したディアスポラを言う。ここは抑えとけよ」
黒須に言われて、生徒たちはマーカーを引いた。
ルカはため息をついた。
「……つらいわね……国を失うって」
「俺も似たようなもんだがな」
「ん?」
ルカは、その黒須の言葉が気になった。
だが、一旦胸にしまっておくことにした。
「さて、現代の話になるぞー。ユダヤ人が世界中に散らされた。迫害も受けた。差別も受けた。でもユダヤ人は民族を保ち続けた。」
生徒たち。
「なんで? 普通消えるよね?」
「一つは“宗教”。
一つは“歴史への意識”。
一つは“アイデンティティ”。
そして…… 神殿を失っても、祈りを失わなかったからだ」
ルカは胸に手を当てた。
「……強いわね……」
「だから、ユダヤ人にとって今のイスラエルは“奪った土地”じゃない。3000年前から“神と約束した国”なんだ。そして、“奪われ、散らされ、ようやく戻ってきた故郷”だ」
黒須は続けた。
「しかし、そこには“パレスチナの人たちの歴史”もある。どっちの歴史も、本物だ」
生徒たちは、真剣に聞いていた。
「……“どっちが悪い”じゃないんだ……」
黒須はその生徒の言葉を肯定した。
「そう。その土地には重なった歴史がある。だからシンプルに割り切れない。ユダヤ教は一神教だ。そして、そんな彼らは選民思想を持っているんだ。『我々は神から選ばれ、そして救済を約束された民なんだ。ユダヤ教を信じる我々は救済を約束されているんだ』こう考えている。
そして、メシア信仰がある。
それはメシア、救世主という意味だな。超人間的な英知と能力を兼ね備えた者で、イスラエルを治める王という風に考えられている」
ダニエルが手を上げて質問した。
「先生、メシアってイエス・キリストじゃないんですか?」
「いい質問だ。キリスト教では「メシアはイエスだ」という主張。
でも、ユダヤ教ではイエスはメシアに該当していない。預言者イエスだ。
『そうじゃなくて、他にいるでしょう』と考えられているわけだ」
ダニエルはとっさにノートに書いた。
「そして、最後の審判の思想。この世界が終わる。その時に、生きとし生けるもの全てのものが裁きを受けるんだ、という思想。天使と悪魔の思想。このへんはキリスト教徒一緒だ。
そして成文化されていないものが口伝で伝わっているということ。これを非常に重要視する」
ダニエルはメガネを触りながら、息をついた。
生徒たちも、考え始めた。
「歴史を知れば、海外のニュースだからって無関心ではいられないね」
「そういうことだよね」
つまらない授業にならないように、黒須は声のトーンを上げた。
「いいかー。世界史は“昔の話”じゃない。今につながってる。
血も、涙も、誇りも、信念も……。全部、現在のニュースにつながってる。
だから“エルサレムは遠い国の出来事”なんて言わせねぇ」
ルカは、黒須の真剣な横顔に息をのんだ。
「俺が君たちにできるのは、世界史を教えることだ。歴史を知れば、怒りよりも“理解”が生まれる。理解があれば、争いを止める力になる。そう思っている」
生徒たち。
「……黒須先生……今日の授業、すごい……」
黒須は、生徒に褒められると照れたように、さっさと授業をまとめてしまった。
「さて、……ここで終わりだ。宿題はない。でも今日の内容は忘れんな。次回はVR授業のラストだな。現在のイェルサレムに行ってみる予定……で、いいんだよなウリエル?」
授業が終わって、ルカが黒須の横にそっと立った。
「……黒須先生。あなた、本当に……すごい先生ね。」
「急に褒めんな。ゾワッとする」
「はぁ? ゾワッとする? おいおい、何勘違いしてんだ。ちがっ……違うのよ!! ……たまたま今日のは……その……よかったってだけだって!! 勘違いしないでよ!!」
「はいはい、ツンデレありがとう。愛してるよ」
「殴るわよ?」
「はいどーぞ」
黒須はルカに頬を差し出した。
その様子を見ていたウリエルは、パソコンを撤収ながら、ルシァーが見て嫉妬していないか心配になった。
「あれ? ルシファーさん、どこ行ったの? いないんだけど」
ウリエルは器材を撤収しながら、つぶやいた。
「多分、黒須さんとルカ先輩のイチャラブが始まるかと、勘違いしたんじゃないっすかー




