第99話「献杯」
重たいまぶたが震え、世界がじわりと色を取り戻す。
セインはゆっくりと目を開けた。頭の奥にまだ鈍い痛みが残り、胸の奥では鉛のような重さが息を阻んでいる。
「……セイン!」
泣き声に似た声が耳に届いた。視界がはっきりした時、そこにはミリアがいた。両手をセインの胸に当て、必死に治癒の光を流し込んでいる。頬は涙で濡れていた。
「気づいたんだね……よかった、本当に……」
彼女は泣き笑いのように顔を歪め、治癒の光を少し弱める。
セインはかすれた声で問いかけた。
「……みんなは……?」
首を巡らせると、視界に飛び込んできたのは地面に並べられた数多の亡骸だった。赤黒い血がまだ石床に染み込み、冷たい空気に鉄の匂いが満ちている。
喉が焼けるように乾く。言葉は出てこなかった。
すぐ近くで、バークレイが横たわっていた。全身に深い傷。包帯は血で滲み、息は荒い。
「バークレイ!」
セインは身体を引きずるようにして駆け寄った。
彼の胸はかすかに上下していた。まだ生きている。
安堵の息が漏れる。
「すまない……俺が……」
言葉が途切れる。仲間たちをここまで失わせてしまった現実が、胸を締め上げる。
だがバークレイは薄く笑った。
「……謝るな。……ありがとうだ、セイン。お前たちがいなけりゃ、俺たちはここまで光を見られなかった」
その声は弱々しいが、確かな熱があった。
「元気出せ……お前たちのおかげで、この街に光は差したんだ。……セイン、お前から“エイジ・ハイバラ”の影を見たよ」
セインは言葉を失い、ただ強く拳を握った。
◇
その傍らで、エリシアが肩に包帯を巻き終えていた。鎧は裂け、腕には焼けたような傷跡が残っている。だが目はまだ燃えていた。
「セイン。あんたのせいじゃない。あんな怪物相手に……私たちが生きてるのが奇跡なんだ」
彼女は歯を食いしばりながらも、きっぱりと言い切った。
少し離れた壁際では、エルンが座り込んでいた。顔には血の跡、腕も不自然に曲がっている。だが意識はある。
「……けどよ。奇跡に甘えてる場合じゃねぇ」
吐き出す声は掠れていた。「仲間はもう戻らねぇ。残った俺たちで……これから全部背負わなきゃならねぇんだ」
セインは二人を見て、小さく頷いた。彼らも同じ痛みを抱えている。それでも立ち上がろうとしている。
◇
数時間後。
城外に、失った仲間たちを葬る穴が掘られた。冷たい土の上に、亡骸が静かに並べられていく。誰も声を上げなかった。ただ風が吹き抜け、衣服を鳴らす。
やがて埋葬が終わると、工房に残った酒が持ち寄られた。安い酒瓶。だが今はこれが唯一の慰めだった。
「……飲もう」
バークレイが杯を掲げる。包帯だらけの腕が震えているが、声ははっきりしていた。
セインも、エリシアも、エルンも、そして生き残った数少ないレジスタンスたちも盃を手にする。
「仲間に——献杯だ」
一斉に盃が打ち合わされ、酒が喉を焼いた。
エリシアは強がって笑った。
「ちょっと苦いわね。でも……悪くない」
涙の跡を隠すように。
エルンは鼻で笑った。
「安酒だ。死んだ奴らが見てたら怒るだろうよ。でも……それでも飲む。あいつらのためにな」
笑い声とすすり泣きが交じり合う。
完全に喜ぶことはできない。だが死んでしまった仲間たちに献杯し、その魂に「これからも生きていく」と誓う。
バークレイは静かに杯を置いた。
「……あいつらのためにも、俺たちは明るく生きる。街を導くんだ」
言葉に力がこもっていた。
◇
夜が更け、酒盛りも落ち着いたころ。
セインは皆の笑い声を背に、部屋を離れた。静かな廊下を歩き、ひとり灯りの消えた部屋へ入る。
胸の奥には後悔が残っていた。救えなかった命。無力さ。
拳を握り締め、机に突き立てる。
その時、扉が軋んで開いた。
誰かが入ってくる。
振り返ったセインの瞳が驚きに揺れた。
――つづく
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