第98話「闇に蠢く影」
王の間で国王が倒れ、近衛もレジスタンスも血に沈んだその後。
夜の城下町では、さらに別の悲鳴が上がっていた。
裕福そうな石造りの屋敷。その広間の絨毯の上に、紅い飛沫が散る。
倒れ込む貴族の男。切り裂かれた喉から血が溢れ、女と子どもの泣き声が空気を切り裂いた。
そこに立っていたのは、ただひとり。
灰鴉――グラン・レオニクス。
手に剣も盾も持たず、血に濡れたのは指先だけ。だが、部屋中を覆うのは冷たく硬い殺気だった。
そのとき、部屋の隅で黒い光が瞬いた。
古びた木の台に置かれた魔術映像装置――俗に“テレビ”と呼ばれるもの。そこに映っていたのは、世界中で人気の子供向けアニメ【ライオンマン】。
勇ましい獣人のヒーローが、仲間と共に悪を討ち、愛と友情の力で世界を救う――という明快な物語。
ほんの一瞬、グランの視線が画面へ流れた。
その表情は読めない。だが、血に染まった現実との落差が、なおさら不気味さを際立たせていた。
◇
「……あんた、なにしてる」
低い声が、屋敷の扉を押し開けて響いた。
黒い装束に身を包み、深いフードで顔を隠した男が入ってくる。背は大きく、肩幅は扉を埋めるほど広い。
——破壊王。
そう呼ばれる存在。
グランは振り返り、淡々と答える。
「ちょっとな」
血を払う仕草もなく、視線だけで相手を測る。
「与えられた範囲は粛清できたか?」
破壊王はゆっくりと頷いた。
「終わった。城の連中も、貴族も……全てだ。残っているのは、もはや瓦礫と死体だけだ」
短い報告。その声は抑制されているのに、どこか獣の唸りのような響きがあった。
「なら、帰るとしよう」
グランはそう言い、踵を返す。
◇
だが、破壊王の鼻先が僅かに動いた。
嗅覚に似た鋭い感覚が、街の空気に漂うものを捉える。
「……まだ、城の方に命の匂いが残っている」
グランの足が止まった。
振り返らずに、低く答える。
「まだ“食べごろ”ではない」
「……食べごろ?」
破壊王の声に、初めて疑問が混じる。
グランは淡々と続けた。
「彼らはまだ足りていない。怒りも、憎しみも、痛みも、喪失も。満ち足りぬ若者は刃にはならん。
——だが、全てを手にして、全てを失った時。あの若者たちがどう変わるか……俺は見たい」
その声音には、殺意でも侮蔑でもない。
ただ、冷酷な観察者のような興味だけがあった。
破壊王の奥に光る瞳が、わずかに細まる。
「あんたがそこまで言うとはな。……どんな奴らだ? 俺も見てみたくなる」
グランは初めて、口元にかすかな笑みを刻んだ。
「時はまだ満ちていない。だが、いつか出会う。必ずな」
◇
その言葉の余韻を残したまま、グランは屋敷の窓を開け、夜風に身を溶かす。
破壊王もまた、逡巡しつつも足を動かし、その背を追った。
二つの影は、やがて闇に呑まれるように姿を消していく。
残された屋敷では、テレビから【ライオンマン】の声が響き続けていた。
——「愛と友情の力があれば、どんな敵も倒せる!」
血の海と、子供向けの理想。
あまりに不釣り合いな光景が、夜の静寂に焼き付いていた。
――つづく
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