第97話「灰鴉の刃」
王の間の扉が、きしみを上げて開いた。
中へ足を踏み入れた瞬間、セインたちは言葉を失った。
広間は血の匂いに満ちていた。
近衛騎士団の死体が床に散らばり、鎧の隙間から黒い血がじわじわと広がっている。だがその死に様は異様だった。誰もが一撃で絶命している。喉、心臓、側頭部。全員が、急所だけを正確に貫かれていた。
「……全部、一撃……」
エルンが低く呟く。声が震えているのを隠せなかった。
死体の位置に乱れはない。剣戟の跡も、魔術の痕跡もない。まるで整列させられ、一人ずつ処理されたかのような整然とした屍列。
「なんて……こと……」
ミリアの目に涙が浮かぶ。彼女は膝をつき、最も近くの兵士の首元に手を当てた。冷たい。安らぎの祈りをかけながらも、声は震えていた。
「全員……もう、助からない……」
玉座の前には、国王の亡骸。目は見開かれたまま、喉に深い一閃。
そのすぐ傍らに、静かに立つ影が一つ。
——灰鴉。
グラン・レオニクス。
灰色の外套を纏い、仮面はつけていない。だが、彼の存在は“人”というよりは冷たい鋼の塊のようだった。
「……グラン……」
セインが低く名を呼ぶ。
その声に、灰鴉はただ視線だけを向けた。表情は変わらず、瞳には温度がなかった。
そこにあったのは侮蔑ですらなく、哀れみでもない。
ただ、殺すか殺さないかを選別する「機械」のような目。
◇
「お前がやったのか……!」
エリシアが吠えた。
次の瞬間、炎と雷と風を纏い、我を忘れたように突撃する。剣先が床を削り、石が砕けるほどの速度。人の動体視力では追えない突進。
——だが。
灰鴉は一歩も動かない。
ほんの数寸、肩が沈み、重心が揺れただけ。
次の瞬間、エリシアの身体は空を舞っていた。
轟音。
彼女は床に叩きつけられ、石畳がひび割れた。全身の炎と雷が弾け散り、苦鳴が漏れる。
「エリシア!」
セインとエルンが同時に駆けた。
だが、その行動すら“予定通り”かのように、グランの身体がわずかに捻れる。
最短距離、最小動作。
顎へ正確に打ち上げ、鳩尾に叩き込み、肩を押し飛ばす。
二人は同時に床を転がった。
打撃の一つひとつが「殺すため」ではなく、「確実に無力化するため」に最適化されている。
——まるで精密に組まれた殺人マシーン。
一切の無駄も、ためらいもない。
「な……に、あれ……」
ミリアの声は、ほとんど悲鳴に近かった。
◇
その時、王の間に駆け込んできた影。
バークレイとレジスタンスの仲間たちだった。
彼らが目にしたのは、倒れたセインたちと、玉座の前に立つ不気味な男。
「敵……か!」
バークレイが叫び、仲間たち十人が一斉に突撃した。
「やめろッ!」
セインが血を吐きながら声を張る。「そいつは……違う、危険すぎる!」
——間に合わなかった。
空気が震えた。
グランの腕が動いた。ほんの一瞬。
次の瞬間、突撃した十人は全員、同時に崩れ落ちていた。
何が起きたのか誰も理解できない。ただ、急所にだけ的確に叩き込まれた打撃痕が残っていた。
「なっ……」
バークレイの喉が詰まる。
生存本能が叫び、彼は必死に防御の構えを取った。
——その刹那、全身に痛みが奔る。
皮膚の下を裂かれるような激痛と同時に、口から血があふれた。
命だけは辛うじて守られたが、バークレイは意識を失い、膝から崩れた。
その後ろにいた仲間たち、さらに十人近くも、反応すらできず即死した。
玉座の間が、再び静寂に沈む。
——経過した時間、わずか二十秒。
エリシアの突撃から数えて、二十秒で二十名以上が消された。
◇
血の匂いだけが漂う空間に、灰鴉はただ立っていた。
呼吸は乱れず、衣の乱れすらない。
「ここでの目的は果たした」
低い声が落ちる。
「次は、この街を食らう貴族どもだ」
その視線が、横たわるエリシアにわずかに向けられる。
だがそこに感情はなかった。
「殺す価値もない」——そう告げる冷たい目。
振り返り、歩き出す。
床に血の跡一つ残さず、王の間の扉を出ていく。
残されたのは、沈黙と、仲間たちの亡骸。
そして、戦うことすら許されなかった無力感だけだった。
――つづく
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