第96話「血の匂いの先に」
工房の奥に置かれた古い机を囲み、セインたちは最後の確認を終えた。
外ではまだ避難の列が続いている。だが、彼らの目は一つの場所に向いていた。——城内、その中心。
「ここまで来たら、もう後戻りはできねえ」
バークレイが腕を組み、鋭い眼で皆を見渡す。
「腐り切った王族と貴族。あいつらを据えたままじゃ、徴収を止めても同じことが繰り返される」
セインは深くうなずく。
「根本を変えなきゃ、意味がない。俺たちが剣を抜く理由はそこにある」
しばし沈黙。だが空気は重くはなかった。
やがてバークレイが口の端を上げる。
「終わったらよ……美味い酒を飲もうぜ。街の外ででも、笑って乾杯するんだ」
その言葉に、エリシアが小さく笑った。
「それなら約束する。絶対に生きて帰ろう」
ミリアも祈るように胸に手を置き、頷いた。
「必ず……」
エルンは肩をすくめつつも、指先に影を走らせて言う。
「フラグみたいなこと言うなよ。……けど、俺も付き合う」
決意は固まった。
一行は武具を整え、城塞へ向かった。
◇
城の大門は破られてはいない。だが、開いていた。
重い扉が半端に開き、鉄の蝶番が風に軋む。
その先に広がる回廊は、異様なまでに静かだった。
「……おかしい」
バークレイが呟く。
通常なら兵士が二重三重に立ち塞がるはずだ。だが、影も形もない。
歩を進めると、倒れている兵士の姿が目に入った。
最初は一人、次は三人、さらに奥へ進むほど数が増える。
だが、それ以上に異常だったのは——その死に様。
どの兵士も、無駄なく急所を突かれていた。
喉を一突き、心臓を一刺し、後頭部に一打。
それぞれが一撃で絶命しており、抵抗の痕跡は一切ない。
血は流れているのに、床に散らばる音も叫びも残されていない。
「……全員、正確に仕留められてる」
エルンが顔をしかめ、倒れた兵の首元を確認する。
「力任せじゃねえ。技量……それも桁違いの“人間の手”だ」
エリシアは剣を強く握りしめた。
「まるで、処刑されたみたい」
ミリアは口元を押さえ、小さく震える声を漏らした。
「でも……兵士たち、みんな一瞬で……こんなの、どうやって……」
セインは通路を見渡し、眉をひそめた。
「俺たちの進む道だけを、きれいに片づけてある。……まるで、ここまで来いと導かれてるみたいだ」
血の匂いが濃くなる。通路を抜けるたび、整然と倒れた兵士が視界を埋める。
これまで緻密に作戦を練り、命を賭けて突破してきた道が、今は何の抵抗もなく開けている。
その不気味さが、胸の奥に重くのしかかった。
◇
やがて、王の間へ続く大扉が視界に現れた。
金で縁取られた双開きの扉。その前の警備も、すべて屍となって転がっている。
喉を裂かれた者、眉間を貫かれた者。どれも一瞬で絶命したものばかり。
「……ここまで呆気ないと、逆に怖えな」
バークレイが低く吐き出した。
セインは剣の柄を握り直し、深く息を吸った。
「行こう。……この先に、全ての元凶がいる」
扉の前に立ち、仲間たちと視線を合わせる。
誰も言葉を発しない。ただ、頷き合う。
セインは両手を扉にかけた。
冷たい金属の感触。
ゆっくりと押し開こうとした瞬間——
場面は途切れ、静寂が落ちた。
――つづく
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