第94話「地の心臓へ」
城塞都市の空は、夜明けを過ぎてもなお鉛色に沈んでいた。昨夜折られた天蓋陣の余波で、塔の灯りは消えたまま。代わりに地の底から重く響く鼓動が、街全体をじわじわと震わせていた。
「これが……補助炉の音か」
エリシアが眉をひそめる。胸の奥に直接響いてくるような低音。心臓の鼓動というより、地面そのものが呼吸しているようだった。
バークレイが先頭に立ち、崩れた市壁の影をすり抜ける。「南区画だ。昔は鉱夫が使った“影の階段”がある。今は塞がれてるが、抜け道は残ってる」
通りには赤い布の印が結ばれ、昨夜のうちに逃げ出した住民たちが列をなして進んでいる。老いた者、幼い子、抱えられた赤子。顔には疲労と恐怖が残るが、空を覆っていた光の紋が消えたことで、誰もがほんの少しだけ足を速めていた。
「ここから先は俺たちが引き受ける。住民の退避を続けてくれ」
セインがそう告げると、バークレイは振り返り、頷いた。「……分かった。だが、心臓を止めなければ、この街に明日は来ない。必ず戻ってきてくれ」
その言葉を背に受け、セインたちは城塞の影に潜った。
◇
南区の外れ、石畳の裂け目に、地下へ続く黒い口が開いていた。鉱夫が掘った古い坑道。崩落で半分埋まっているが、人ひとりなら通れる。
「ここか……」
エルンが影糸を走らせ、落ちそうな石を仮止めする。「頭上注意な」
狭い通路を、膝を折りながら進む。湿った土と鉄錆の匂いが濃く、天井からは水滴が時折落ちた。明かりはミリアの祈りで生まれた淡い光。薄青い膜が四人を包み、足元を照らしていた。
「下へ行くほど、音が近い……」
ミリアの声が震える。鼓動は一歩進むごとに強まり、石壁が小刻みに震えていた。
やがて通路が開け、石の螺旋階段が現れた。階段の先は真っ暗で、底が見えない。だが熱気がかすかに吹き上がってくる。
「この下に、補助炉がある」
セインが剣の柄に触れる。胸の奥で、またペンダントが小さく鳴った。まるで「ここが終着だ」と告げるように。
◇
階段を降り切ると、地下広間が現れた。岩壁を削って作られた巨大な空洞。その中央に、火と魔力の炉心が脈を打っている。赤黒い光の塊がゆっくりと回転し、壁に刻まれた紋様を走らせていた。
「でけえな……」
エルンが息を呑む。炉心の高さは十人分。脈動するたび、耳の奥が軋むほどの振動が伝わった。
炉心の周囲には、黒い鎧の兵が十数名。首には新型の輪。さらに、その背後に立つのは、仮面をつけた術者たち。黄金の縁取りの面、黒い外套。昨夜の監督官と同じ系統の存在が、三人もいた。
「三人……!」
エリシアが剣を握る。視線の先で、仮面の一人が炉心へ札を投げ入れ、赤い光がさらに膨れ上がった。
「……この炉を完全に止めるには、制御陣を同時に壊さなきゃならない。三ヶ所同時に」
エルンが低く呟く。
「私が祈りで補正を鈍らせる。……だけど、監督官が邪魔をするはず」
ミリアが札を握りしめ、唇を結ぶ。
「なら分かれて叩くしかない」
セインは仲間を見渡した。「俺とエリシアで監督官を押さえる。エルンは制御陣の仕組みを断ち切れ。ミリアは補正を止めつつ、俺たちが倒れたら起こせ」
三人は迷わず頷いた。
◇
その瞬間、仮面の監督官たちが同時に顔を上げた。赤い光を背に、氷のような視線が走る。
「来るぞ!」
セインの声と同時に、炉心が大きく脈打ち、地下広間全体が揺れた。赤黒い光が奔流のように走り、戦いの幕が開いた。
――つづく
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