第88話「徴収の儀式」
街の空が、赤黒く染まった。
正午を少し回ったはずなのに、陽光は薄闇にかき消され、代わりに広場の上へ一本の光柱が立ち昇る。氷の街を縦に裂くようなその光に、スラムの人々は震え上がった。
「……来やがったな」
バークレイが吐き捨てるように呟く。いつもの冷静な声とは違う。憎悪と恐怖が入り混じった響きだった。
「来たって……?」
エリシアが眉をひそめる。
「“徴収”だ」
バークレイの眼差しが、光の柱を睨みつける。「あの光が上がると、兵士たちが一斉に街に踏み込んでくる。人を選び、番号札を付け、連れて行く。理由は様々に言われてるが……臓器か、奴隷か、兵士の盾か。戻ってきた奴はいねえ」
その言葉に、ミリアが小さく震えた。「……生きたまま……連れて行かれて、帰ってこない……?」
「そうだ」
バークレイの声は低く、奥歯を噛み締めている。「奴らにとって人間は“資源”なんだ。生きてようが死んでようが、同じことだ」
遠くから、金属のぶつかり合う音が響いてくる。甲冑を着た兵士たちの一団が街へ雪崩れ込み、スラムの路地を踏み荒らしていく。泣き叫ぶ声、罵声、怒号。すべてがごちゃ混ぜになり、血と泥の匂いが風に乗って流れてきた。
セインは剣の柄を握り、仲間を見回した。エリシアの瞳は怒りで燃えている。エルンは険しい顔で唇を噛み、ミリアは必死に祈りを胸に抱き締めていた。
「……見に行こう」
セインは低く告げた。
◇
広場へと続く大通りは、すでに地獄と化していた。
鎧を纏った兵士たちが無数に並び、縄や鎖で人々を縛り上げている。男も女も、老人も子供も関係ない。泣き叫ぶ母親から子供を引き剥がし、背中に蹴りを入れて馬車に投げ込む。
「うるさいぞ!」
兵士の一人が叫び、反抗する青年の頬を殴り飛ばした。血が飛び散り、青年は泥に崩れ落ちる。それでも少年の手を庇うように伸ばしていたが、兵士は容赦なく足で踏みつけた。
「……やめて……!」
母親の叫びも無視して、兵士は番号札を取り出し、子供の首にぶら下げる。札には「12」の数字が刻まれていた。
「番号で管理されてる……」
エルンが低く呟く。その声には怒りだけでなく、底知れぬ嫌悪が滲んでいた。「まるで物扱いだ」
セインは奥歯を噛み締める。剣を抜けば、この場は戦場になる。けれど黙って見ていれば、子供が、老人が、目の前で連れ去られる。
そのときだった。
兵士の一人が、泥だらけの子供を槍で突こうとした。必死に母親にすがる小さな体を、無理やり引き剥がし、穂先を構える。
「——っ!」
考えるより先に、セインの身体が動いた。
疾駆。剣が鞘から抜ける。兵士の槍を刃で弾き、蹴りで地面に叩きつける。
「なっ……!」
突然の乱入に兵士たちがざわめいた。
「……おい、やべえぞ……!」
エルンが低く唸り、背から影糸を放つ。別の兵士の腕を絡め取って動きを封じ、エリシアが雷を纏わせた剣で槍をへし折る。ミリアは即座に子供の身体を抱き締め、光の膜で守った。
子供は震えながら、ミリアの胸に顔を埋めて泣き出す。
「大丈夫。もう大丈夫よ……」
ミリアの声は優しいが、その瞳には涙と怒りが宿っていた。
「な、何者だ……!」
兵士たちが武器を構える。
セインは一歩前に出た。「俺たちは……人間を物のように扱うお前たちを許さない。ただそれだけだ!」
返答はなかった。ただ一斉に襲いかかる兵士たちの怒号が響いた。
◇
戦いは激烈だった。
セインの剣は、兵士の鎧の隙間を突き、戦闘不能にする。エリシアの雷撃は槍や剣を砕き、兵士たちの足をすくませた。エルンの影糸は首や腕を絡めて動きを止め、ミリアの祈りが光の結界を展開して住人を守った。
「こいつら……殺すなよ! 無力化だけでいい!」
セインが叫ぶ。
「分かってる!」
エリシアが応じ、雷で兵士の手から剣を弾き飛ばす。
だが、兵士の数は多い。押し寄せる波をいくら断ち切っても、次から次へとやってくる。
「クソッ……! きりがねえ!」
エルンが顔を歪めた瞬間、広場の裏手から煙が立ち昇った。
「合図だ! 退け!」
声と共に、路地の影からレジスタンスの仲間たちが現れる。爆薬を仕掛け、煙幕を張り、兵士たちの陣形を乱す。
「今のうちに逃げろ!」
バークレイが叫ぶ。
セインたちは頷き合い、住民を守りながら退路へと走った。
◇
スラムの外れ、崩れかけた倉庫に人々を避難させると、ようやく静寂が訪れた。
泣き疲れた子供が眠り、母親たちが涙を流しながら頭を下げる。
「……ありがとう。本当に……」
声は嗄れ、震えていた。
セインは拳を握ったまま、何も言えなかった。守れた命がある。それでも、救えなかった人々も確かにいる。
バークレイが壁にもたれ、煙草を取り出して火をつけた。紫煙を吐き出しながら、低く言った。
「これが現実だ。今日助けても、明日また徴収が来る。俺たちは、いつまでこうして命を削るんだろうな」
セインは黙っていた。答えはまだ、胸の奥で見つかっていなかった。
だが、確かに一つの決意だけはあった。
このまま見過ごすわけにはいかない。
次の戦いが迫っている——そう、全員が理解していた。
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