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第87話「血の悲鳴」



 乾いた悲鳴が、平屋の壁を震わせた。

 セインたちは同時に顔を上げる。外の空気がざわめき、子供の泣き声と男の怒声が交じり合っている。


「……来たか」

 バークレイの表情が険しくなる。椅子を倒す勢いで立ち上がり、短剣を腰に差し込む。

「街の巡回兵だ。急げ!」


 セインたちは迷う暇もなく平屋を飛び出した。路地に出た瞬間、彼らの目に飛び込んできたのは、瓦礫と泥に塗れた狭い通りで、逃げ惑う住民たちの姿だった。

 その前に立ちはだかるのは、規律正しい鎧姿の兵士たち。槍を構え、冷たい目で人々を追い詰めている。


「動くな! 命令だ、抵抗する者は斬り捨てろ!」


 兵士の叫びは威嚇というより、自分を奮い立たせるように震えていた。

 足元では、ボロ布をまとった小さな子供が転んでいる。その背に槍の穂先が向けられた。


「やめろッ!」

 セインの声が夜を裂く。反射的に身体が動いていた。彼は路地に飛び込み、剣で槍をはじき飛ばす。火花が散り、兵士が驚きに目を見開いた。


「な、なんだこいつらは……!」


 エリシアも雷を纏わせて駆け込む。彼女の剣が兵士の手元を狙い、槍を持つ腕を痺れさせる。兵士は武器を取り落とし、呻き声を上げた。

 しかし切り落とされたわけではない。戦闘不能にするだけ——セインの決断がそこにあった。


「斬るな! 殺すな!」

 セインは仲間に叫ぶ。「無力化だけでいい!」


「了解!」

 エルンの影糸が走り、兵士の足を絡め取る。バランスを崩した男たちが次々に転げ落ちる。

 ミリアは祈りの光で倒れた住民を包み、槍に掠められた傷を即座に癒す。

 短い交戦で、路地は静まり返った。


 兵士たちは荒い息を吐きながら地面に倒れていた。恐怖に濁った瞳がセインを見上げる。

「……俺たちは……やりたくてやってるんじゃない……」

 誰ともなく、絞り出すような声が漏れた。

「命令なんだ……従わなければ、家族ごと……処刑される……」


 セインの胸が締めつけられた。

 敵と味方。善と悪。そんな単純な構図で語れるものではない。

 エリシアが剣を下ろし、兵士を睨む。

「それでも……子供を殺そうとしたの?」

「……わかってる……! 俺だって嫌だ……でも……俺たちに選択肢は……!」


 兵士の目尻に、涙がにじんでいた。

 エルンは吐き捨てるように言う。

「……圧政の鎖ってやつか。兵士も囚われてるってことだな」


 だが、すべての兵士が口を閉ざすわけではなかった。

「……ちくしょう、いつまでこんなことを……」

「俺たちが殺してるのは、飢えた奴らばかりだ……」


 彼らは力なく槍を握り締めるが、戦う意思はもうなかった。

 撤退を決めたのだろう。隊長格の男が「退け!」と叫び、兵士たちは互いに肩を貸し合いながら路地を離れていく。


 残されたのは、瓦礫に座り込む住民たちのすすり泣きだけだった。

 エリシアが助けた子供を抱き起こし、その無事を確かめる。泥と血に塗れた顔で、子供は「ありがとう」と小さな声を絞り出した。


「……助かった……」

 バークレイが駆け寄り、深く頭を下げた。

「命を拾ったのは俺たちだけじゃない。この街そのものだ」


 セインは剣を収め、まだ震える手を握り締めた。

「……これは……一体どうなってるんだ」


 バークレイは静かに答える。

「見ての通りさ。兵士たちは王族と貴族に仕える駒だ。奴らは税を吊り上げ、貧民の土地を奪い、逆らえば見せしめに殺す。兵士どもは命令に従わなければ、自分の家族ごと処刑される。……だから、刃を向けざるを得ない」


「そんな……」

 ミリアの声が震えた。

「じゃあ、誰も自由じゃない……」


「そうだ」

 バークレイは顔を上げ、目に燃えるような光を宿した。

「だから俺たちはレジスタンスを組織した。腐った王と貴族に抗うために。……だが、力は圧倒的に足りない。今日もまた、仲間を失った」


 路地の隅に、冷たくなった住民の亡骸が横たわっていた。幼い少年も混じっている。

 ミリアは膝をつき、震える手で瞳を閉じてやった。

「こんなことが……許されていいはずがない」


 セインは何も言えなかった。

 エルンが低く呟く。

「どっちが正しいかなんて、もうわからねぇ。ただ……腐ってるのは、権力を握ってる奴らだってのは確かだ」


 その時だった。

 遠くの空に、眩い光の柱が立ち昇った。

 紫がかった魔力の光が、夜空を裂いて天へ伸びていく。街の住民たちが恐怖に顔を歪め、口々に呟いた。

「……徴収だ……」

「今夜も……始まるのか……」


「徴収……?」

 セインが振り返る。バークレイの顔が苦渋に歪んでいた。


「あれは“生贄徴収の儀式”の合図だ。城塞の貴族どもが、定期的に貧民街から人をさらっていく……男も女も子供も関係ない。研究の材料に、遊びの奴隷に、臓器の供給に。使い道はいくらでもある」


 エリシアが怒りで顔を赤くする。

「ふざけるな……人を物扱いするなんて……!」


「落ち着け、エリシア」セインが肩を押さえた。だが、彼自身の胸の奥も煮えたぎっていた。


 バークレイは深く息を吐き、セインたちを真っ直ぐに見据えた。

「次は……お前たちの目で見ることになるだろう。ここで何が行われているのかを」


 夜風が冷たく吹き抜ける。

 光柱はなおも天を突き、空を赤紫に染め上げていた。

 それは、この地の地獄の深さを突きつける狼煙のようだった。


――つづく


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