第86話「スラムの導き手」
焦げた瓦礫を抜け、セインたちは住人に導かれていった。
街の外縁はすでに荒野のようで、建物の骨組みがむき出しになり、煙がまだ漂っている。
「……ここが街の一部なのか……」
エルンが低く呟いた。
さらに奥へと足を踏み入れると、そこはもはや「街」と呼ぶのもはばかられる光景だった。
道端にうずくまる男は片腕を失い、包帯代わりの布切れから血がにじんでいる。
母親に抱かれた赤子は痩せこけ、泣く声すら出せない。
飢えに耐えきれず、泥水を啜る子供の姿もあった。
「……戦いの跡じゃない……これは日常だ」
ミリアの声が震える。祈りの手が震えを抑えきれずに揺れていた。
エリシアは奥歯を噛みしめた。
「国が……ここまで人を捨てるなんて」
道を歩けば、弱り果てた人々の視線が刺さる。
誰も言葉を発さない。ただ「希望」というものがとうに潰され、骨だけになったような眼差し。
やがて一行は奥の平屋に辿り着いた。
壁はひび割れ、屋根は半分崩れている。それでも入口には数人の若い男が立ち、警戒するように武器を構えていた。
その中から、ひとりが姿を現した。
三十代前半ほど、整った輪郭に無精髭を残した青年だった。背は高く、長い外套を羽織り、鋭い眼差しの奥には眠れぬ夜を繰り返してきた影が宿っている。
「……子供たちを助けてくれたと聞いた。俺はバークレイ。この街で、ただ抗う者たちをまとめている者だ」
そう名乗ると、彼は深く頭を下げた。
「命を救ってくれたこと、心から礼を言う。あの子らがいなければ、俺たちはもう戦えなかった」
セインたちは戸惑いながらも頷いた。
バークレイは手で合図を送り、一行を奥へと案内する。
◇
内部は粗末な木の机と、布をつなぎ合わせただけの寝床が並んでいた。
机の上には地図が広げられ、赤い印が無数に打たれている。
「見ての通りだ。圧政の下、街は崩壊した。税は上がり続け、飢えた者は臓器を売らされる。借金を返せぬ者は奴隷として連れ去られる。兵士たちは命令に従っているだけだが……命じる貴族と王族は、この惨状を知りながら目を背けている」
その言葉に、エルンが顔をしかめる。
「……だからといって、武器を取ったところで勝ち目はない。民兵が兵士に勝てるわけがない」
だがバークレイは強く言い返した。
「分かっている。それでも……戦わなければ、子供たちは餓えたまま死ぬしかないんだ。俺は、あの小さな命を前にして黙っていられなかった」
彼の拳は震えていた。それが恐れからではなく、怒りと決意から来ていることは誰の目にも明らかだった。
ふと、彼は目を伏せ、静かに言葉を紡いだ。
「……“エイジ・ハイバラ”。その名を聞いたことはあるか?」
セインたちは首を横に振る。
「二十年以上前、とある王国で騎士団長を務めた男だ。“カラス”と呼ばれ、世界十傑に数えられた。腐りきった貴族と国政を、一晩のうちに壊滅させたと伝わっている」
バークレイの目はまっすぐだった。
「俺たちは、そんな奇跡を信じて戦い続けている。いつかまた救世主が現れると」
エリシアが目を見開く。
「……そんな英雄が、本当に?」
「分からない。だが、信じなければ立ち上がることすらできない」
言葉の重さが広間を満たした。
その時、外から悲鳴が響いた。
「……っ!」
セインたちは反射的に武器を構える。
まだ、この地獄は終わっていない。
――つづく




