第85話「血煙の中の子供」
大地に血が広がっていた。
瓦礫と炎の匂いが鼻を刺し、黒煙が空を覆う。遠くでは金属音と叫び声が交差している。
セインたちは目を見開いた。
片や痩せこけ、ぼろ布を纏った人々。手にするのは錆びた刃や石。
片や鎧に身を固め、槍と盾を構える兵士たち。
血と泥の中で人同士が殺し合っていた。
「……どっちが……正しいんだ?」
エルンが低く呟いた。
「兵士が悪なのか、民が悪なのか……」
エリシアは歯を噛みしめ、答えを出せずにいた。
「悪魔も、カルトもいない……なのに……」
ミリアが祈り手としての声を震わせる。
そのとき。
瓦礫の陰から小さな影が飛び出した。十にも満たない子供。裸足の足は泥にまみれ、震えながらよろめいている。
兵士の槍先が、その幼い胸を狙った。
「っ……!」
迷う暇はなかった。セインの足が先に動いた。
刃が唸りを上げ、槍を弾き飛ばす。衝撃で兵士の腕がしびれ、武器が泥に落ちた。続けざまにセインは柄で鳩尾を打ち、兵士を昏倒させる。
「セイン!」
エリシアが雷を纏わせて駆け、別の兵士を薙ぎ倒す。殺さず、鎧を砕いて気絶させるだけ。
エルンは影糸を伸ばし、兵士の足を絡め取り、泥に引き倒した。
ミリアは光を編み、子供を包むように結界を張る。
咄嗟の連携。
四人は「人を殺さずに止める」ことを選び取った。
兵士たちは予想外の抵抗に怯み、次々と無力化されていく。
最後に指揮官らしき男が舌打ちをし、撤退を命じた。
「退け! 一度立て直せ!」
鎧の列が黒煙の奥へと消えていく。
◇
広場に残されたのは、泥にまみれた住民たち。
泣き叫ぶ母親が子供を抱きしめ、涙を流した。
「……ありがとうございます……この子だけは……」
老人が膝をつき、セインたちに頭を下げる。
「あなた方がいなければ、皆殺しにされていたでしょう」
セインは剣を下ろし、静かに問う。
「……ここは、一体……」
老人は顔を歪め、掠れた声で答えた。
「王侯貴族の圧政……。重税、飢え、奪われる命。声を上げれば兵に斬られる。だから我らは……戦うしかなかった」
ミリアは拳を握りしめた。
「だから、兵士と民が……」
セインは黙って子供を見下ろした。震えがまだ止まらない。
善か悪か——そんな言葉で割り切れるものではなかった。
母親が顔を上げる。
「……あなた方を案内できる者がいます。この街で、わたしたちを導く人です。どうか……会っていただけませんか」
セインたちは互いに視線を交わし、頷いた。
住民たちは彼らを瓦礫の奥へと導いていく。
焼け焦げた街並み。その先に待つのは、さらなる地獄の現実だった。
――つづく




