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第83話「黄金の執行者」



 広間を覆っていた糸の魔偶が崩れ落ちたあと、静けさが訪れた。氷の回廊を抜けた先に現れたのは、まるで別世界のような光景だった。


 壁も床も黄金色に輝き、天井には宝石を散りばめたような装飾が広がっている。冷たい氷の迷宮を進んできたはずなのに、この場所だけは眩いばかりの光に包まれていた。


 だが、その輝きは荘厳というよりも不気味だった。富と権力の象徴をこれでもかと見せつけるような空間に、セインたちは思わず足を止めた。


「……なんだ、ここは」

 セインが呟く。


 中央には巨大な魔法陣が刻まれていた。直径十メートルを超える円環。複雑に絡み合う紋様は青白い光を放ち、時折、低い唸り声のような共鳴を響かせていた。魔法陣の外周には幾重もの魔力回路が組み込まれ、まだ完成していないことが素人目にも分かる。


「……転移魔法陣だわ。でも、未完成……」

 ミリアが膝をつき、祈りの手で符丁をなぞった。「これほど大規模なものを……どこへ繋ごうとしているの?」


「いずれにせよ、碌なもんじゃねえな」

 エルンが影糸を伸ばし、周囲を探る。「カルトの連中の仕業か」


 そのときだった。

 黄金の柱の影から、重い足音が響いた。甲冑の鎧が擦れ合う金属音。空気が圧し潰されるような重圧。仲間全員が同時に身構える。


「侵入者どもが……よくここまで来たな」


 現れたのは、黄金の鎧に身を包んだ巨躯の男だった。二メートルを優に超える体格、肩幅は広く、背には黒金の大槌を背負っている。鎧の表面は宝石で飾られ、見る者の目を焼くほどに輝いていた。その両腕には鎖が巻き付き、歩くたびに床に重い音を刻む。


 鋭い眼光が四人を射抜く。獣のような威圧感。だが口元には薄笑いを浮かべていた。


「強欲派《黄金の手》が誇る執行者……バルバロイ様のおなーりだ」

 男は鎖を鳴らしながら名乗り、広間に響き渡る声で高らかに笑った。「俺は強欲のNo.2にして“所有”の権能を預かる者。お前たちの力、技、命、全て俺のものになる」


「……No.2……!?」

 エリシアが眉をひそめる。

 ミリアの表情が強張り、セインは剣を握り直した。


 バルバロイの目は、獲物を舐めるように一人ひとりを見渡した。

「炎王の残穢を抱えた小僧……無詠唱の祈り手……“灰色のカラス”を探す娘……そして、影の狩人。どれも欲しい。俺のコレクションに加えてやる」


「ふざけるな!」

 セインが一歩前に出た。「誰がお前なんかに従うか!」


 その声に、バルバロイは愉快そうに肩を震わせた。

「よかろう。ならば実力でねじ伏せてやる」



 次の瞬間、鎖が唸った。

 バルバロイの腕から放たれた鎖は、まるで生き物のようにうねり、セインの剣へと絡みつく。


「なっ……!」

 セインが剣を引こうとするが、鎖はびくともしない。それどころか剣を握る手から力を奪い取られるような感覚が走った。


「返せ!」

 剣を奪われまいと渾身で引き戻す。だが、バルバロイが軽く腕を引くと、セインの身体ごと前に引きずられた。


「これが“所有”の権能だ。触れたものはすべて俺のものとなる」

 バルバロイは笑い、鎖をさらに巻き付けた。


「セイン!」

 エリシアが雷を纏わせて斬りかかる。雷光が鎖を裂こうとした瞬間、鎧に仕込まれた黄金の宝石が輝き、雷の力を吸い込んでしまった。


「なっ……雷が消えた!?」


「吸収したうえで——返す!」

 バルバロイが大槌を振り下ろすと、雷光がその一撃に乗って炸裂した。

 エリシアは間一髪で飛び退くが、床が砕け、火花が飛び散る。


「こいつ……魔術も奪えるのか!」

 エルンが影糸を伸ばすが、鎖が一瞬で巻き取ってしまう。次の瞬間、その影糸が逆にエルンの足を縛った。


「しまっ……!」

 体勢を崩したエルンに、バルバロイの槌が迫る。


「させるか!」

 セインが剣を引き戻し、必死に割り込んだ。刃と槌が激突し、火花が散る。腕が痺れ、体がきしむ。


「ふはははは! 面白い!」

 バルバロイは楽しげに笑い、槌を振り抜いた。その力にセインは吹き飛ばされ、背中から床に叩きつけられた。


「セイン!」

 ミリアが祈りで癒しの光を送る。彼の身体を覆う温もりが、かろうじて意識をつなぎ止めた。


「……ありがとう、ミリア……」


 だが、戦況は圧倒的に不利だった。

 鎖は奪い、槌は砕き、魔術さえ吸収して返す。四人の力が、次々と奪われていく。


「力尽きるまで遊んでやる。もっと抗え、もっと絶望を見せろ!」

 黄金の広間に、執行者の嘲笑が響いた。



 セインは膝をつきながら剣を構え直した。

 エリシアも息を切らし、ミリアは結界を維持するだけで精一杯。エルンは片膝をつき、血を吐きながら影糸を繰っていた。


 全員が限界に近い。

 それでも——退くわけにはいかなかった。


「……ここで……折れるわけには……!」

 セインが歯を食いしばり、剣を構える。


 仲間たちも、同じように立ち上がった。

 彼らの目に宿る光を見て、バルバロイの笑みがさらに深くなる。


「いいぞ。さあ、もっと見せろ。抵抗こそが宝だ」


 鎖が再び唸りを上げ、黄金の大槌が振りかぶられる。

 広間全体が震え、宝石が軋む音が響き渡った。


 ——絶望の戦いは、まだ始まったばかりだった。


――つづく

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