78話「氷の心臓」
剣と氷片がぶつかり合い、広間は轟音で満ちていた。
セインは息を荒げながら剣を振るい、迫る傀儡の刃を弾き返す。斬っても斬っても、氷の身体は砕けた破片から再び立ち上がる。
「くっ、切りがねぇ!」
エルンが叫び、ワイヤーを投げた。首を刎ね飛ばした傀儡は倒れる間もなく霜に溶け、背後で再び姿を取る。
影の糸すら凍りつき、彼の手は痺れ始めていた。
ミリアの結界はひび割れ、光の膜がきしむ。額に汗を浮かべながら祈りを重ねても、傀儡の数は減らない。
「……止まらない……!」
エリシアが雷を纏わせた剣を振り抜き、数体まとめて粉砕する。だが肩で息をするほど魔力を消耗している。
「あと、どれだけ……!」
セインは仲間の背を守りながら、奥歯を噛みしめた。胸のペンダントが熱を帯び、ヴァルターの残穢、イフリートの残穢、グランディオスの残穢が不協和に鳴る。
(……借りれば勝てる。だが、俺が持たない……!)
そのとき、エルンの目が柱の中心を捉えた。
「再生してるのは、あの氷柱だ……!」
ミリアが目を閉じ、祈りを柱へ向ける。氷の奥に、黒く脈動する影が見えた。
「……核がある。“氷の心臓”。ここが元凶だわ」
「なら……叩き割るしかないな」
エルンの声は低く、しかし決意に満ちていた。影糸を束ね、刃へと変じさせる。
「でも傀儡に守られて……」
エリシアが言いかけた瞬間、セインが前に出た。
「俺とエリシアで道を作る! ミリアは柱を鎮めろ。エルンは核を断て!」
短い言葉に全員がうなずいた。
雷光が弾け、エリシアの剣が十数体を吹き飛ばす。セインは刃を舞わせ、薄い拍を重ねて氷の関節を突き、傀儡を倒していく。
「今だ!」
開かれた道を、ミリアとエルンが駆ける。
ミリアが柱に手を当て、祈りを注ぎ込む。
「眠れ……静まれ……」
淡い光が氷を包み、拍動が鈍る。
「借りるぜ……!」
エルンが低く呟き、影糸を束ねて長大な刃と化す。そのまま核を狙い、柱の中心へ突き刺した。
鈍い音とともに、柱の内部が裂け、黒い心臓が露わになる。
「今だ、砕けぇ!」
影刃が核を貫き、黒い結晶が粉々に砕け散った。
その瞬間、広間の傀儡が一斉に動きを止める。
虚ろな瞳の光が消え、氷の身体は崩れ落ち、ただの氷塊となって床を覆った。
「やった……!」
エリシアが剣を下ろし、肩で息をつく。
だが次の瞬間、エルンが膝をついた。右腕に霜が走り、血管に沿って白い呪痕が刻まれていく。
「エルン!」
ミリアが駆け寄り、祈りで腕を包む。風と光が霜を抑え、広がりを止める。だが完全には消せない。
「……封じただけ。これは……残る」
「気にすんな」
エルンは苦笑し、左手で立ち上がった。「核は砕いた。勝ちは勝ちだ」
静寂の広間に、崩れた柱の残骸が残る。氷片の奥に、古代の刻印が浮かび上がった。
セインが目を凝らす。
「……嫉妬じゃない。これは、“欲望”の符丁だ」
空気が凍りつく。ミリアも、エリシアも息を呑んだ。
セインの胸で、ペンダントが低く唸りを上げる。砕けた核から漏れ出す残穢を吸い込み、赤黒い光を脈打たせた。
そのとき、広間の奥から低い笑い声が響いた。
「ようやく気づいたか」
誰も姿を見せていない。だが確かに声はここにあった。
「強欲の手は、もう深くまで入り込んでいる」
凍てつく空気の中、四人は無言で武器を構えた。
まだ終わっていない——そう告げる声が、広間に残響していた。
つづく




