77話「氷の傀儡」
氷の砕ける音が広間を満たした。冷気は一層濃く、息を吸うたびに肺の奥が凍りそうになる。足元の霜がぱきぱきと鳴り、無数の影が立ち上がった。
氷に囚われていた失踪者たち——だが、その眼に宿るのは人間の温もりではなかった。青白い光が虚ろに瞬き、関節はぎこちなく、まるで操り糸に吊られた人形。
「……こいつら、まだ生きてる」
ミリアが震える声で呟く。彼女の祈りの感覚が、氷の奥に残る心臓の拍を伝えてくる。
「だが、操られてるな」
エルンがナイフを抜き、ワイヤーを指先で弄ぶ。影を薄くし、いつでも飛び込める体勢を取った。
「助ける方法なんて……」
エリシアが剣を構え、視線を逸らすまいと必死に前を見据える。
「今は考えるな!」
セインが叫び、剣を抜いた。ペンダントが胸で鳴動し、赤い光が刃に反射する。
最初の一体が、ぎこちない動きで駆け出してきた。氷の爪が床を削り、耳障りな音を立てる。
「はあっ!」
セインの剣が横に走り、氷の腕を斬り飛ばす。だが、欠けた腕は霜となって床に散り、すぐに新たな氷が伸びて補われた。
「再生するだと……」
「だったら、一気に砕くしかない!」
エリシアが叫び、雷を纏わせた剣を叩きつける。稲光が氷の傀儡を貫き、胴体ごと砕いた。氷片が四散し、霧のように広間へ漂う。
だが奥の氷柱が低く唸り、砕けたはずの傀儡の破片が寄り集まって再び形を作る。
「……転移柱そのものが、あいつらを操ってる」
ミリアの声は冷え切っていた。
十体、二十体。氷の傀儡は広間を埋め尽くし、ぎしぎしと歪んだ動きで四人を取り囲む。
「囲まれた……!」
エルンが舌打ちし、ワイヤーを投げる。氷の傀儡の首に絡みつき、引き倒す。だが倒れた傀儡は地面に溶け、すぐに背後で再生する。
「切りがない!」
セインは奥歯を噛み、息を荒げた。ペンダントの残穢が勝手に脈動し、力を借りろと誘ってくる。だが、あの力を使えば自分が持たない。
「セイン!」
ミリアの声が飛ぶ。彼女の掌が光を帯び、風と水の祈りが結界を広げる。迫る氷の腕を押し返し、仲間の足場を守った。
「ここで食い止める!」
「なら、俺が道を切る!」
エルンが叫び、床にワイヤーを突き刺す。影が走り、氷の傀儡の足元を切断。倒れた隙に、エリシアが雷光を纏って斬り込んだ。
剣が十数体を一度に砕き、広間の中央に空白が生まれた。そこを突き抜け、セインたちは柱の根元を目指す。
だが柱そのものが呻くように震え、氷壁から新たな傀儡が這い出した。
「まだ来るのか……!」
セインが叫ぶ。
広間は氷の人影で埋め尽くされ、冷気は嵐のように渦巻いていた。
四人の剣と祈り、影が交錯し、氷片が絶え間なく降り注ぐ。
終わりの見えない戦い——それでも進むしかなかった。
つづく




