61話「七罪円卓」—虚界議堂
上下も温度もない闇に、ひとつの円卓が浮いている。骨のように白い光を帯びた卓。その周りに等間隔の椅子が七脚。座る影は顔も衣も識別できず、声だけが輪郭を持った。
最初に話したのは、砂利を踏むような低い声だった。
「白塔での狩りは中断した。神の使いが“扉”を開け、獲物は抜けた」
暴食の司教、灰鴉グラン・レオニクス。名を持つのは彼だけ。対面の影が、鼻で笑う。
「中断? 逃したの間違いだろう」
乾いた高慢の調子。傲慢の司教だ。すぐ横で、別の男が短気に椅子を軋ませる。
「踏み潰せたなら踏み潰せ。回り道は嫌いだ」
憤怒の司教。
灰鴉は淡々と続ける。
「神は直接は触れないが、鍵を渡して回る。白塔でもそうだ。剣の少年は“時間停止”ではなく、拍を合わせて薄い面を刺した。胸の赤い石は残穢を喰い、別の形で吐く。闘神と炎王の臭いが残っていた」
円卓の一角で、硬貨をころがすような声が興味を示す。
「神器の系譜、ということか。……赤い器、使い道は多い」
強欲の司教。
もう一方から、湿った囁きが落ちた。
「無詠唱の女は?」
嫉妬の司教。
「祈りと歌、どちらも動く。七元素に触れた気配があったが、自覚は浅い」
嫉妬は小さく息を呑み、声を潜める。
「神下ろしの素地……なるほど。面倒だが、面白い」
甘く冷たい女の声が微笑みを含んで割り込む。
「絆を裂けば、どの剣も鈍るわ。——続けて」
色欲の司教。唯一の女だ。
怠惰の司教が、眠たげに欠伸をひとつ。
「で、神の使いは鍵回しに来る、と。直接は殴れないが厄介だね。議題を決めようよ。眠くなる」
傲慢が卓を指で一度だけ叩き、冷えた声でまとめる。
「三つだ。まず——英雄王の系譜と神下ろしの巫女が動き、神々が“間接的に”介入を始めた事実を共有する」
憤怒が短く舌を打つ。
「次に、神の貸与路を潰す。御座も使いも、礎も。見つけ次第、砕け」
怠惰が指をひらひらさせる。
「最後に、“王”を増やす。世界に散らばる素地に因子を刻み、冠を被せる。名は何でもいい。死王でも天魔王でも、数が揃えば盤は傾く」
強欲が愉快そうに笑う。
「撒き餌は用意しよう。研究都市の“扉”にも投資してある。こちらから誘導できる」
嫉妬は低く応じる。
「無詠唱の女は私が見る。鍵歌の線も拾える」
色欲は喉の奥で笑い、甘く締めくくる。
「恋と羨望はよく燃える。裂け目は、きっとすぐできるわ」
憤怒はつまらなそうに鼻を鳴らし、傲慢は最後の確認を置く。
「失敗は許さない。——負けは恥だ」
灰鴉が短く報せを足す。
「直近の転位柱は玻璃湿原周域。視張りを置く。奴らはそこへ出る」
怠惰が気のない同意を返し、強欲が「餌は運ぶ」とだけ言い、嫉妬が「見落とさない」と釘を刺す。色欲は楽しげに喉を震わせ、憤怒は立ち上がる気配だけ残す。
ひとつ、またひとつと椅子から影が剥がれ、闇へ沈む。円卓の光は薄まり、最後に灰鴉だけが残った。
彼は卓の縁を指で一度叩き、独り言のように落とす。
「扉の向こうでも、腹は減る。——次は喰う」
虚界議堂の灯が、音もなく消えた。
闇だけが残る。




