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58話「堕獅子の刃」—白塔前・第二次交戦



 巨艦の船首から、黒鉄の影が音もなく落ちた。灰鴉グラン・レオニクス。裂けた黒布のマントがひとひら舞い、重い足が白塔の石畳に刻印を残す。


「待たせたな。——続きだ」


 踏み込みは一歩。だが、それだけで間合いは詰まる。


 四人が同時に散って寄る。セインが先手、エリシアが斜めの刺突、エルンが死角からのワイヤー、ミリアが祈りの膜。トーマは半歩遅れて前に出て、盾を起こした。


 グランは能力を使わない。ただ身体で受け、剣でいなす。黒い大剣が重さを感じさせない速さで、セインの切っ先を腹で滑らせ、エリシアの直線を柄で逸らし、エルンのワイヤーを刃先ひと撫でで断つ。ミリアの光膜は砕けないが、剣風の圧だけで波紋が走った。


「悪くない。だが——遅い」


 鍔迫り合いに持ち込む前に、距離が空になる。セインは歯を食いしばり、刃先の角度で追った。合わせる拍を探す——だが目で捉えた時には、すでに身体が遅れている。


 数合。呼吸半分の交錯で、全員が押し返された。


 その一拍の隙を、トーマが埋める。


(前は俺だ。ここで止める——)


 修行で叩き込んだ“滑る歩幅”に切り替える。錨盾の応用で、押し、絡め、流す。重い身体が今日は軽い。盾の縁が空気を切り、巨人の懐の真下へ——。


 ザクッ。


 鈍い音が、耳の内側で割れた。視界が斜めに傾く。熱と冷たさが同時に腹を撫でる。


 盾は、縁から中心へ一直線に割れていた。黒い大剣が抜けた道の先で、トーマの胴が斜めに裂かれている。深い。だが致命の角度は、割れた盾がわずかにずらした。


 仰向けに倒れ、瞳孔が開き、焦点は天へ泳いだまま戻らない。喉が嗄れた呼吸音を漏らし、指一本すら動かない。


「トーマ!」


挿絵(By みてみん)


 エリシアの悲鳴。ミリアが滑り込み、両手で傷口を押さえる。祈りの声が震え、風と水と光が薄膜となって出血を仮縫いする。「止まって、お願い……!」血の奔流は落ちた。命は、つながった。だが、彼はもう起き上がれない。まぶたは半分落ち、返事もない。


 セインの胸元で、ペンダントが低く鳴る。怒りがのしかかり、刃が熱を帯びた。


「灰鴉ァ!」


 踏み込む。足裏で拍を殺し、刃で“薄い面”を探す。怒りに任せるのではなく、怒りを線に変える。ミリアの祈りが背を一拍だけ支えた。セインは走り、跳び、刺す。


 遅れてエリシアが雷を纏い、エルンが膝裏を落とす角度で滑り込む。ミリアは祈りを重ね、風と水で援護の筋を作った。


 黒い大剣が横に払われる。


 ただの横薙ぎ——だが刃の軌跡に目に見えない波が乗った。重力が衝撃波の形になって押し寄せる。空気が押し潰され、音が一拍遅れて爆ぜた。


 全員が吹き飛ぶ。セインは肩から地へ叩きつけられ、肺の空気を吐き出す。エリシアは地滑りで十メートル先へ流され、エルンは背で石柱を受けて転がった。ミリアの膜が間に合い、致命だけは避けられたが、耳奥で世界が回る。


 グランは追わない。横たわるトーマに視線を落とし、顎に手を当てた。


「……悪徳の棘。嫉妬、強欲——それだけじゃない。喰う側の匂いが濃い。暴食の因子、適応が早い」


 独り言のような声。冷たい目が、しかし興味深そうに細まる。


「育てれば、使える」


「黙れ!」


 セインが歯を剥き、再び距離を詰める。拍を重ねる感覚がかすめた——だがグランの剣は先回りしていた。軽く横へ滑らされ、柄打ちが胸板に入る。装甲越しでも骨が軋む。視界が白く閃く。


 エリシアは四元素の“回路”を巻き直す。風が足を押し、雷が筋を走り、火が心を奮い立たせ、氷が地を縫う。剣が線を描くたび、あの日の雨が喉奥で燃えた。


「立て。まだやれる」


 エルンが短く言い、血を舐めて笑う。ワイヤーを地に打ち、己を引き戻すライフラインを作る。重さの波に身体を合わせ、刃の死角を探った。


 ミリアは祈りを深くし、仲間の呼吸を整える。足場を一歩ぶん増やし、視界の滲みを拭う。七元素の小さな灯が彼女の周りに集まっては消えた。トーマの胸には薄膜が幾重にも重なり、脈だけがかすかに跳ねている。


 グランが一歩、踏み出す。その一歩で、白塔前の空気がまた沈んだ。


「立つのはいい。——折れるまで、何度でも」


 黒い大剣が構え直される。今度は、ほんの少し“重さ”が刃に乗った。膝が笑う前触れの重さだ。


「来るぞ!」


 セインが叫ぶ。三人は散り、迎え撃つ。だが間に合わない予感が、皮膚の内側から冷たく這い上がってくる。


 黒い刃が夜を切り裂く寸前——幕が落ちた。次話へ続く。


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