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52話「ラグナロクの影絵」—白塔・影の演壇



白塔の芯は、静かな渦だった。白い壁も床も天蓋も境目をなくし、ただ中心だけが薄く脈打っている。ヘルメスが指で輪を描くと、光の粉が弧をえがき、遠い戦の光景が立ち上がった。


「順番に話そう。まずはラグナロクからだ」


炎、波、稲光——世界の層がぶつかり合い、その前に七つの影が立つ。憤怒、傲慢、嫉妬、暴食、怠惰、強欲、色欲。名を与えられた悪意は、斬っても焼いても消えず、ただ怒りを増した。幾柱もの神が槍や杖を掲げ、その列の端で、四人の人間の英雄が肩を並べる。


「神々と四人の英雄は戦い、やがて悟った。完全に“殺す”ことはできない。だから、封じた」


七つの封印紋が世界へ散る映像が、淡く消える。渦の中心に静寂が戻った。


「それがラグナロク。勝利というより、壊滅を避けるための収束だ」とヘルメス。「そして今、外側から封印をこじ開けている者たちがいる」


エリシアの眉が吊り上がる。「カルト——鏡核や封蝋を集めて、縫い目を探ってる連中ね」


ヘルメスは頷いた。「静かに、だが確実に。だから君たちに会った」


視線がセインへ移る。


「封印を締め直すには、ふたつの“鍵”が要る。英雄王の血脈と、神下ろしの巫女だ」


宙に赤いペンダントの像が浮かび、中心の螺旋が微かに回る。ヘルメスはその螺旋を軽く弾いた。


「セイン、その首飾りは代々受け継がれた“器”。万物を閉じ込め、しかるべき時に開放する。救いにも破滅にもなり得る。——君が英雄王の血脈である証でもある」


喉の奥が乾いた。セインは言葉を探し、ようやく短く吐き出す。


「……初耳だ」


そしてミリアに目を向けた。「神下ろしの巫女は、神力をおろす器だ。祈りで魔法が走り、歌で世界の“響き”に触れる。いま扱えているのは全体の三パーセント前後。癒やしや強化、感知に偏っているのは出力の問題に過ぎない」


ミリアは胸に手を当てる。自分の鼓動が、いつもより大きく聞こえた。


「わたしが……」


「本人も周りも気づかなくてよかった。狙われるから」とヘルメス。「——以上が、ふたつの鍵の話」


白い渦は息をひそめる。トーマは無意識に拳を握り、エルンは視線を落として呼吸を整えた。エリシアは短く顎を引き、セインはペンダントの冷たさを確かめるように握り直す。


「神々は封印で多くを払った。だから今も、直接は手を下せない」とヘルメス。「動けるのは、人間だ。——君たちが、力をつける必要がある」


その言葉に、空気が少しだけ重くなる。トーマは唇を噛んだ。胸のどこかに、燃えるような焦りが灯る。エリシアは視線だけで仲間を一巡させ、「つまり、準備を急げってことね」とまとめた。


セインは素直な心情を隠さず言う。「怖いな」


ミリアが横目で見て、小さく頷いた。「私も、怖い。でも——進まなきゃ」


ヘルメスは一拍置いてから、視線を引き締める。


「理由は話した。ここへ呼んだ訳も、必要な鍵も。だが、まだ続きがある。君たちにどうしても伝えなければならない事がある」


その声音には、先ほどまでの説明とは違う硬さが混じっていた。塔の壁がほんの少し光り、白の陰影が深まる。


「出会った瞬間、戦ってはならない者たちがいる。勝てると判断できないなら——迷わず退け。まずは、生き延びることが最優先だ」


エリシアが肩を強張らせる。「あんたでも、そう断言するのね」


「断言する」ヘルメスは短く言った。「名前を挙げよう。その前に、覚悟を整えて」


セインはペンダントから手を離し、深く息を吸う。喉の渇きは、まだ少し甘い。トーマは拳を開き、指の関節の白さを戻す。ミリアは歌ではなく、ただ静かに祈る。エルンは視線を上げ、目の焦点を遠くに置いた。


「——さて」


ヘルメスが口を開きかけ、白塔の渦がごく小さく鳴った。外の風が止む。名が落ちれば、場が変わる。その予感だけが、全員の背筋を伸ばした。


「その者達は」


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