3話-決意-
鐘の重低音が、まだ耳の奥で鳴り続けていた。
王都の方角に立ち上る黒煙は空を食い破り、陽光を丸呑みにしていく。
「落ち着け! 隊列を保て!」
戦技科の上級生が怒鳴り、後輩たちを中央へ集める。
教師たちは結界を張り、連絡術式で指示を飛ばした。広場は一瞬で訓練場から戦場へ――。
胸のペンダントが熱を帯び、夢の旋律が胸骨の内側を叩く。
まるで「立て」と言っているみたいに。
「……セイン」
ミリアが囁く。琥珀の瞳に黒煙が燃え映っている。
「これは偶然じゃない。あなたが選ばれるべき“場”よ」
「ああ。俺は――」
言葉を継ぐ前に、喧騒を割って聞き慣れた声が飛び込んできた。
「おーい! 無事か!」
トーマだ。額に汗、片手に工具袋、片手に謎のスパナ。
「工房見学が中止になってさ……って、あの黒いの、マジでやべぇやつだよな?」
「《大罪教》の儀式痕だ」俺が言う。
「しかも複数派閥の同時展開」ミリアが続ける。
「お、おう……胃が痛い」
その時、銀髪のリシア先生が広場に現れた。杖を掲げ、強化術で声を響かせる。
「聞け! 王都外縁にて《大罪教》の同時多発儀式を確認。戦技科上位生は第一陣として出立する。――志願も受け付ける!」
ざわめき。恐怖、緊張、そしてわずかな高揚。
気づいたら、俺の足は前に出ていた。
「俺が行きます!」
視線が一斉に刺さる。けれど、不思議と迷いは一片もない。
胸のペンダントが、鼓動と同じリズムで力強く脈打っている。
「名を」
「セイン・アルク。戦技科一年」
短い沈黙――そして、別の声。
「なら俺も!」
トーマが飛び出した。
「セインを一人で行かせるとか、ぜってー無い!」
「……お前な」
苦笑した俺の胸で、熱がふくらむ。
ミリアも一歩、前へ。
「わたしも志願します。転入したばかりですが、実戦は心得ています」
彼女の瞳は一寸も揺れない。リシア先生が三人を見比べた。
「覚悟はあるのか」
「ある!」
「当然!」
「……とうに」
「よかろう。ただし忘れるな――これは遊びではない」
先生の杖先が、俺たちの前で淡く光った。認証の魔紋。
同時に、俺のペンダントが激しく脈打つ。
《――承認》
頭の内側に、澄んだ音が走った。
「調律紋……古い予言書にある印だ」
リシア先生の目が一瞬だけ驚きに揺れる。
「第二陣で行くはずだったが変更する。セイン・アルク、君を第一陣に編入する」
周囲がざわつく。俺は深く息を吐いた。
背中を、小さな指がそっと押す。ミリアだ。
「大丈夫。あなたは“音”をつかめる」
近い。耳元にかすかな吐息。
「戻ってきたら、続きを話すわ」
何の続きかは言わない。言わないけれど、胸の鼓動がひとつ跳ねた。
トーマは工具袋を背負い直す。
「俺も第一陣と一緒にいく。結界装置の現地修理、俺の仕事だろ?」
「勝手に職務を増やすな」先生は苦笑し、すぐに厳しい顔へ戻る。
「では最終確認。目標は《儀式核》の停止。市民の避難を優先。無理はしないこと」
⸻
◆出立前ブリーフィング
転移陣の周りに、第一陣の生徒たちが集まる。
半透明の地図が浮かび、黒い斑点が脈動していた。
「儀式痕は三か所。《荊冠》派と《真光》派の連携だ。進行度は……六割。間に合う」
「核の見分け方は?」
「空の裂け目の真下、荊の柱か光の柱が立っている。そこに“鍵”がある」
鍵。
胸のペンダントが、たった今、音程をひとつ上げた気がした。
ミリアが俺の手首に小さな紋を描く。冷たい指先と温い息がまとわりつく。
「臨時リンクよ。わたしの魔力の“音”を少しだけ貸す。外したら痛いから、外さないで」
「外さない」
「約束」
指先が絡んで、一瞬だけ結ぶ。自分でも驚くほど自然に。
トーマは俺の肩をドンと叩く。
「変なことしたら、後で相談室で根掘り葉掘りな」
「どんな相談室だよ」
そんなやり取りに、張りつめていた空気がわずかに緩む。
⸻
◆影、顕現
その時――空を裂く音が、広場の上を通り過ぎた。
黒煙の裂け目に、巨大な影。炎の荊冠を戴き、眼窩の奥で赤い光が点る。
「《荊冠の守手》……!」
リシア先生が顔色を変える。
「転移陣、急げ! 第一陣、出立!」
広場が一瞬静まって、次に爆ぜるように動き出す。
俺たちは光の縁に立つ。
ペンダントは熱く、まるで心臓がもうひとつ増えたみたいだ。
「セイン」
ミリアがぎゅっと俺の手を握る。細いが、震えてはいない。
「あなたの“音”を信じる」
「任せろ」
俺はうなずき、トーマに目を向ける。
「帰ったら、工房の新作、見せろよ」
「生きて帰ってきたやつにだけ、な」
⸻
「――行くぞ!」
リシア先生の号令。
転移光が膨らみ、世界の輪郭がほどけていく。
その刹那、頭の中で声がした。
『セイン・アルク。門は三、鍵はひとつ。――音を合わせろ、調律者』
視界の端、炎の荊冠がこちらを見た。
まるで俺の名を知っているかのように。
「待ってろ」
俺は誓い、光の中へ踏み込んだ。
――こうして、俺たち三人の最初の戦いが始まった。
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