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25話-新たな仲間との出会い-

夜の湿り気をまだ残した石畳に、鐘の一打が染み入っていく。魔塔の任務を終え、塔印の庇護札を襟に差したまま、俺たちは王都の外縁へ抜ける市場通りを歩いていた。ミリアは肩で息をしながらも、誰かの破れた指先をそっと包み、痛みを和らげる小さな祈りをひとつ置いていく。トーマは盾を背に戻し、汗の痕を手袋で拭った。


「ひとまず、無事に帰還……のはずだったんだけどな」


 俺――セインの足元を、薄く黒が這う。迷宮で受けた“残穢”が、街の朝光の中でわずかに尾を引いた。


 その瞬間、風を裂く音が耳朶を撃った。


 ――抜き打ちの光。


 視界の端に白い線が走り、トーマが反射で盾を投げ出す。鋼と光の火花が、早朝の空気を一枚削いだ。


「動くな。黒に染んだ者」


 声の持ち主は、紺の外套を翻していた。短い黒髪、左手甲に焼き印の家紋。少女の手には、細身の魔剣。刀身に刻まれた符が、リズムを刻むように淡く明滅している。


「誰だ、あんた」


「通り名は要らない。《斬光》」


 剣唱・一節――さきほどの光が二閃、三閃と重なる。トーマの盾に白熱の線が踊り、路地の旗布が裂け、露店の縄がぱちぱち弾けた。彼女は俺の足元で蠢く影を指して眉根を寄せる。


「それは“穢れ”だ。言い訳は後で聞く」


 濡れた風が運河のほうから流れ込み、魚屋が悲鳴を上げる。俺は影をたぐり寄せ、ミリアの前へ立った。


「待て、誤解だ。これは俺の“残りかす”だ。敵意はない」

「……それより、匂う。来るぞ」


「言葉より拍を合わせろ!」


 鋭い眼差しが告げるとおり、次の瞬間には本当の敵が動いた。荷車に紛れていたフードの一団が、市場の喧騒の下で香を焚く。鼻の奥を甘く刺す匂い――骸紋の香。石畳から黒い犬影が二つ、ぬるりと起き上がる。骸紋猟犬だ。さらに、運河の欄干の向こうで、青白いウィスプが骨騎兵の形を取る。


「ほらな、話は後。トーマ!」


「了解ッ!」


 トーマが盾を一打。甲冑の腹が鳴り、音が拍になって走る。ミリアは短く息を整え、手元の鈴をひと揺らし、崩れた足場に淡い光の踏み石を連ねた。少女――魔剣士は滑るように踏み石を拾い、運河沿いの細道へ飛ぶ。


「遅れるな。二節――《霜焔》!」


 彼女の刃先に、白い霜と橙の炎が同時に灯る。相反する温度が犬影の外殻を一瞬で脆くする。俺は影を伸ばし、欄干の下に走る抜け道を封鎖。逃げ場を奪われ、カルトの斥候が舌打ちを落とした。


「ミリア、負傷者が出る!」


「任せて。――痛みよ、しずまって」


 ミリアの声が震えもせず通る。彼女の祈りはいつも“静かな温度”だけを残していく。名も形も告げず、ただ届く。それだけで十分だった。


「三節!」


 少女の掛け声に、刀身の符が三つ明るむ。剣唱・三節鎖縫い。闇の鎖が土の上をすばやく走り、斥候の足首を“節”で縫い止めた。ウィスプ騎士が槍を突き出す。トーマの盾が正面で火花を咲かせ、俺は影の針で核を穿ちにいく。


 呼吸が合う。打音、呼吸、刃。三つの拍に、彼女の“斬”が四拍目として割り込んできた。


「落ちろ――!」


 《霜焔》の細い弧が騎士の面頬を焼断し、トーマの体当たりが古骨を砕く。俺は残穢に指を沈め、核に穴を穿つ。最後の拍を、ミリアの鈴が締めた。透明な音が、骸紋の気配だけを撫でて消す。


 静けさがひと呼吸ぶん戻ってきたとき、鎖に縫い止められた斥候の袖口から、刻印のついた小箱が転げ落ちた。黒い蓮弁を模した封蝋。少女が拾い上げ、封を切って硬い紙片を取り出す。


 ――魔術航行用の座標板だ。微細な符丁が並び、端には《浮遊石核》の語。見慣れない、空の方角を示す幾つもの記号。


「……“黒蓮”。やっぱり、お前たちを追って正解だった」


 少女の瞳に憎悪が揺れる。彼女はペンダントに触れた。小さく、誰かの笑顔が刻まれたような古い銀の円盤。ミリアがそっと視線を落とすと、銀面に一瞬だけ薄い暖かさが灯って消えた。


「あなたは?」ミリアが問いかける。


「エリシア。家族を“カルト”に殺された。暴食のカルトの司教“灰鴉”を追ってる。魔塔の心核欠片を狙った連中と同じ筋だ。……で、そっちは?」


 トーマが庇護札を差し出す。「魔塔からの任務帰りだ。こいつ(俺の影)は見ての通り、ちょっとややこしい事情持ちだが、カルトじゃない」


 エリシアは俺の足元に目を落とし、短く吐いた。「ややこしいにもほどがある」


 否定も、赦しも、まだない。けれど彼女は座標板をもう一度見て、次の言葉を選んだ。


「この符丁、ネザリア大陸の《浮遊遺跡》だ。浮遊石のコアを使って何かをやる気だよ、奴ら。――空を、汚す気配がする」


 ネザリア。浮遊島が雲を裂く大陸。魔力に満ち、技術より術が支配する世界。俺の背の残穢がかすかに疼いた。どこかで似た匂いに触れた記憶が蠢く。ヴァルター――あの男の残した歪みが、空の術式に反応しているのかもしれない。確信には遠いが、嫌な予感だけはすんなり落ちた。


「魔塔に報告して足をつけよう。相手が空の遺構なら、地上の追跡線は消える」とトーマ。


「助けがいるなら、私は乗る。ただし条件がある」


 エリシアは剣を鞘に納め、まっすぐ俺たちを見る。


「“灰鴉”の情報は私に。見つけたら捕縛を優先する。そっちは、市民の保護を第一に」


「それは俺たちも同じだよ」ミリアが微笑む。「あなたの家族のことも、きっと――」


「慰めはいらない。結果だけだ」


 彼女の言葉は冷たく、でも脆くない。砕けるまで、無理に形を変えない硬さだ。俺は頷いた。


「拍は合った。次も合わせられる」


 エリシアの口元が、ほとんど分からないほど微かに動いた。「……四拍目、忘れないで」


 捕らえた斥候は城壁詰所に引き渡し、黒蓮の印章と座標板だけを魔塔宛ての報告箱へ入れる。塔の受付長は目を細めて地文を読み、「浮遊遺跡への調査許可」を書き付けにして差し出した。補給と最短航路――アストラル港の昇降艇、雲海の“嵐のベルト”を回避する飛行計画。事務的な手続きの合間にも、胸の中で拍が続いている。二拍、ひと息、一鈴、そして斬。


 夕刻、王都の運河に映る空が、群青へと沈む。昇降艇の甲板で、トーマが盾の縁を指で叩いた。タン、タン。ミリアが鈴を鳴らし、俺は影を薄く敷いて輪郭を整える。エリシアは外套の襟を立て、剣の柄に指を置いた。


「空の遺跡なんて、胸が躍るね」ミリアが言う。


「胃がきしむ、の間違いだ」トーマが笑う。


 俺は雲の向こうに視線をやった。高みで煌めく、見えない罠の気配――空を組む古い術式の歯車が、遠くでかすかに噛み合う音。ヴァルターの残した歪みが、そこに筋道を描いている気がした。


 甲板の鐘が鳴り、昇降艇が音もなく浮き上がる。王都の灯りが足元で小さくなり、風が頬を切った。エリシアがペンダントを握り締め、前を向く。俺たちも同じほうを見た。


 空が呼んでいる。黒蓮の香の次は、雲の匂いだ。


 ――行こう。浮遊遺跡へ。四拍子で、空の迷路を切り開くために。

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