24話-魔塔の迷宮探索-
夜半、王都の天を貫く魔塔が、石の喉で低く鳴いた。塔壁の符が裏返り、足元の石畳に一行の文が浮かぶ。
――依頼。心臓たる魔結晶〈ハートコア〉、損壊。欠片、地下迷宮へ散逸。回収・再統合ヲ求ム。
「塔のほうから……頼まれてる」
鈴を握るミリアが息を呑む。
「やるしかないな」トーマは大盾〈グラン・アエギス〉を背負い直し、
「残り香が濃い。壊した奴、まだ“中”にいるかも」セインが影に指を沈めた。
塔口が螺旋の瞼のように開く。冷気と、遠い鼓動。
◆
第一層は機巧の回廊。天井の歯車が星座みたいに動き、床のタイルが色を変えながら入れ替わる。
トーマが拾った石片を白・黒・赤のタイルへ順に投げる。白は沈黙、黒は砂の口を開き、赤は刃を起こした。
「白は静、黒は落ちる、赤は斬る。覚えとけ」
刃が壁の隙間から飛ぶ。「来る!」ミリアの声。トーマの盾が火花を撒き、セインの影が刃の根を絡め取る。
行き止まりの三扉には、丸い金属輪が三つずつ。触れると微かな振動――規則的ではない。
「鼓動……?」ミリアが耳を当てる。「少し速い。さっきの塔の鳴りと似てる」
「塔の心拍に合わせろってことか」
トーマが盾裏で二拍、セインが影で低く唸るように一拍、ミリアが鈴を一度。三つの音が重なった瞬間、扉の輪が共鳴し、扉が横に滑った。
「鍵は“真名”じゃなく“拍子”か。塔、音楽好きだな」セインが肩を竦める。
◆
第二層は幻術の庭。空は絹、木は水、花はガラス。匂いも温度も本物そっくりで、視界の端に火の手が上がる。
トーマは己の頬を指で抓る。「痛い。なら、今はここが現実だ」
ミリアは祖母に教わった古い祈りを静かに口ずさむ。鈴を一度鳴らすと、胸の奥が整う。「わたしはここ、みんなといる」
セインは影を薄く広げ、足元の輪郭を固定した。「境界を濃くする。幻は境界が嫌いだ」
三人の呼吸が揃った途端、火は紙切れになり、庭は静寂だけを残す。
奥の扉。さっきと同じ輪だが、今度は拍が乱れている。
「誰かが心臓を傷つけたから、リズムが崩れてる」ミリアが汗を拭う。
「崩れに、合わせる?」
「違う。直す。塔の“元の鼓動”を探せ」
トーマが盾で堅い二拍、セインが一歩遅らせて一拍、ミリアが息を合わせて最後の一鈴。三人の音が合わさると、乱れがほどけ、扉は穏やかな音を立てて開いた。
◆
第三層、圧の間。空気そのものが重く、耳鳴りの縁で青白い光が脈打つ。台座に、欠けた〈ハートコア〉の欠片が震えていた。
「触れるぞ。トーマ、前」
「任せろ」
盾で前を開け、ミリアが布を広げ、セインが影で台座の罠を探る。
欠片に触れた瞬間、床から吸魔の棘が森みたいに生えた。
「『守りの拍・重ね』!」トーマが盾を床に固定し、衝撃を受け止める。
ミリアの鈴が細雨みたいに鳴って、刃の勢いを半拍遅らせる。
「そこだ」セインの影が咢の根を縫い、動きを奪う。三人は滑るように台座へ寄り、欠片を回収した。
石の吠え声。天井の枷が落ち、番人が産まれる。鋼と魔で継がれた守護者〈アーカ・キメラ〉――獅子の胴、鎖の尾、胸に塔の古い紋。
無音の咆哮が衝撃となって押し寄せる。
「受ける!」トーマが真正面に立ち、盾面で波を割る。
「息、合わせて!」ミリアが短い合図。
セインは番人の足もとに黒い印を刻んだ。「残る穢れは嫌うはず。これで“止まる”」
鎖の尾がしなるたび、印が杭のように喰い込み、番人の動きが間欠的になる。
「今のリズム、さっきの扉と同じ……!」ミリアが顔を上げた。「塔の鼓動に、こっちを合わせて」
トーマが盾で二、セインが低く一、ミリアが一鈴。三人の音が番人の胸の器械に重なり、歯車の噛み合わせが一瞬だけ緩む。
「抜く!」
トーマの体当たりが鎖の尾を逸らし、セインの「穿ち」が胸の継ぎ目に滑り込む。ミリアの鈴が最後の一拍を刻んだ瞬間、番人の胸が開き、守りの核が音もなく外れた。
番人は倒れない。ただ、膝をついてこちらを見た。胸の奥で、塔の鼓動が三人の拍に重なり、やがて同じ速さになる。
「返すために、取りに来たの」ミリアが言う。「街と塔、両方を生かすため」
砂のような光が番人から散り、圧が抜ける。残ったのは小さな印章と、副核の欠片。
◆
地上へ戻る道は静かだった。第一層の刃は眠り、第二層の庭はただの砂模様に戻っている。
塔壁の符が淡く光り、石の音が喉奥で転がった。
――回収、確認。再統合、進行。謝礼、塔印ノ庇護ヲ付与。
「庇護って、何が起きるんだ?」トーマが印章をひっくり返す。
「次から、塔の心拍が少し聴こえやすくなる……とか?」ミリアが首を傾げる。
セインは無言で印章を光にかざした。「借りだ。返す時、また降りる」
東の空が白む。扉の向こう、パン屋の煙突が細い煙を上げ始めた。
「甘いの一、塩二」トーマが笑う。
「……甘いの、で」セインがぼそり。
ミリアは小さく頷き、鈴を懐にしまった。あの鈴の音が、誰の加護かはまだ知らない。けれど今は十分だ。三人の拍子は揃っている。塔が次に何を求めようと、合わせて、越えるだけだ。




