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過去からの咆哮

聖堂の裏路地。

バルクは何かに呼ばれたと感じ、地下道へ行った。

サリウスとシェイドが魔術戦を繰り広げるその遥か下、地脈の流れる地下道にて、獣が目を覚ましていた。


「……来たか」


バルクの言葉に、誰も答えない。

だが確かにそこに“いる”。


地の底を這うような足音。骨が軋む音。

闇の中から現れたのは、かつてバルクと共に〈異種同化〉の儀を受けた男――バージライ。


かつての兄弟分。だが今は、“人”ではない。


「バルクゥ……ようやく会えたな……」


その声は低く、だが異様に滑らかだった。

皮膚の下には黒い紋様が蠢き、片目は完全に獣のそれに変わっている。


「……まだ正気だったとはな、バージライ」

バルクは抜刀しない。ただ、静かに右手を下げた。


「正気……? フッ、違うな。俺は完成したんだよ。お前が途中で止めた、“進化”をな」

バージライは笑った。だがその瞳の奥には、明らかな狂気――いや、“確信”があった。


「人間であることに、何の意味がある? 弱さ、ためらい、罪悪感……そんなものを捨てて、俺たちは獣になったはずだ」


バルクの視線が、ほんの一瞬だけ揺れた。

それを見逃さず、バージライは一歩踏み出す。


「それとも、お前はまだ“あの時の妹”を引きずってるのか?」


その言葉が、バルクの記憶を引きずり出した。


あの夜ーー


「ティナが危ないんだ! 早く、こっちへ――!」


燃え落ちる実験棟の中、叫ぶバージライの声に、バルクは立ち止まっていた。 背後では黒煙が上がり、ティナの小さな悲鳴が聞こえる。


「バルクッ! ここを塞げば俺は出られねえ! だがティナは――!」


一瞬の判断だった。 バルクは無言で瓦礫を押し倒し、妹のいる方へ走った。 バージライの姿が、煙の向こうへと消えていく。


助けたのは、ティナ一人だけだった。


彼女を抱いて泣き崩れた夜のことを、バルクは何度も思い出す。 そしてその度、もう一人の“家族”を忘れた自分を呪っていた。


ーー終わったはずの夜。けれど、終わっていなかった。



一瞬で――音が、消えた。

バルクの体が動いたのは、バージライが言葉を発した前だった。


金属音。閃光。

刃が閃き、バージライの肩を裂き、返す刀を爪で受け止めた。


「やっぱり……強いな。だがその強さは、“理性”に縛られてる!」


バージライの体が、変形する。

背から生える獣の腕、喉から漏れる轟音。これはもう、“人”の姿ではなかった。


「来いよ、バルク! お前が選ばなかった道の、終着点を見せてやるッ!!」


バルクは剣を構え直す。

その眼差しには、怒りでも悲しみでもない。ただ――“覚悟”だけが宿っていた。


「……お前を、止める。それだけだ」


闇が唸る。


地脈の吹き溜まり――この空間は魔素が濃すぎて、音が歪んで聞こえる。

その中で、バージライの体が膨張するたび、筋繊維が千切れ、再構成されていく。


「……痛くねぇのか」

バルクは低く呟いた。


「痛み? そんなもん、もうとっくに“餌”に変えたさ。進化するってのは、そういうことだろう?」


バージライは叫ぶように笑った。

次の瞬間――地を裂いて突進。両腕が変形し、鋭利な爪が空間そのものを斬り裂く。


バルクは剣を抜かない。

代わりに、身体を捻り、右脚で軸を取って拳を放つ。

獣の力。だが、それを“制御する”技術。


拳がバージライの顎を捉え、鈍い音が響く。

だが――バージライはそのままバルクの腕に噛みついた。


「……ッ!」


肉が裂ける感触。だがバルクは眉一つ動かさない。

バージライの顎を逆に挟み込むように、左肘を叩きつけた。


「俺たちは、こんな戦いのために変わったんじゃない」

バルクの声は、乾いていた。


「黙れよ! 綺麗事だ! あのとき――“妹を守るために俺を置き去りにした”くせにッ!!」


その一言が、空気を変えた。


バルクの背後に、かすかな幻が揺れる。

小さな少女――優しい笑顔――そして、血まみれの記憶。


「……あの夜、俺にはお前を救う力がなかった。それが真実だ。だが――」


バルクはついに剣を抜いた。

音もなく、銀の刃が抜かれる。


「……だからこそ、今は俺がお前を止める」


バージライの咆哮が響く。


「ならその力――証明してみろよ、“人間”ッ!!」


激突。

バルクの剣が、バージライの爪とぶつかるたびに、火花が血のように散る。

跳躍、逆転、回転――すべてが獣の力。しかし、制御された暴力。

バージライはそれを見て、嗤う。


「やっぱりそうか……お前、“本当は俺と同じ”だ。戦いの中でだけ、生きてる!」


その言葉に、バルクは答えない。

ただ――一撃だけ、深く踏み込む。


バージライの胸に剣を突き立てた。


「……戦いの中で生きる。それは否定しない。けど――」


血が零れ、バージライの目が静かに閉じかける。


「――“誰かのために、戦う”ってのが……俺にとっての“人間”なんだ」


バージライの体が崩れ落ちる。

微かに笑っていた。


「……そうか……やっぱり……お前は……」


沈黙。

バルクはその場に膝をついた。

血に濡れた手を見つめ、そして、静かに目を閉じた。



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