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邂逅

ゼフとの戦いが始まる直前、空間がねじれた。


まるで空そのものが囁くように、空気が冷え、空間にひびが走る。そのひび割れから、黒衣を纏った人影が静かに現れる。まるで空間の継ぎ目から滲み出るかのように、異質で、濃密な魔素を纏った男。その男の瞳には、灰色の魔紋が浮かび、無表情のまま、サリウスを見据えていた。


「相変わらず、感情を顔に出さないな……サリウス」


その声に、サリウスの指先がぴたりと止まる。懐かしさと忌まわしさが同時に胸を突く。サリウスはゆっくりと顔を上げ、目の前の男を見つめた。


「……シェイド・クラウディア。生きていたのか。まだ評議会の犬をやっていたとはな」


シェイドの唇がわずかに吊り上がる。だがその笑みに情はなかった。


「犬で構わないさ。世界の“秩序”を保つためなら、吠えることも、喰らうことも辞さない」


彼はかつて、サリウスと共に、王立魔導院〈神律研究班〉に所属していた天才魔術師だった。魔術の深淵、世界のりつを解明せんとする研究において、二人は互いの知識を尊重し合い、幾度も夜を徹して語り合った。サリウスにとって、彼は数少ない理解者であり、同志であり、……唯一の“友”だった。


だがそれは、あの事件を境に終わった。


「君の“実験”は、あまりに危険すぎた。俺は、君を止めたんだよ。――友として、研究者として、そして……」


「裏切者として、だろう」


サリウスは静かに言葉を切り、目を細める。言葉に棘はない。ただ、事実を告げるだけの冷ややかな声音。


「君が封印の“推薦者”だったと知ったとき、私はただ――哀れみしか感じなかったよ。シェイド。君は秩序に魂を売った」


「哀れみか……」シェイドは静かに呟き、目を細めた。「それは皮肉だな。自分の信じた“真理”に取り憑かれ、世界を歪ませた男に、哀れみをかけられるとは」


辺りの空気が冷え込んでいく。風すら止まり、草木がざわめくこともなく、世界が呼吸を忘れたような静寂が訪れる。


「君はまだ“自分が正しかった”と思っているのか。……なら見せてもらおう。あの時、君が封じた“真理”が、世界を救えるのかどうかを」


シェイドが手を掲げる。指先から放たれた一筋の光が空間を裂き、そこに刻まれた魔紋が宙に浮かぶ。その言語は、既に歴史の彼方に消え去ったはずの“世界言語”。〈神律魔法〉と呼ばれ、かつて神々すら用いたとされる失われた術式。


周囲の魔素が一瞬で凍結し、空間そのものが収縮する。


「……まさか、君も触れたのか。律に」


サリウスの目がわずかに見開かれた。その反応に、シェイドの瞳が淡く輝く。


「いや、違う。俺は“君を見ていた”。ずっと、君の失敗を超えるために。今の俺は、君の影じゃない。君を、超えた存在だ」


過去の記憶が、サリウスの胸に蘇る。


――あの夜。神律の触媒を用いた禁忌実験の場で、彼は確かに、何かを見た。それは“世界の核”とも言うべき原理だった。言語では語れぬ律の感触。世界がなぜ存在するのか、その本質に触れる感覚。


だが、そこに踏み込みすぎた代償として、実験施設は崩壊し、数十名の研究者が命を落とした。


生き残ったのは、サリウスと、彼を止めようとしたシェイドだけだった。


「君は……あの時、なぜ俺を殺さなかった?」


サリウスの問いに、シェイドは静かに答えた。


「殺したかったさ。本気で。だが……お前が信じたものが、全て虚構だったと証明するには、生きていてもらう必要があった」


「証明……?」


「俺はお前を否定した。だが、それは空虚な正義の名の下だった。だが今は違う。俺は“お前の真理”を知り、なおそれを超えた。俺の魔術は、お前が追い求めた世界律の先にある。――だから、もう言い訳も、迷いもない」


雷鳴のような音が響いた。地が軋み、空が歪み、二人を中心に空間が砕ける。


サリウスはそっと外套を脱ぎ、右手を掲げる。掌には、蒼白く光る五芒星の印が刻まれていた。


「私もまた……自分の選んだ道を後悔はしていない。ならば証明しよう。禁忌を越えて、なおことわりを守れることを」


火花が散る。


睨み合う二人の魔術師。その周囲には、まるで“神代”の余波のような緊張が張り詰めていた。


この瞬間――世界の理が、再び書き換えられる。


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