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終焉の旅路  作者: 椿野蒔琉


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23/25

「私を忘れてください」

「……わたしを、憎んでください」


 ルーヴィアの声は静かだった。


 「いえ……願わくば、“忘れて”ください。でなければ――あなたの体は持ちません。感情に心を揺らせば、それだけで、神性が壊れてしまうのです」


 その言葉に、ユリオが苦しげに目を伏せた。


 「そんなの……おかしいよ」


 その声はかすれていた。まだ熱の抜け切らない喉が震えている。


 「……人間じゃなくなっても、僕の中に“気持ち”があるのに。それを捨てろって言うの?」


 ルーヴィアは言葉を失う。


 「僕はディランや、バルクや、サリウスや……君と、過ごした時間が嬉しかった。楽しかった。君の紅茶が好きだった。夜中に起こしてくれたときも、朝に服を整えてくれたのも、どれも嘘じゃなかった。なのに、全部忘れろって……!」


 涙が、ぽろぽろと落ちた。


 「それって、僕が僕じゃなくなるってことだよ……!」


 その瞬間、ルーヴィアの拘束が震えた。

 魔術的に固定されていたはずの鎖が音を立て、軋んだ。


 「――ユリオ、感情を抑えろ!」


 サリウスが叫ぶ。だがそれは、ユリオを否定する言葉ではなく、彼の体を守るための警告だった。


 「ダメです……ユリオ様……っ」


 ルーヴィアが呻くように声をあげる。


 「わたしがここにいる限り、あなたは“選べない”。だから、忘れてほしいのです。でなければ、またあなたは“神”に戻ってしまう!転生した意味がありません!」


 「それでも……僕は君を忘れたくない!」


 その瞬間、ユリオの体がわずかに光を放った。淡い金色。神性が表層に滲み出した兆候。


 「ディラン!」


 サリウスの叫びと同時に、ディランがユリオの隣に駆け寄り、その肩を掴む。


 「ユリオ。感情を持っていてもいい。けど、それを制御する方法を、これから一緒に考えよう。ルーヴィアがしたことも、全部……受け止めた上で」


 その声に、ユリオの光がふっと消えた。

 少年の瞳に再び、現実が戻ってくる。


 ルーヴィアは静かに目を閉じた。

 それが、彼女の敗北のようにも、救いのようにも見えた。


 「……ならば、もう止めません。あなた方の選んだ道を、見届けることすら、わたしには贅沢すぎる罰です」


 ディランが腕を組みながら静かに問う。


 「ルーヴィア。お前自身はどうしたい?」


 彼女は小さく笑った。


 「わたしの願いはただ一つ……ユリオ様が、この世界で“人として”生きられる未来が訪れること。それが叶うなら、わたしの存在は不要です」


 「それが“本心”なら……お前は今、俺たちの“敵”じゃない」


 その言葉に、ルーヴィアはゆっくり目を見開いた。


 「ディラン、あなたは……」


 「ユリオが望んでる。俺もそう思う。もう誰も、勝手に切り捨てられるべきじゃない」


 「そう、ですね……」


 ルーヴィアの瞳が、わずかに潤む。けれど、泣かなかった。ただ、長く胸の奥に秘めていた何かが、音もなく崩れ落ちていく気がした。


 そのとき、屋敷の外から叫び声が響いた。

 重たい鉄が砕ける音。魔術の爆ぜる音。火花のような斬撃。


 「――バルクだな。時間は稼いでくれているようだ」


 サリウスが呟き、立ち上がる。


 「なら、俺たちは早くここを出よう。評議会はまだ諦めちゃいない」


 ディランも続いた。


 「ルーヴィア、お前も来い」


 「……いいのですか?」


 「決めるのは俺じゃない。ユリオがどうしたいか、だ」


 皆の視線がユリオに集まった。

 少年は一瞬だけ迷ったような顔をして、けれど、真っ直ぐに言った。


 「行こう。一緒に」


 それだけで、すべてが決まった。



* * *



 火花が舞った。敵兵の盾が弾け飛び、甲冑の上からも骨ごと断ち割る重斧が地に刺さる。


 「貴様ら……ユリオに手ぇ出そうってんなら!」


 咆哮。バルクの怒声が空気を裂く。

 その両腕には赤黒い魔力の稲妻が走り、巨大な斧はほとばしる熱気と共に唸りを上げた。


 「《焔牙連斬》――!」


 炎の奔流が地を這い、敵の布陣を丸ごと焼き払った。悲鳴が木霊する。


 評議会が派遣したのは精鋭だった。だが、それでもバルクを止められない。

 斧が、体が、空気ごと敵を斬り伏せていく。


 「足止めくらいにはなるだろ……早く行け、ディラン、サリウス!」


 その言葉通り、彼は一人で屋敷周辺の兵を“足止め”しきった。

 地が割れ、鉄が砕け、戦場の中心に嵐のような存在が立っていた。



* * *



 夜の闇が、彼らを隠した。

 ユリオを抱えたディランと、後方を警戒するサリウス、そして鎖を断たれたルーヴィアの姿が小さく跳ねて森を抜けていく。


 「クィライスの予定は変更です」


 ルーヴィアが低く言う。


 「モネッサ様とは連絡を取っておりませんでしたが、あの方は必ず動くはず。クィライスで落ち合うつもりだったでしょう。――ですが、罠になりかねません」


 「だな。あいつを巻き込む気はねぇ」


 ディランが唸り、サリウスが口を挟む。


 「……なら、次の街はマルダナ。地下通路が多く、隠れ家に向いてる。ユリオを休ませるには充分だ」


 「モネッサへの目印はどうする?」


 「用意するさ」


 翌朝、サリウスは街の入り口の石畳に特殊な陣を描いた。

 それは“特定の魔力波”にのみ反応する探知陣。


 「これでモネッサが来ればわかる。俺たちがここにいるって伝えられる。下手に発信すれば追手を呼ぶだけだからな」


* * *



 その報せが届いたのは、評議会の塔。

 硬質な沈黙の中で、一人の男が立ち上がる。


 「ルーヴィア・エストレリア。任務失敗、並びに逃走……」


 報告書を握る指がわずかに動いた。

 男の名はロイ・アミテイジ。かつて“帝国六人の契約者”と呼ばれた男の一人。契約名は――《言葉を閉じる者》。


 くすんだ茶色の髪に短く整えられた髭。

 壮年ながら鍛え抜かれた体躯と、目の奥に宿るのは“静かな冷気”。


 「……では、俺が行こう」


 「お待ちを、ロイ殿。すでに契約は切れておられるのでは?」


 他の評議会員が静止の声を上げる。だが、男は肩をすくめるだけだった。


 「契約が切れたからこそ、動ける範囲が広い。誰かが“声”を止めねばならん」


 評議会員が渋々頷いた。


 「敵は、神の転生体。失敗は許されません」


 「わかっているさ」


 ロイは腰に佩いた剣の柄に手を添える。その刃は“声”を封じ、“意志”を断ち、“命”を等しく奪う。


 「感情を抱く神など、ただの欠陥だ。正すのが俺の役目だろう?」


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