第97話 純白の友と空の舞踏会
朝の光が窓から差し込み、白石牧場を優しく照らしていた。悠真は温かい紅茶を飲みながら、窓の外を眺めていた。牧場のあちこちに動物たちが思い思いの場所で過ごす姿が見える。
「今日も平和だな」
柔らかな微笑みを浮かべながら、悠真はそう呟いた。昨日までの雪は、スキルの効果で牧場内では適度に溶け、動物たちが活動しやすい環境が整っていた。
「おはようございます、悠真さん」
階段を降りてきたリーフィアが、優雅な動きで挨拶をした。銀色の髪が朝の光に照らされ、淡く輝いている。
「ああ、おはよう。今日の朝食は何かな?」
「ハーブ入りのパンケーキをご用意しました。牧場で採れた新鮮な卵と蜂蜜で」
リーフィアが厨房から運んできた朝食の香りに、悠真は思わず顔をほころばせた。
「いい匂いだ。ありがとう」
食卓を整えていると、外から元気な声が聞こえてきた。
「悠真さーん!リーフィア姉さーん!」
悠真が玄関を開けると、リオンが息を切らせて駆け寄ってきた。緑がかった髪がわずかに風に揺れている。
「どうした、リオン?」
「大変ですっ!ウィンド、すごいことに!」
興奮気味に話すリオンの声に、悠真は少し身構えた。
「ウィンドに何かあったのか?」
「いえ、違うんです。ウィンドがすごい友達を連れてきたみたいなんです!」
悠真とリーフィアは顔を見合わせ、急いで外に出た。
――――――
牧場の中央広場に着くと、そこにはウィンドの姿があった。しかし、リオンの言った通り、彼女は一頭ではなかった。ウィンドの隣には、悠真がこれまで見たことのない生き物が立っていた。
「あれは……まさか、ユニコーンか?」
銀色のペガサスであるウィンドに寄り添うように立つのは、純白の体に一本の螺旋状の角を持つ優美な姿。その角は朝日を受けて七色に輝いていた。
「そう、みたいですね。初めて見ました……」
リーフィアの声は穏やかながらも、驚きが滲んでいた。
「おはよう、ウィンド」
悠真が静かに歩み寄ると、ウィンドは嬉しそうに首を振った。その横にいるユニコーンは、初めは悠真たちに警戒の色を見せていたが、じきに落ち着いた様子になった。
「こんにちは、初めまして」
リーフィアが優しく声をかけると、ユニコーンは少し首を傾げる仕草をした。その動きは、まるで言葉を理解したかのようだった。
「きれいな子ですね」
リオンが感嘆の声を上げると、ユニコーンは彼の方へと一歩近づいた。
「怖がらなくても大丈夫だよ。みんな友達だから」
リオンの素直な言葉に、ユニコーンはゆっくりと首を下げた。その時、突然空からの声が響いた。
「わぁ!なにこれなにこれー!」
見上げると、ノアリスが興奮した様子で舞い降りてくるところだった。
「ノアリス、おはよう」
「おはよう、悠真!あれ見て、空!」
ノアリスの指さす方向に目をやると、牧場の上空には何羽もの鳥や、空を飛ぶ生き物たちが集まり始めていた。
「あれは……レインじゃないか」
空をゆうゆうと泳ぐソライルカの姿が見える。その周りを、鮮やかな赤色のヒエンが舞い、時折光の軌跡を描いていた。
「もしかして、あの子達もユニコーンに魅せられて集まってきているのでしょうか?」
リーフィアの言葉を肯定するかのように、徐々に空飛ぶ生き物たちが牧場の上空に集まってきていた。中には見たことのない翼を持つ小さな生き物たちもいる。
そのとき、ユニコーンが静かに鳴いた。その声に応えるように、ウィンドも首を高く上げ、空へと飛び立った。ユニコーンもすぐに続いた。
「あっ、行っちゃった……」
リオンが少し寂しそうに言ったその時、牧場の隅からフレアが走ってきた。その尾は元気に揺れ、目には好奇心が溢れている。
「フレア、お前も気になるのか?」
悠真が撫でると、フレアは「コン」と鳴いて同意を示した。すると、アクアも木から降りてきて、好奇心旺盛な様子で空を見上げていた。
「みんな興味津々だね」
牧場の動物たちが次々と集まってくる。ルナも悠真の足元に現れ、クロロも温泉から顔を出した。空を見る彼らの目には、羨望のような感情が浮かんでいた。
「そうね。みんなも空を飛んでみたいのかもしれないわね」
リーフィアがそう言って空を見上げていると、ユニコーンがこちらに視線を向けた。その角から柔らかな光が放たれ、アクアに触れる。
「あ……」
リオンが驚きの声を上げる中、アクアの体が宙に浮き始めた。不思議そうな表情をしながらも、アクアはすぐに状況を理解したようで、尻尾を動かして、次第にふわふわと空へと上昇していった。
「アクアが飛んでるー!」
ノアリスが喜びの声を上げる。ユニコーンの角の光は次にフレアにも当たり、フレアの体も宙に浮かび始めた。フレアは最初こそ驚いた様子だったが、すぐに適応し、炎の尾を使って推進力を得ているようだった。
「これは……ユニコーンが動物たちに空を飛ぶ力を与えているのか」
悠真が感嘆する中、次々と牧場の動物たちが浮遊し始めた。ルナさえも、黒い体をよたよたさせながら、空気中に浮かんでいる。
「みんな楽しそう!」
リオンの顔には純粋な喜びが浮かんでいた。
「体の動かし方に慣れて遊び始めたみたいね」
リーフィアの推測通り、空に上がった動物たちは、それぞれの方法で楽しく遊び始めた。アクアは水の雫で雲のような形を作り、フレアはその上を跳ね回る。レインは光の筋を描きながら、他の生き物たちと追いかけっこをしている。
「まるで夢のような光景だな」
悠真がそう呟いた時、ユニコーンが悠真たちの方を見た。その目には何かを訴えるような色があった。
「もしかして、僕たちにも掛けてくれるの?」
リオンの問いかけに、ユニコーンは静かに頷いた。そしてその角の光が、今度は悠真たちに向けられた。
「わ、わあっ!」
リオンの体が宙に浮き始める。続いてリーフィア、ノアリス、そして悠真も地面から離れていった。
「これは……不思議な感覚だ……」
悠真の体は、まるで水中にいるように軽やかだった。怖さよりも、むしろ解放感を感じるくらいだ。
「悠真さん、大丈夫ですか?」
リーフィアの声に、悠真は笑顔で応えた。
「ああ、意外と心地いいよ」
ノアリスはあとから来た悠真たちを見て、嬉しそうにその周りを回り始めた。
「みんな、こっちだよー!楽しいよー!」
彼女の誘導で、悠真たちも徐々に空中での動きに慣れていった。リオンは喜びのあまり声を上げ、リーフィアは静かに微笑みながら優雅に動いている。
牧場の上空はまるで何かの集会のように、様々な生き物たちの姿で賑わっていた。自由に飛び回る動物たち、悠真たち、そして空から集まった生き物たち。皆の動きが次第に調和し始め、いつしか美しい一つの流れを作り出していた。
「これは……まるで空の舞踏会だな」
悠真が言う通り、ウィンドとユニコーンが彼らの先頭に立ち、導くように動いていた。二頭は完璧な連携で円を描くように飛び、その後を他の生き物たち追いかけるように後に続く。
悠真たちもその流れに乗り、まるで空を泳ぐように身体を動かした。リーフィアの銀色の髪が風になびき、リオンの楽し気な声が牧場に響く。
「こんな経験ができるなんて思ってもみなかったな……」
悠真たちは夢中になって、空の舞に参加していた。肩の力が抜け、心が解放されていくような感覚。それは牧場で過ごす平穏な日々の中で、また一つ特別な瞬間になった。
――――――
空での遊びは、太陽が西に傾き始めるまで続いた。やがてユニコーンの角の光が弱まり、皆はゆっくりと地上へと降りていった。
「すごかった……本当に夢みたいだった」
リオンは興奮冷めやらぬ様子で言った。彼の顔には幸せな疲労感が浮かんでいる。
「不思議な体験でしたね」
リーフィアも満足げに微笑んだ。
動物たちも一様に満足した様子で、ユニコーンに感謝を告げるように鳴くとそれぞれの場所へと戻り始めた。空から来た生き物たちも、夕焼けの中を飛び去っていく。
ユニコーンはウィンドの傍らに立ち、静かに悠真たちを見つめていた。
「今日は本当にありがとう」
悠真がユニコーンに感謝の言葉を述べると、ユニコーンは角を輝かせ、小さな光の粒を生み出した。光は分裂し、悠真たち一人一人の前に浮かび上がる。
「これは……?」
リオンが手を伸ばすと、光の粒はゆっくりと彼の掌に降り立った。すると不思議なことに、光は固形化し、小さな水晶のような宝石に変わった。
「きれい……」
リーフィアの手にも同じように宝石が形作られた。ノアリスや悠真の前にも、それぞれ異なる色の宝石が生まれた。
「これは、今日の思い出の記念ってことかな」
悠真の言葉に、ユニコーンは静かに頷いた。その瞳には穏やかな光が宿っていた。
「ありがとう……大切にするよ」
リオンがそう言うと、ユニコーンは満足げな様子で振り返り、再びウィンドの傍らへと戻っていった。二頭は互いに体を寄せ合い、絆を感じさせる仕草をした。
「ウィンドは素敵な友達を見つけましたね」
リーフィアが感慨深げに呟いた。
――――――
夕暮れ時、ユニコーンはウィンドに見送られながら、来た時と同じように静かに牧場を後にした。その姿は茜色に染まる空に溶け込むように、やがて見えなくなった。
「帰っちゃいましたね……」
リオンがやや寂しそうに言った。
「そんな顔するな。また来てくれるさ」
悠真がそう言って、リオンの肩に手を置く。
「そうですね。ウィンドの友達ですから、きっとまた会えるでしょう」
リーフィアの言葉に、ウィンドも同意するように首を振った。
家に戻る途中、悠真は今日の空での体験を思い出していた。重力から解放された感覚、動物たちと一体になって舞った時間、それはまるで魔法のような瞬間だった。
「今日は特別な一日だったな」
悠真がポケットの中の宝石に触れながら呟いた。
「はい。とても素敵な一日でした」
リーフィアが微笑む。彼女の表情には、穏やかな満足感が浮かんでいた。
「僕、今日見たこと、体験したこと、全部スケッチして残しておきたいです!」
リオンが興奮気味に提案すると、ノアリスも「私も手伝う!」と言って飛び回った。
「そうだな。記録に残しておこう」
悠真もそれに笑顔で頷いた。
牧場に暮らす者たちは皆、今日という特別な日を心に刻みながら、それぞれの場所へと戻っていった。夜空には早くも星が瞬き始め、その中でもとりわけ明るい一つの星が、まるでユニコーンの角のように光を放っていた。
ウィンドは最後にその星を見上げると、満足げに鼻を鳴らし、悠真たちのもとへと歩み寄った。
「お疲れ、ウィンド。素晴らしい友達を連れてきてくれたな」
悠真がペガサスの首筋を撫でると、ウィンドはこの上なく嬉しそうな表情を見せた。それは言葉なくとも、今日の喜びを分かち合いたかったという気持ちが伝わってくるようだった。




