第95話 機械仕掛けの銀の犬
牧場のお祭りが終わってから数週間が経った頃、空気は徐々に冷たさを増していった。悠真は朝、窓から外を眺めると、草原に薄っすらと霜が降りているのを見つけた。
「冬が近づいてきたな……」
悠真はため息をつき、温かいコーヒーを一口飲んだ。
「おはようございます、悠真さん」
リーフィアが朝食の準備をしながら、穏やかに微笑んだ。彼女は白いエプロンドレスを身につけ、髪を一つにまとめていた。
「ああ、おはよう。外は段々と寒くなってきてるな」
「はい。もうすぐ雪の季節ですね」
リーフィアはテーブルにスープの入った器を置いた。その湯気が立ち上り、部屋の中に優しい香りが広がる。
「うーん、いい匂い!」
階段を降りてきたリオンが元気よく言った。彼は寒さに備えて、厚手の緑色のセーターを着ていた。
「おはよう、リオン」
「おはようございます!今日は何をしますか?」
悠真が答えようとした時、玄関のドアがノックされた。
「誰だろう?」
悠真が立ち上がってドアを開けると、そこにはミリアムが立っていた。彼女は赤いマフラーを首に巻き、頬を赤く染めていた。
「おはよう、悠真さん!やっぱりこの牧場は暖かいね~いいなぁ」
「おはよう、ミリアム。まぁ、こればかりはスキルの特権だからな。それで、こんな朝早くどうしたんだ?」
「そうそう、村で面白いもの見つけたの!それで、すぐに教えたくて」
ミリアムの目は好奇心で輝いていた。悠真は彼女を中に招き入れた。
「どうぞ、温かいスープがありますよ」
リーフィアがミリアムにも器を差し出す。ミリアムは感謝の笑顔を向けた。
「ありがとう!……あ~、冷えた体が温まる~」
「それで、何を見つけたんだ?」
悠真が尋ねると、ミリアムは小さく息を吐き、嬉しそうに話し始めた。
「昨日ね、村にちょっと変わった行商人が来たの。シーブリーズ出身の人で、海外の珍しい品物を売ってたんだ。その中に、機械仕掛けの犬を見つけたのよ!」
「機械仕掛けの犬?」
リオンが興味津々で身を乗り出す。
「うん!銀色の金属でできていて、歯車とかがいっぱい組み合わさってるの。でも生きてるみたいに動くんだよ!」
「へえ、この世界にもそういうものがあるんだな」
悠真は少し驚いた様子で言った。地球にも似たようなものはあったが、魔法の世界でそれを見るとは思わなかった。
「それで、今日その行商人がアスターリーズに行く前に、ここを通るって言ってたから、見に来ない?面白いよ!」
「いいね!行きましょう、悠真さん!」
リオンが元気よく言う。リーフィアも小さく頷いた。
「分かった。朝の支度と動物たちの様子を見てから行こうか」
悠真たちが朝食を終えて外に出ると、牧場の動物たちはすでに活動を始めていた。ベルやサクラは悠々と牧場の草を食み、その上空をレインやラクルがのんびりと泳いでいる。
「みんな元気そうだな」
悠真が声をかけると、レインは「ピュイ―!」と鳴いて尾を振った。
そこへ突然、空から「キュー!」という鳴き声が聞こえ、アズールが舞い降りてきた。青い鱗が朝日に照らされて美しく光っている。
「アズール、おはよう」
悠真が頭を撫でると、アズールは嬉しそうに首を擦り寄せてきた。
「よし。一通り作業も終わったようだし、その行商人を見に行こうか」
悠真たちが牧場の入り口に向かう途中、どこからか小さな青い光が飛んできた。
「みんな、おはよう~!」
ノアリスが元気よく飛んで来た。彼女の羽は朝の光で透き通るように輝いていた。
「ノアリス、おはよう。相変わらず元気だな」
「もちろん!それより、みんなでどこに行くの?」
「機械の犬を見に行くんだ」
リオンが説明すると、ノアリスは興味津々の表情になった。
「私も行く~!」
そうして一行は牧場を出発した。道は霜で白く輝き、足音が静かに響く。木々の葉は赤や黄色に色づき、いくつかは既に地面に落ちていた。
道を少し歩くと、前方に小さな荷車を引いた人影が見えてきた。
「あ、あの人だよ!」
ミリアムが指さした先には、海の匂いがするような青と白の衣装を身にまとった中年の男性がいた。肌は日に焼けて浅黒く、豊かな髭を蓄えている。
「おや、お客さんかい?」
行商人は明るい声で一行に声をかけた。
「あなたが機械の犬を持っていると聞いて」
悠真が言うと、男は大きく笑った。
「ああ、あれかい。確かに珍しいものだよ。見てみるかい?」
「はい、お願いします」
行商人は荷車の中から、箱を取り出した。慎重にそれを開けると、中から銀色に輝く犬の姿が現れた。体長は30センチほどで、全身が金属で作られている。歯車や小さなバネが精巧に組み合わされ、まるで芸術品のようだ。
「わぁ、すごい……」
ミリアムが感嘆の声を上げた。
「これは遠い海の向こうの国で作られたものだよ。『クロノドッグ』と呼ばれている」
行商人が説明する。彼はポケットから小さな鍵を取り出し、犬の背中にある穴に差し込んで回した。
「さあ、いくよ」
カチカチという音とともに、機械の犬がゆっくりと動き始めた。最初は少しぎこちなかったが、次第に滑らかな動きになり、まるで本物の犬のように歩き始めた。
「わぁ!動いた!」
リオンが驚きの声を上げる。ノアリスも興味津々で機械の犬の周りを飛び回っていた。
「頭をなでてごらん」
行商人に促されて、悠真が恐る恐る機械の犬の頭に触れると、犬は首を傾げ、「ワン」と鳴いた。その声も機械的だが、不思議と温かみがあった。
「どうやって動いているんですか?」
リーフィアが静かに尋ねた。
「この子の原動力は、特殊な魔法の結晶さ。生命の魔力を少しずつ吸収して、それを動力に変えているんだ」
「生命の魔力……植物や動物から?」
「いいや、持ち主からさ。だから、この子を買う人は、自分の魔力を少し分けてあげる必要があるんだ」
悠真は興味深そうに機械の犬を見つめた。
「試しに、魔力を少し与えてみるかい?」
行商人が悠真に尋ねる。悠真は少し戸惑ったが、好奇心に勝てずに頷いた。
「どうすればいいんですか?」
「この子の額に手を当てて、魔力を流すんだ。軽く念じるだけでいい」
悠真が指示通りに手を当てると、機械の犬の目が青く光り始めた。そして突然、犬は悠真の周りをくるくると回り始め、嬉しそうに尻尾を振った。
「おや、気に入られたようだね!」
「私も試してみたい!」
ミリアムも同じように手を当てると、犬は彼女にも同じように反応した。リオンとリーフィアも試してみると、犬はそれぞれに違った反応を見せた。リオンには飛び跳ねるような動きを、リーフィアには優雅に座って前足を上げるような仕草を見せた。
「この子は持ち主の性格や魔力の質に応じて、反応が変わるんだ。だから、一人一人に合った相棒になる」
行商人の説明に、みんなは感心した様子だった。
「ちなみに、いくらするんですか?」
リオンが興味津々で尋ねた。
「そうだね。通常なら金貨50枚だが……」
行商人は一行をじっと見て、少し考え込んだ後、「君たちは面白い組み合わせだな。もし興味があるなら、特別に金貨40枚でどうだい?」と値引きを提案してきた。
悠真たちは顔を見合わせた。高価ではあるが、確かに興味をそそられる品物ではあった。
「少し考えさせてください」
悠真が言うと、行商人は快く頷いた。
「もちろん。急ぐ必要はない。私は明日の夕方までこの辺りにいるから、決まったら声をかけてくれ」
そう言うと、行商人は機械の犬を箱に戻し、荷車を引いて歩き始めた。
「すごかったね!あんな機械、見たことない!」
牧場に戻る途中、リオンは興奮した様子で話していた。
「異文化って面白いですね。海の向こうの国の技術だなんて……」
リーフィアも感心した様子だ。
「悠真さん、買うつもりはあるの?」
ミリアムが尋ねると、悠真は少し考え込んだ表情になった。
「正直なところ、迷うな。面白いけど、金貨40枚は結構な額だし」
「でも、あの子、悠真さんに懐いてたみたいだったよ?」
「そうかな……?」
そう言われて悠真は考える。確かに結構な額ではあるが、最近は牧場の農産物も増え、その利益の使い道もあまりないため、貯蓄は増える一方になっていた。たまにはこういうことに使ってもばちは当たらないだろう。
「そうだな。折角の機会だし買おうか!」
「やったぁ!」
悠真の決断に、リオンも嬉しそうに声を上げた。
その後、悠真たちは一旦家に戻り、今度は悠真だけが金貨を持って再び行商人のところまで戻ってきた。
「お?買ってくれる気になったのかい?」
「はい。折角の機会なので」
そう言って悠真が金貨40枚を渡すと、行商人は枚数を確認して、先ほどの箱を取り出した。
「確かに。まいどあり。大事にしてやっておくれ」
そう言って、彼は機械の犬が入った箱を悠真に手渡した。
すると箱の中から、機械の犬が「ワン」と鳴いた。まるで会話を理解しているかのようだった。
「ありがとうございます」
悠真は恐る恐る箱を受け取った。
「名前は自分でつけてやってくれ。これからの季節、いい友達になるだろう」
そう言うと、行商人は荷物をまとめ始めた。
「それじゃ、また会う日まで」
行商人がその場を立ち去った後、悠真も牧場に戻ると、箱から出した機械の犬をテーブルの上に置いた。
「さて、それで名前は、どうしようか?」
「シルバー!」
リオンが即座に言った。
「カチカチ!」
ノアリスが提案する。
「ティンク……はどうでしょうか?」
リーフィアが少し考えながらそう答える。
「う~ん、どれも良い名前だと思う。でも、この子は悠真さんに一番懐いていたみたいだし、悠真さんが決めてあげたほうが良いんじゃない?」
ミリアムがそう言うと、皆が悠真を見た。
指名された悠真は機械の犬をじっと見つめた。銀色に輝く体、青く光る目、そして歯車が精巧に組み合わさった姿。
「フロスト……霜の季節に来たからな」
機械の犬は「ワン」と嬉しそうに鳴き、尻尾を振った。
「良い名前ですね。フロスト、これからよろしくね」
リーフィアが優しく微笑んだ。
その日から、フロストは牧場の新しい仲間となった。彼は機械とは思えないくらいに自然に牧場内を駆けまわるようになった。特にアクアとは仲が良いらしく、アクアの作る氷の結晶を追いかける姿がよく見られた。
窓の外では雪が静かに降り始め、穏やかな冬の日々が始まっていた。




