第93話 夢物語と牧場のお祭り(前編)
空が明るくなり始めた頃、牧場の小さな窓辺に青い光が漂っていた。ノアリスが窓辺に座り、朝日を眺めている。彼女の透明な羽が朝の光に揺れ、虹色の輝きを放っていた。
「ふわぁ~、よく寝たぁ~」
ノアリスが大きく伸びをして、ごろんと窓辺に寝転がる。彼女の小さな体からは、かすかに青い光の粉が舞い落ちていた。
その時、部屋の扉がゆっくりと開き、悠真が姿を現す。
「おはよう、ノアリス。随分と早起きだな」
「おはよ~、悠真!あのね、わたし、すっごく不思議な夢を見たの!」
ノアリスは飛び上がって、空中で小さなクルクルと舞う。彼女の透明な羽からは光の粒が散らばり、キラキラと部屋の中で輝いた。
「へぇ、どんな夢だったんだ?」
「みんなで、お祭りをしたの!牧場のみんなが集まって、ゲームをしたり、おいしいものを食べたり、踊ったりして……楽しかったなぁ」
ノアリスは夢の記憶に浸るように目を閉じる。
「お祭りか、それは楽しそうだな」
「ねえ、悠真!本当にやってみない?牧場でお祭り!」
突然、ノアリスの目が輝き、悠真の周りを飛び回り始めた。
「えっ?ここでか?」
「そう!牧場の仲間みんなでお祭りするの!観光客とかも呼んだらもっと賑やかになるじゃない?」
悠真は少し考え込む様子を見せた。確かに、最近牧場は賑やかになっていた。アリシア様の訪問もあったし、シーブリーズとの取引も始まったばかり。お祭りをすることで、さらに交流が広がるかもしれない。
「……確かに、悪くないアイデアかもな」
「やった~!」
ノアリスが喜びのあまり、部屋中を飛び回る。その様子を見て、悠真も微笑んだ。
――――――
夕食の時間、悠真はノアリスのアイデアを皆に話した。テーブルを囲んでいるのは、リーフィア、リオン、ユエの四人だ。
「お祭り……ですか?」
リーフィアが少し驚いた表情で聞き返す。
「あぁ、ノアリスが見た夢なんだけどな。牧場でお祭りをするっていうのも悪くないと思ったんだ」
「それ、すごく楽しそうですね!」
リオンがワクワクした様子で話に乗ってきた。
「わ、私にも……何かできることはありますか……?」
ユエもおずおずとそう言った。普段はあまりこういうことに積極的ではないユエだが、牧場の一員として何かしたい気持ちはあるようだった。
「もちろん。みんなで協力して準備しよう」
悠真の言葉に、皆が頷いた。リーフィアは静かに考え込んだ後、微笑んだ。
「月影村のお祝いも楽しかったし、牧場でのお祭りも楽しみです」
「アスターリーズ商会のドミニクさんにも連絡してみようか。商売人だから、宣伝の方法も知ってるだろうし」
悠真がそう提案すると、リオンが勢いよく立ち上がった。
「それなら僕、町まで連絡しに行きます!」
「ありがとう、リオン。じゃあ、頼むよ」
そのとき、軽やかなノックの音が玄関から聞こえてきた。
「おじゃましま~す!」
明るい声とともに、亜麻色の髪を揺らしながらミリアムが姿を見せた。彼女はいつものように薄緑色のワンピースに茶色の革のベストを着て、小さな籠を手に持っていた。
「あ、みんなおはよう!今日はいくつか良い薬ができたから、お裾分けに来たの」
そういうとミリアムは鞄から常備薬を取り出して、キッチンテーブルに置いた。
「ミリアム、いつもありがとうな」
悠真が笑顔で礼を言うと、ミリアムは嬉しそうに頷いた。
「お礼なんて、私も牧場の野菜や薬草にはよくお世話になってるから」
「ミリアムさん!ちょうどいいところに来てくれました!」
リオンが興奮した様子で立ち上がり、ミリアムに駆け寄る。
「どうしたの、リオンくん?」
「僕たち、この牧場でお祭りを開くことになったんです!」
それを聞いたミリアムの目が好奇心で輝いた。
「お祭りをこの牧場で?良いじゃないですか!楽しそうですね」
悠真たちはミリアムにお祭りの計画を説明した。ノアリスの夢から始まり、牧場の動物たちそれぞれの特技を活かしたイベントの構想まで。ミリアムは楽しそうに聞き入っていた。
「これはきっと成功間違いなしですよ。あ、それならグリーンヘイブンの皆も読んで良いですか?お客さんは多い方が良いと思いますし」
確かに、グリーンヘイブン村との交流も深まるいい機会になるだろう。毎年収穫祭に招待して貰っているお返しにもなる。
「それは助かる。ミリアム、頼むよ」
「はい!任せて下さい!」
ミリアムは元気よく答えると、嬉しそうに両手を合わせた。
「あ、それから私、薬草のことなら少しは詳しいから、薬草園のコーナーとか作れるかも。来場者の人に薬草の効能を説明したり、簡単な薬草茶を振る舞ったり……どう思います?」
「それは良いな。ミリアムの知識があれば、来場者にも喜ばれるだろうし」
「やった!」
ミリアムは嬉しさのあまり、小さくジャンプした。その姿に、テーブルを囲む全員が微笑んだ。
「じゃあ、私、村に戻って早速みんなに声をかけてきますね!あと、薬草茶のレシピもローザおばあさんに相談してみます!」
ミリアムは鞄を手に取り、村へと戻っていった。
こうして、牧場のお祭り計画が始まった。
――――――
数日後、牧場は準備で忙しくなっていた。ドミニクの提案で、「白石牧場の不思議なお祭り〜期間限定の妖精の庭〜」と銘打って、三日間の開催が決まった。
「さて、どんな出し物をしようか」
悠真が庭に設置されたテーブルで皆と話し合いをしていると、ルナが「ニャー」と鳴きながら寄ってきた。
「ルナも何かアイデアがあるのか?」
悠真が冗談めかして言うと、ルナは「な~」と否定するように鳴いて悠真の膝で丸くなった。
「あ、そうだ!」
ノアリスが突然、空中でパンと手を叩いた。
「動物たちのサーカスはどうかな?みんなすごい能力持ってるし!」
「サーカス……?」
悠真が首を傾げる。確かに牧場の住人たちは普通ではない能力を持っている。だが、僅かな期間で人に見せられるレベルにするのは難しそうだと思った。
「私は……もう少し自然な形の方がいいと思います」
同じような考えに至ったのか、リーフィアが静かに言った。
「確かに。悪くないアイデアだけど、今回はあまり時間もないしな」
「う~ん。そっかぁ」
ノアリスが残念そうにそう言うと、リオンが別の提案をした。
「無理に何かしなくても、みんなの日常風景を少し強調するくらいで良いんじゃないでしょうか?」
「日常風景を?」
「はい!皆が活動している様子を展示するんです。特に演技とかしなくても、ノアリスさんの言う通り、牧場の皆は特別ですから」
「なるほど。牧場内の様々な場所に、動物たちの普段の姿を見てもらうコーナーを作るってことか」
悠真が理解したように頷いた。それなら動物たちにも負担がないし、来場者にも楽しんでもらえそうだ。
「ベルの羊毛でつくった毛糸や、アクアが作る水晶細工なんかの展示もありかもしれませんね」
「それなら、アウラとサフィアのお花も綺麗ですよ!」
リーフィアの提案に対して、リオンも嬉しそうに意見を出した。アルラウネとドライアドの二人が育てる花は、確かに普通の花とは違う美しさがある。
「クロロに温泉の色を変えてもらって、効能別に入浴体験してもらうというのも面白いかもしれないな」
悠真がつぶやくと、みんな顔を見合わせて頷いた。
「あの……わたしは、夜に……何か……」
ユエが小さな声で手を上げた。悠真は少し考えて思いついた内容を提案してみる。
「そうだな、ユエは夜の部を担当してもらうか。幻想的な夜の牧場ツアーなんてどうだろう?」
「は、はい……がんばります……」
緊張しながらもユエの顔が少し明るくなった。
「わたしはお客さんを空から案内する~!」
気を取り直したノアリスが元気よく言った。
こうして、それぞれの役割が決まっていく。翌日からは、本格的な準備が始まることになった。




