第91話 夢心地の温泉と浴衣の夜
月影村からの帰り道、牧場に戻った悠真たちは、まだ興奮冷めやらぬ様子だった。月の聖獣としての姿を現したルナは、既に元の黒猫の姿に戻って悠真の肩でのんびりと揺られていた。
「ルナ、今日は大活躍だったな」
悠真が感心したように言うと、ルナは「ニャー」と得意げに鳴いた。
「僕も驚きました!あんな大きな黒豹になるなんて!」
リオンも興奮した様子で、両手を大きく広げながらそう言った。
そんな話をしながら牧場に到着すると、門の前で二つの小さな影が待っていた。
「おかえりなさーい!」
「お、おかえりなさい」
ノアリスが、空中に浮かびながら声をかけた。彼女の隣にいたユエも、少し緊張しながら小さな声で出迎えてくれた。
まだ日が落ちたばかりの夕暮れ時。普段は日中眠っている彼女が起きていることに、悠真は少し驚いた。
「二人ともただいま。ユエ、もう起きてたのか」
「はい……なので、みなさんの帰りを待っていました」
ユエの頬が少し紅く染まる。悠真は微笑んで二人の頭を撫でた。
「そうか。留守番、ありがとうな」
その言葉にユエの顔がさらに赤くなる。一方、ノアリスは嬉しそうに空中で回転した。
「ねえねえ、月影村はどうだった?お祭りは楽しかった?何か面白いことあった?」
ノアリスの質問攻めに、リオンが興奮した様子で答える。
「すごかったんだよ!村の祝宴に参加して、それからルナが大きな黒豹に変身して——」
「えぇっ!?」
ノアリスとユエが同時に驚きの声を上げた。二人はリオンの話を聞きながら、目を丸くして、肩のルナを見つめていた。
――――――
その夜、悠真は牧場の温泉で疲れを癒すことにした。月影村での興奮と緊張から解放され、一息つきたかったのだ。
「クロロ、今日は何色の温泉がいいかな?」
温泉の近くでのんびりしていたクロロは「クゥロ」と鳴くと、鉤爪で温泉の縁をトントンと叩いた。すると、温泉の水は通常の透明から、淡い青色へと変わっていった。
「青色か。疲労回復に効果があるんだよな」
悠真が服を脱いで男湯側の温泉に足を入れると、心地よい温かさが体を包んだ。ゆっくりと湯船に浸かり、空を見上げる。満月がまるで月影村での出来事を祝福するかのように、明るく輝いていた。
「ふぅ……」
深いため息と共に、悠真は目を閉じた。その時、女湯側から声が聞こえた。
「悠真さん、お入りになっていますか?」
リーフィアの声だった。男湯と女湯の間には、柵が設けられていたが、声はよく通った。
「ああ、入ってるよ。何かあった?」
「いえ、お湯を張り替えたばかりと聞いたので、私たちも入らせて頂こうかと」
悠真は目を開けた。柵越しに返事をする。
「ああ、構わないよ。今日はクロロが青色にしてくれたから、疲れも取れるだろう」
しばらくして、リオンが男湯に入ってきた。
「ん~、クロロの温泉はやっぱり気持ち良いなぁ」
「えぇ。本当に心地よいですね」
リオンが嬉しそうな声を上げ、リーフィアも穏やかに同意した。
穏やかな会話が続く中、悠真はゆったりと湯に浸かった。
「それにしても、今日はいろいろとありましたね」
「ああ、魔獣の乱入には驚いたけど、ルナのおかげで大した被害も出なくて良かったよ」
「ルナ、凄く格好良かったですよね!」
温泉に浸かりながら、三人は穏やかな時間を過ごした。クロロの魔法で青く輝く湯は、彼らの疲れを優しく包み込んでいった。
――――――
温泉から上がった後、悠真たちは浴衣に着替えて家の中でくつろいでいた。その浴衣は月影村から感謝の気持ちとして贈られたものだ。リーフィアが夕食の準備をしている間、悠真はふと思いついたことがあった。
「そういえば、魔像結晶を持っていけばよかったな」
「あ~そう言えばそうですね。お祝いの風景とか残せなかったのはちょっと勿体なかったかも」
リオンも少し残念そうにそう答えた。
「そういえば、悠真さんは普段はどんなものを撮影されていたんですか?」
リーフィアが台所から覗きながら尋ねた。
「元の世界での話か?そうだな……自然や風景を撮影するのが仕事だった。まぁ、こっちの世界でも時々撮ったりしているけどな」
悠真は少し照れながらも、部屋の隅に置かれた箱から小さな装置を取り出した。
「せっかくだし、その浴衣姿を記念に撮っておこう。ほら二人ともそこに並んで」
悠真が魔像結晶を構えると、リオンは嬉しそうにリーフィアの隣に立った。二人とも白地に月と星の模様が描かれた浴衣姿で、月影村の伝統的な姿をしていた。
「準備はいいか?」
「はい!」
リオンが元気よく返事をした。悠真が結晶に魔力を注ぐと、中の宝石が一瞬明るく光った。
「……うん。よく取れてるな」
「本当ですか?見せて下さい!」
リオンが興味津々で言った。
「ありがとうございます。素敵な思い出が残せました」
そうして撮った写真を眺めながら雑談していると、台所からいい匂いが漂ってきた。
「夕食ができましたよ」
リーフィアが呼ぶと、悠真とリオンはテーブルに集まった。そこには月影村の特産品を使った料理が並んでいた。透き通るような白い米に、銀色の野菜の炒め物、キノコのスープ。さらにリーフィアがアレンジした、月見団子のデザートもあった。
「村の料理を再現してみました。風味は少し違うかもしれませんが……」
リーフィアが少し不安そうに言うと、悠真は一口食べて微笑んだ。
「いや、美味しいよ。家庭の味がする」
その言葉にリーフィアの顔が明るくなった。三人は楽しく食事をしながら、月影村での出来事や、これからの牧場の計画について語り合った。
「そういえば、ルナはどこに行ったんでしょう?」
リオンが周りを見回して尋ねた。
「さっきまでここにいたんだが……」
悠真が答えると、窓の外から「ニャー」という鳴き声が聞こえた。見ると、ルナが窓辺に座り、満月を見上げていた。その姿は神秘的で、まるで月と対話しているかのようだった。
「やっぱり月が好きなんだろうな」
「そうですね。そっとしておきましょう」
食事が終わり、団欒の時間が続く中、悠真はふと窓の外を見た。月明かりに照らされた牧場の風景は幻想的で美しかった。温泉からは湯気が立ち上り、動物たちは思い思いの場所で休んでいる。
その時、外から突然大きな音が聞こえた。「ドン!」という音と共に、空に光が広がる。
「あれは、花火か!?」
悠真が驚いて立ち上がると、リーフィアとリオンも窓に駆け寄った。
「これは……月影村の方向からですね」
確かに、月影村の方角から次々と花火が打ち上げられていた。きっと祝宴の締めくくりなのだろう。
「見に行きましょう!」
リオンが興奮した様子で言うと、三人は急いで外に出た。
牧場の動物たちも起き出し、空を見上げていた。牧場からでも、月影村から打ち上げられる花火はよく見えた。銀色や青色、そして月のような白い光を放つ花火が、夜空を彩っていた。
「綺麗……」
「ここから見る花火も風情があって良いですね!」
悠真は二人の喜ぶ姿を見て、微笑んだ。そして、魔像結晶を取り出して、この瞬間を収めた。青い結晶が光り、花火の下で笑顔の二人と広がる景色が記録として残された。
「本当に、良い夜だ……」
悠真がつぶやいた言葉は、夜風に乗って広がっていった。




