第90話 村の祝宴と聖なる黒豹
秋風が白石牧場の木々を揺らす朝、白石牧場に珍しい訪問者がやってきた。リーフィアと共に来たのはかつての月影村の長老だった。
「白石さん、明日、月影村で復興祝いの宴が開かれるのですが、ぜひご参加いただけませんか?」
この言葉に悠真は少し驚いた表情を浮かべた。
「復興祝い?そんなに進んでいたんですか」
長老の使いは嬉しそうに頷いた。
「はい。村の皆の努力と、リーフィアの力添えのおかげで、ようやく村の基盤が整いました。白石さんにはリーフィアやリオンが世話になっているので、良ければ一緒に来て頂きたいと思いまして」
悠真はリーフィアを見た。彼女は静かに微笑み、その碧眼には懐かしさと期待が滲んでいた。
「悠真さんさえ良ければ」
「そうだな。せっかくだし、参加させて貰うか」
リオンも横で嬉しそうに手を叩いた。
「僕も楽しみです!」
「ありがとうございます。それでは、村にてお待ちしております」
長老の使いがそう言って深々と頭を下げると、悠真は思わず照れくさそうな表情を浮かべた。
――――――
翌日、悠真たちは月影村へと向かった。同行したのはリーフィア、リオン、そして肩に乗せたルナ。さらにステラとルミも連れて行くことにした。ルナーホップは月の光を浴びると体に幻想的な模様が浮かぶ珍しい生き物だ。月にまつわる祝いの席にはぴったりだろうと思ったからだ。
「懐かしいな……」
村の入り口に立ち、悠真は感慨深げに呟いた。前に訪れた時は、まだ復興の途中だった村の姿が、今は見違えるように美しく整っていた。家々は新しく建て直され、道も整備されていた。
村の中央に進むと、広場には既に大勢の村人が集まっていた。お祭りの飾り付けがされ、美味しそうな料理の香りが漂っている。悠真たちが姿を現すと、村人たちから歓声が上がった。
「白石さん!」
「リーフィアさま!」
「リオン君も来てくれたんだね!」
親しげな声があちこちから聞こえる。悠真は照れくさそうに頭を掻きながらも、村人たちの温かい歓迎に心が温まるのを感じていた。
月影村の新しい守護者となった若い男性が近づいてきた。彼の名はルーク。リーフィアが守護者の役を離れた後、その責務を引き継いだ人物だ。
「お越しいただき、ありがとうございます」
ルークは深く頭を下げた。
「白石さんのおかげで、リーフィアさまが戻られ、村に平和が戻りました。この感謝の気持ちは言葉では表せません」
「いや、そんな……俺は大したことはしていないよ」
悠真が照れながら答えると、ルークは真剣な表情で首を振った。
「いいえ、白石さんがリーフィアさまを助けてくださったことは、私たち月影の民にとって何よりも大きな恩義です」
宴の席へと案内された悠真たちは、月影村ならではの料理を楽しんだ。透き通るような白い米に、月光を浴びて育ったという銀色の野菜、そして不思議な輝きを放つキノコのスープ。どれも繊細な味わいながら、力強い生命力を感じる味だった。
「うまい……こんな料理は、初めてだ」
悠真が感嘆の声を上げると、村人たちは嬉しそうに顔を見合わせた。リーフィアはそっと微笑み、悠真に更に別の料理を勧める。
「こちらの月見団子も特別なものですよ。月の力が宿っていると言われています」
ルナが悠真の肩から「ニャー」と鳴いて、その団子を物欲しそうに見つめていた。同じく、ステラとルミも近くから好奇心いっぱいの目で見守っている。
「おまえたちも食べるか?あ、でも、あげても大丈夫かな?」
「小さめにしてあげれば、食べさせるのは問題ないですよ」
それを聞いた悠真が安心して小さく切り分けてあげると、三匹は嬉しそうに食べ始めた。その姿に村人たちは「かわいい」と声を上げ、子供たちは特に興味津々で近づいてきた。
宴は楽しく進み、月が高く昇る頃には、村人たちによる月への感謝の踊りが始まった。銀色の衣装をまとった踊り手たちが、月明かりの下で優雅に舞う姿は神秘的で美しかった。
しかし、その平和な時間は突然、悲鳴によって破られた。
「魔獣だ!村の東から魔獣が来たぞ!」
村の見張りが叫ぶ声が響き、宴の場は一瞬にして緊張に包まれた。
「みんな、落ち着いて!」
リーフィアが立ち上がり、冷静な声で指示を出す。
「子供たちと老人は村の中央広場へ!若い人たちは避難を手伝って!」
ルークも素早く立ち上がり、剣を抜いた。
「私が行きます!皆さんは避難を!」
混乱する村人たちの中、悠真も立ち上がった。
「俺も行くぞ!」
三人は村の東へと駆けつけた。そこには既に村の防衛隊が魔獣と対峙していた。その魔獣の姿を見て、悠真は息を呑んだ。
それは巨大な猪のような姿だったが、全身が黒い炎に包まれ、赤い目が不気味に光っていた。額には一本の角が突き出し、牙は剣のように鋭く光っている。
「闇炎猪……!」
「強いのか?」
悠真が問うと、リーフィアは深刻な表情で頷いた。
「周辺の山間に生息していて、月影の民にとって最も恐ろしい魔獣の一匹です」
ルークが剣を構え、「私が守ります!」と前に出る。リーフィアも月の力を宿した銀色の弓を手に取り、悠真は村人たちの安全確保に尽力した。
しかし、その闇炎猪の力は予想以上だった。ルークとリーフィアの攻撃は届くものの、自己再生力が高く致命打を与えられずにいた。
二人の守護者が苦戦する中、悠真の肩に乗っていたルナが、不意に「ニャッ!」と高く鳴いた。
ルナの目は魔獣を捉え、背中の毛が逆立っていた。悠真が何かを言う間もなく、ルナは彼の肩からひらりと飛び降りる。そして着地した瞬間、驚くべき光景が広がった。
月の光を浴びたルナの体が輝き始め、その姿がみるみるうちに大きくなっていく。黒い毛並みは月明かりに照らされて青みがかった光沢を帯び、やがてそこに立っていたのは、優美な大きな黒豹だった。
「ルナ……!?」
悠真は驚きの声を上げた。以前、リーフィアが「ルナが大きな黒豹に変身した」と言っていたことを思い出す。これが彼女の見た姿だったのか——。
黒豹となったルナは、自分より遥かに大きな闇炎猪に向かって飛びかかった。その動きは風のように素早く、闇炎猪が反応する間もなく、鋭い爪で魔獣の脚を切り裂いていく。
「あれは……!」
村人の一人が驚きの声を上げた。
「月の聖獣様だ!」
「聖獣様が現れた!」
村人たちの間に驚きと喜びの声が広がる。リーフィアも目を見開いていた。
「思い……出した。あぁ、ルナ、あなたが……」
ルナは闇炎猪の周りを素早く回り込み、その動きを封じていく。魔獣の闇の炎も、ルナの毛皮に触れると消えていくようだった。
「ルーク、今です!」
リーフィアが叫び、銀色の矢を放つ。同時にルークも月の力を宿した剣で魔獣に斬りかかった。そして、ルナもまた魔獣の首元に跳びかかり、決定的な一撃を加えた。
三方からの攻撃を受け、闇炎猪は大きな咆哮を上げると、その体が崩れるように消えていった。
戦いが終わった広場に静寂が戻る。月の光が一層強く輝き、黒豹の姿のルナを照らしていた。
「月の聖獣様……」
村人たちが敬意を込めて跪く中、ルナは「ニャ~」と小さく鳴くと、再び光に包まれ、元の小さな黒猫の姿に戻った。そして、悠真の元へと駆け寄り、彼の肩に飛び乗った。
「ルナ、お前すごいじゃないか」
悠真が感嘆の声で言うと、ルナは「ニャー」と得意げに鳴いた。そのやり取りを見て、村人たちの間に驚きの声が広がる。
「聖獣様が白石さんに……!」
「なんと親しげに……!」
ステラとルミも嬉しそうに悠真とルナの周りをぴょんぴょんと跳ね回っている。二匹のルナーホップの体には、月の光を受けて幻想的な青い模様が浮かび上がっていた。
リーフィアが近づいてきて、恭しく頭を下げた。
「ルナさん、ありがとうございました。あなたにはまた助けられてしまいましたね」
「聖獣様、深く感謝申し上げます」
ルークも同じように礼を言うと、ルナは「にゃ~」と暢気な声で返事をした。そこへ村の長老が悠真に近づいてきた。
「白石さん、あなたは本当に不思議な方ですね。聖獣様があなたに仕えるとは……私たちにとって、これは大きな祝福です」
悠真は照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、ルナは仕えてるわけじゃなくて、ただの……」
言いかけて、悠真は言葉を切った。ルナの真の姿を見た今、彼女が「ただのペット」ではないことは明らかだった。それでも、彼らの関係は変わらない。
「……友達ですよ」
その言葉に、ルナが嬉しそうに「ニャー」と鳴いた。
村人たちは、魔獣の脅威から守ってくれたルナと月に感謝の祈りを捧げ始めた。再び宴が始まり、今度は「月の聖獣の降臨」を祝う踊りも加わった。
夜が更けていく中、悠真はルナを抱きながら、月を見上げた。
「お前、すごい秘密を持ってたんだな」
ルナは「ニャ」と小さく鳴き、悠真の手の中で丸くなった。
広場では村人たちの祝いの歌と踊りが続き、ステラとルミも月明かりの下で楽しそうに跳ね回っている。
そんな彼らを、夜空に輝く満月が優しく見守っていた。




