第88話 新たな薬の調合への挑戦
朝露に濡れた草が風に揺れる静かな朝、牧場には既に活気が溢れていた。薬草師見習いのミリアムは、早朝から広がる薬草畑で作業に勤しんでいた。
「うん、今日もたくさん収穫できそう!」
ミリアムは満足げに頷き、丁寧に薬草を摘んでいく。
「ミリアムさん、おはようございます」
振り返ると、リーフィアが微笑みながら立っていた。
「あ、リーフィアさん!おはようございます!リーフィアさんも薬草を取りに?」
「いえ、私は森の方に行ってきました。今日はこの薬草で、新しいお茶を試してみようと思ってるんです」
リーフィアは優雅に微笑み、小さな籠を差し出した。その中には、色とりどりの新鮮な薬草が丁寧に並べられていた。
「わぁ、素敵!私も一緒に作りたいな」
「ぜひ。リオンも朝食の準備をしていますから、一緒にどうぞ」
二人が談笑しながら家に向かっていると、空から銀色の影が舞い降りてきた。
「ウィンドちゃん!おはよう!」
ミリアムの呼びかけに応えるように、ペガサスは優雅に着地し、大きな翼を広げた。
「今日も元気だね。空のお散歩に行ってたの?」
ウィンドはふるふると首を振り、ミリアムに鼻先で触れた。その仕草に、彼女は小さく笑った。
「なでなでしてほしいの?はいはい、わかったわ」
ミリアムがウィンドの首筋を優しく撫でていると、小さな青い光が彼女の方に飛んできた。
「あら、ノアリスちゃん!おはよう!」
「ミリアム、おはよ~!薬草集めてるの?」
小さな妖精は興味津々の表情で、ミリアムの籠を覗き込んだ。
「うん!今日は特別なブレンドを考えてるの。アスターリーズで古い薬草書を見つけたから、そこから何か作れないかなって」
「へぇ~、それは楽しみだね!」
ノアリスは嬉しそうに飛び跳ねながら、ミリアムの肩に舞い降りた。
――――――
朝食後、ミリアムは牧場の奥にある小さな作業小屋で調合を始めた。窓から差し込む柔らかな光が、様々な器具や瓶を照らしている。
「さて、どんな薬を作ろうかな……」
彼女は考え込みながら、棚から数種類の薬草を取り出した。古い薬草書を開き、そのページを真剣な表情で読み進める。
「これは?……うーん、試したいけど材料が……」
思案に暮れるミリアムの背後から、突然「コン!」という鳴き声が聞こえた。振り返ると、そこには赤い毛並みと三本の尾を持つフレアが立っていた。
「あら、フレアちゃん。どうしたの?」
フレアは尾を優雅に振りながら、ミリアムの足元に寄り添った。その赤い毛並みは陽の光を受けて、まるで炎のように揺らめいている。
「何か手伝ってくれるの?」
ミリアムが笑いかけると、フレアは口に何かをくわえていることに気づいた。
「それは……ブルーラベンダー?」
フレアが差し出したのは、通常の紫色ではなく、淡い青みがかったラベンダーだった。ミリアムはそれを受け取り、香りを確かめる。
「良い香り。これはどこで見つけたの?」
フレアは「コン!」と鳴き、小屋の外を指し示した。
「案内してくれるの?ありがとう!」
ミリアムはフレアについて小屋を出た。彼らが向かったのは、牧場の東側にある小さな丘だった。
「ブルーラベンダーがこんなに生えているなんて珍しい。何かあったのかしら?」
興奮気味にミリアムが観察していると、丘の上から別の声が聞こえてきた。
「ミリアムじゃないか、こんなところでどうしたんだ?」
振り返ると、そこには黒髪をなびかせた悠真が立っていた。
「悠真さん!このラベンダー、特別なんです!ブルーラベンダーって言って、普通のラベンダーより鎮静効果が高いと言われているんですよ!でも、この辺りで見たのは初めてです」
「へぇ、そうなのか。最近、この辺の地形を少し調整してたんだけど、その影響かもな」
「なるほど!環境の変化でちょうど良い土壌ができたのかもしれませんね!」
ミリアムは納得したように頷いて、早速数本のブルーラベンダーを摘み始めた。
「それで何か作るのか?」
「はい!実は、古い薬草書に、『夢見の露』という薬のレシピがあったんです。不眠症に効く特別な薬なんですが、材料のひとつに『青き安らぎの花』というのがあって……もしかしたらこれがそうかなって」
悠真は感心したように頷いた。
「なるほど。それは良かったな。必要なものがあれば言ってくれよ」
「ありがとうございます!あっ、そういえば……」
ミリアムは少し考え込むような表情をした。
「この薬を完成させるには、あと『月の雫』というものが必要なんです。でも、これが何なのか分からなくて……」
「月の雫……か」
悠真も考え込む。その時、彼らの横をテラが通りかかった。小さなカーバンクルは「ミュウ」と鳴き、二人の会話に興味を示しているようだった。
「ん?テラ、何かわかるのか?」
悠真がテラに尋ねると、緑色の小さな生き物は嬉しそうに飛び跳ねた。そして、牧場の方角を指し示す。
「案内してくれるのか?よし、行ってみよう」
――――――
テラに導かれ、彼らは牧場の水場に辿り着いた。そこでは、セリーナがリーフィアと何かを話しており、ルミとステラがその周りで遊んでいた。
「あら、みなさん。こんにちは」
「悠真さん、ミリアムさん、何か御用ですか?」
セリーナは優雅に挨拶した。リーフィアも悠真達に気づいてそう聞いてきた。
「セリーナさん、こんにちは!実は、『月の雫』というものを探しているんですけど、何か御存じないですか?」
ミリアムが尋ねると、リーフィアが少し驚いた表情を見せた。
「月の雫?それなら、満月の夜に、ルナ・フローレという特別な花から滴る露のことですよ。ちょうどこの前、月影村に戻った時に頂いたものがありますから、良ければ差し上げます」
「ほんとですか?ありがとうございます!」
リーフィアは部屋に戻ると、自室から小瓶に入った月の雫を取ってきてミリアムに渡した。
「よし!これで『夢見の露』を作れる!」
ミリアムは喜びに満ち溢れた表情で言った。そのとき、アクアが近づいてきて、彼女の足元で「チチチ」と鳴いた。
「アクア?どうしたの?」
水晶リスは尻尾を軽く振り、その先から小さな水の結晶を作り出すと、それをミリアムの手に乗せた。
「水の結晶?もしかしてこれも使えってこと?」
アクアは嬉しそうに「チュ!」と鳴き、尻尾を振った。
ミリアムの手の中で、月の雫と水の結晶は不思議と調和しているように見えた。
「不思議……確かにこの二つは相性が良さそう。せっかくアクアがくれたものだし、少し試してみようかな。アクア、ありがとうね」
――――――
数日後、ミリアムは彼女の師であるローザの元を訪れ、完成した『夢見の露』を見せると、ローザは驚きの表情を見せた。
「本当に『夢見の露』を調合できたの?でも、私が知っているものとは少し色が違う様な……」
「牧場のアクアちゃんに水の結晶を貰って、相性が良さそうだったから少し加えてみたの」
「そう。それで色が違うのね……でも、『夢見の露』の効能はしっかりある。いえ、むしろ高まっているかもしれないわね。素晴らしいわ、ミリアムよくやったわね」
ローザは感心したようにそう言って、ミリアムのことを褒めた。
「本当ですか?!」
「ええ。この薬のおかげで、村長の眠れぬ夜も癒されるでしょう」
ミリアムの胸に、温かな喜びが広がった。彼女の夢は、バストリア王国で最高の薬草師になること。この『夢見の露』は、その夢への大きな一歩となるだろう。
「よし!もっと良い薬を作れるよう、これからも頑張ろう!」
彼女は新たな決意と共に、次なる挑戦へと歩み出すのだった。




