第80話 神殿の地下に眠るもの
夏の風が牧場を優しく撫でる午後、悠真は納屋の前で新しい食卓用のテーブルを拭いていた。シーブリーズとの交流が始まってから、食事の時間がより豊かになった。
「今日の夕食も楽しみだなぁ」
リオンが納屋から出てきて、テーブルの反対側に立つ。手には先ほど届いたばかりの新鮮な魚が詰まった箱を持っている。
「ああ。シーブリーズの魚は本当に新鮮でいいな」
悠真が答えると、シャドウとミストが小屋から飛び出してきて、リオンの足元でくるくると回り始めた。魚の匂いを嗅ぎつけたのだろう。
「はいはい、わかってるよ。君たちの分もあるからね」
リオンが二匹の子熊に微笑みかける。その様子を見守りながら、悠真はシーブリーズとの交流が始まってからの変化を思い返していた。新鮮な魚介類が食卓に並ぶようになり、牧場の動物たちも喜んでいる。レインは特に魚が気に入ったようで、水場から出てきては食事の時間を今か今かと待つようになった。
「悠真さん、リーフィアさんがハーブティーを入れましたよ」
ミリアムが家から出てきて、木製のトレイに載せた茶器を持ってくる。彼女はちょうど薬草採集の帰りに立ち寄ったところだった。
「ありがとう、ミリアム」
三人がテーブルを囲んで腰を下ろし、ハーブティーを飲みながらしばらく談笑していると、神殿の方からエイドとミルフィが戻ってきた。
「エイドさん、ミルフィさん、いつもより早いですけど、今日はもうお帰りですか?」
ミリアムが立ち上がって二人を出迎える。
「いえ、実は神殿の調査でまた少しテラ君の力を借りたいと思って」
エイドが少し照れたように笑う。ミルフィは両手を腰に当て、小さな体で威厳を漂わせながら言った。
「わっちらが発掘していた神殿の一角にの、さらに地下へ続く通路らしきものを発見したのじゃ。だが、長い年月で土砂に埋もれてしまっていての……」
「なるほど。掘り出さないと調査ができない、と」
悠真は納得して頷いた。
「白石さん、お願いできますか?」
「ああ、もちろん。テラを呼んでくるよ」
悠真が立ち上がると、すでに緑色の小さな体が納屋の陰から飛び出してきた。エメラルドグリーンの体色に、赤い宝石のような額の石が輝いている。
「ミュー!」
テラは嬉しそうに鳴きながら、悠真の足元に駆け寄った。どうやら会話を聞いていたらしい。
「どうやら、話を全部聞いてたみたいだな」
悠真が笑いながら言うと、テラは誇らしげに胸を張った。
「じゃあ、行こうか。リオン、ミリアム、留守の間よろしく頼むよ」
「はい、任せてください!」
リオンが元気よく応えた。ミリアムも「気をつけて行ってらっしゃい」と見送る。
――――――
神殿までの道のりは、森を抜け、小さな丘を越える程度で、それほど遠くなかった。木々の間から古代の石造りの建物が姿を現した時、エイドの目が輝いた。
「ここでの発掘調査はもう三ヶ月になりますが、まだまだ発見があって興奮します!」
「この神殿、建てられたのはいつ頃なんですか?」
悠真がミルフィに尋ねると、小さなホビット族の研究員は思案するような口調で答えた。
「正確な年代はまだ特定できていないのじゃが、少なくとも千年以上前。魔王グレイヴァスが最初に封印された時代より前のものかもしれんの」
神殿の中に入ると、以前テラが掘り出した広間が現れた。高い天井と円柱が並ぶ堂々とした空間だ。その先、奥の部屋に続く階段の横に、新たに掘り出された通路があった。
「ここです」
エイドが指さす先には、階段のようなものが土砂に埋もれていた。わずかに見える部分から、どうやら下へと続いているようだ。
「テラ、お願いできるか?」
悠真がテラを見ると、カーバンクルは「ミュー!」と力強く鳴き、前足で地面を叩いた。そして一気に土を掘り始める。小さな体とは思えない速さと効率の良さで、みるみるうちに階段が姿を現していく。
「さすがテラ君!」
エイドが感嘆の声を上げる。テラは手を止めることなく、階段を降りながら掘り進めていった。三人もそれに続く。
階段を降りきると、そこは円形の広い空間だった。床には奇妙な模様が刻まれ、壁には古代文字と絵が描かれている。
「これは……儀式場のようですね」
エイドが小声で言った。彼は懐中魔法灯を取り出し、周囲を照らす。
テラはすでに掘り終え、胸を張って「ミュー!」と誇らしげに鳴いていた。
「ありがとう、テラ。本当に助かったよ」
悠真が頭を撫でると、テラは嬉しそうに体を震わせた。
一同が空間を見回していると、エイドが突然足を止めた。
「あれは……」
儀式場の中心に、奇妙な物体があった。それは柔らかな光を放つ、羽衣のような繊維でできた繭のような形だった。
「凄い、実に興味深いです……」
エイドは早速調査道具を取り出し、繭に近づこうとした。
「待つのじゃ!」
ミルフィが急いで彼の腕を掴む。
「こういう場所では、迂闊に何かに触れると危険なものがあるかもしれぬ。まずは観察から始めるべきじゃろう」
その言葉に頷いたエイドが一歩下がった瞬間、不思議なことが起きた。繭が、かすかに揺れ動いたのだ。
「え?」
悠真たちは驚き、思わず後ずさった。
「まさか……中に何かいるのでは?」
エイドが声を潜めて言う。そして再び繭が揺れ、今度は表面にビリリと亀裂が入った。
「嘘だろ……これ、生きてるのか?」
悠真の問いかけに答えるように、繭はさらに大きく揺れ、ついにパカッと開いた。そして、中から現れたのは——
「鳥?」
炎のように真っ赤な小さな鳥が、パタパタと翼を羽ばたかせながら姿を現した。その羽毛は暗闇の中でさえ、内側から輝くように赤く光っている。
「見たことがない生物ですね……」
エイドは目を輝かせて観察する。小鳥も彼らに気づき、首を傾げて不思議そうに見つめ返してきた。警戒している様子にも見える。
そこへテラがとてとてと近づき、「ミュウミュウ」と鳴いた。まるで話しかけているようだ。
小鳥は最初、身構えていたが、テラの姿を見ると警戒を解いたようで、「フィー」と美しい声で返した。
「テラと会話してるみたいだな」
悠真が感心していると、小鳥は突然空へ舞い上がり、グルっと一回りして彼らの頭上を飛んだ後、まっすぐ悠真に向かって飛んできた。そして——
「おっと」
悠真の肩にチョンと着地した。少し驚いた悠真だったが、不思議とその体から熱さは感じず、程よい暖かさが伝わってきた。
「お主、気に入られたようじゃの」
ミルフィが笑いながらそう言った。エイドはすかさずスケッチブックを取り出し、小鳥の姿を描き始めた。
「テラ君のおかげで、私たちが敵じゃないと分かってくれたのかもしれませんね」
「そうみたいだな。さて……」
悠真は肩の小鳥を見上げた。小鳥は彼を見下ろし、黒い瞳がキラリと輝いた。
「一旦調査は保留にして、牧場に戻りませんか?この子のことも、もう少し調べる必要がありそうですし」
その言葉にエイドとミルフィも同意し、彼らは来た道を引き返した。小鳥は終始悠真の肩に留まったまま、時折「フィー」と鳴いていた。
――――――
牧場に戻ると、リーフィアがちょうど夕食の準備をしていた。彼女は悠真の肩に乗った小鳥を見て、優しく微笑んだ。
「あら、新しいお友達ですか?」
「ああ、神殿で見つけたんだ。正確には……」
説明が終わらないうちに、黒い影が空から降りてきた。トレジャーだ。カラスは悠真の肩に乗った見知らぬ鳥を見るなり、「カァッ!」と鳴いて反対側の肩に着地した。
「おいおい、喧嘩はしないでくれよ」
悠真が宥めると、トレジャーはまるで言い返すように「カァ」と短く鳴き、赤い小鳥を睨んだ。小鳥も負けじと「フィー!」と返す。
その様子を見たリーフィアとリオンはクスクスと笑い出した。
「悠真さん、大人気ですね」
リーフィアがからかうように言う。
「勘弁してくれよ」
悠真は肩の二羽を見上げながら苦笑した。
「神殿で見つけたら、ついてきちゃったんだ」
「その様子だと、この子も牧場に住み着きそうですね」
リーフィアが言うと、小鳥は返事をするように「フィー」と鳴いた。
「名前は決めたんですか?」
リオンが興味深そうに尋ねる。悠真は少し考え込んだ。炎のように赤い羽……
「ヒエンでどうだ?」
小鳥は名前を呼ばれると、嬉しそうに「フィーフィー」と鳴き、翼をパタパタさせた。
「気に入ったみたいですね」
リオンが笑顔で言った。トレジャーも「カァ」と鳴いて、しぶしぶな様子ながらも歓迎の意を示した。
「さぁ、夕食の準備ができましたよ」
リーフィアが呼びかける。テーブルには、シーブリーズから届いた魚を使った料理が並んでいた。焼き魚、魚のスープ、海藻のサラダ……どれも美味しそうな香りを放っている。
エイドとミルフィも招かれ、皆でテーブルを囲んだ。ヒエンも食卓の片隅に置かれた小皿から、魚の切り身をつついている。
「こんなに新鮮な魚料理が食べられるとは思いませんでした。本当に素晴らしいです!」
エイドが頬を緩めながら言った。
「シーブリーズの人たちと交流を始めて良かったよ」
悠真も満足げに頷く。牧場の動物たちも思い思いの場所で食事を楽しんでいる。シャドウとミストは魚の切り身を丁寧に食べ、レインは水場から頭を出して特大の魚を丸ごと平らげていた。
夕食後、エイドとミルフィは帰り支度を始めた。
「今日はテラ君に大変お世話になりました。また何か発見があったら、ぜひご協力をお願いしたいのですが……」
「もちろん。いつでも言ってくれ」
悠真が快諾すると、エイドは安心した様子で頷いた。
「それと、この赤い鳥についても調べてみます。図書館にある古文書に何か手がかりがあるかもしれません」
「あぁ、よろしく。何か分かったら教えて下さい」
二人を見送った後、悠真は夕暮れの牧場を見渡した。ランプの明かりが家から漏れ、暖かな光が芝生を照らしている。ベルが柵の近くで眠りにつき始め、アズールたちはボールで遊んでいる。平和な光景だ。
肩には相変わらずヒエンが止まっている。トレジャーは納屋の屋根に移動し、そこから二人を見守っていた。
「新しい仲間……か。ここは本当に良い子たちに恵まれているよな」
悠真がそう呟くと、ヒエンは「フィー」と優しく鳴いた。この牧場にまた一つ、新しい命が加わったのだった。




