第78話 アリシア王女の生物園、思いが繋がる場所
朝露が輝く牧場で、悠真は納屋の前に置かれた木箱を最後の一つまで荷車に積み込んだ。額の汗を拭いながら満足げに荷台を見渡す。
「これで今日の出荷分は全部だな」
横では、リオンが出荷リストを丁寧に確認している。彼の耳先がピクリと動く様子に、集中している様子が窺えた。
「悠真さん、リストと個数、全て合っています!」
リオンが満足げに報告すると、ドミニクの手配した定期便の御者が手を振りながら荷車に近づいてきた。
「おはようございます、白石さん!今日もたくさんですね」
「ああ、よろしく頼む」
悠真が軽く会釈すると、御者は手際よく荷物を確認し、出発の準備を始めた。リオンが荷物の最終確認を手伝う間、悠真は牧場の方を振り返った。動物たちはそれぞれの場所で朝の光を浴びている。ベルは草地でのんびりと草を食み、その近くではシャドウとミストが追いかけっこをしていた。
「これで、午前中にやるべきことは片付いたな」
悠真がつぶやくと、牧場の入り口からミリアムの元気な声が聞こえてきた。
「悠真さーん!おはようございます!今日はアリシア様の生物園、楽しみですね!」
ミリアムは明るい笑顔で手を振りながら近づいてきた。その背中には小さなリュックを背負い、手には水筒を持っている。今日の遠出への期待に胸を弾ませている様子だった。
「ああ、おはよう。準備はできてるみたいだな」
「はい!昨日からワクワクして、あまり眠れませんでした」
彼女の無邪気な笑顔に、悠真も自然と口元を緩めた。
数日前、悠真たちのところに手紙が届いた。それはアリシア王女からのもので、良ければ一度、生物園を見に来てほしいという内容の招待状だった。
二人がそんな話をしていると、リーフィアが朝食を運んできた。
「皆さん、出発前に何か食べていきませんか?」
リーフィアの手には、焼きたてのパンと自家製のジャム、温かい牛乳が乗ったトレイがあった。
「ああ、助かるよ。ありがとう」
四人は納屋の前に置かれた木製のテーブルに腰を下ろし、朝食を囲んだ。
「リーフィアさん、本当に一緒に来ないんですか?」
ミリアムが心配そうに尋ねると、リーフィアは静かに首を振った。
「えぇ。今日はエイドさんとミルフィさんが資料整理のために来られるそうですし、何かあった時の為に、一人は残っていたほうが良いでしょうから」
「任せちゃって悪いな。今度行くときは俺が変わるから」
悠真がリーフィアに約束すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「楽しみにしています。どうか良い一日を」
朝食を終え、三人が出発の準備をしていると、リオンが急に思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ!悠真さん、魔像結晶は持っていきますか?」
「ああ、確かに。アリシア様に牧場の様子も見せられるしな」
悠真が頷くと、リオンは急いで家に取りに走っていった。
――――――
アスターリーズへの街道は、春の日差しに照らされて気持ちよく、三人の旅は順調に進んだ。馬車の窓から見える景色は、どこまでも広がる平原と、遠くにそびえる山々。やがて、地平線上に街の輪郭が見え始めた。
「あっ!見えてきましたよ!」
ミリアムが興奮した様子で窓から身を乗り出す。悠真もつられて外を見ると、城壁に囲まれたアスターリーズの姿が徐々に大きくなっていた。
「本当に大きな町ですよね。僕の村の何倍もありそうです」
リオンが感慨深げに言うと、悠真は柔らかく微笑んだ。
「確かにな。でも、月影村も良い所だよ。一概に比べるものじゃないさ」
馬車は城壁の大きな門をくぐり、石畳の道を進んでいく。通りには様々な店が並び、多くの人々が行き交っていた。屋台から漂う美味しそうな匂い、色とりどりの商品を並べた店先、どこを見ても活気に満ちている。
「着きましたよ、白石さん。王宮はここから北の方角です」
御者が振り返って告げると、三人は馬車から降り立った。
「ありがとうございました。さて、それじゃ行こうか」
悠真が二人にそう言って王宮へ向かおうとした時、突然リオンが指差した。
「悠真さん、あそこに王家の紋章が描かれた馬車が!」
見ると確かに、優雅な装飾が施された白い馬車が彼らの方へ近づいてきている。馬車が止まると、窓から顔を覗かせたのはアリシア王女だった。
「白石さん、お越しいただけて嬉しいです」
「アリシア様、わざわざ迎えに来てくださったんですか?」
悠真が驚いた表情で問うと、アリシアは優しく微笑んだ。
「はい。せっかくの機会ですから、直接ご案内したいと思いまして」
三人が馬車に乗り込むと馬車は石畳の道を進み、やがて壮大な王宮の正門に到着した。
――――――
「こちらが私の生物園です」
アリシアが案内する広大な庭園に、三人は息を呑んだ。入り口には「バストリア生物園」と美しい文字で書かれた木製の看板が立っている。その周囲には色とりどりの花が咲き誇り、蝶々が舞っていた。
「まずは中央広場から見ていきましょう」
アリシアに導かれるまま、彼らは木々が間からこぼれる木漏れ日の中を歩いていく。やがて開けた場所に出ると、そこには小さな池があり、様々な色の魚が泳いでいた。
「わぁ、きれい!」
ミリアムが池に駆け寄ると、水面から顔を出した青と紫の混ざった魚が彼女を見上げた。
「これはルナフィッシュと言って、月の光を浴びると体色が変わる魚です。夜にはもっと美しい姿になるんですよ」
アリシアの説明に、三人は魅了された表情で耳を傾けている。
「それと、この見学路は白石さんの牧場の見学路を参考にさせていただきました」
「え?俺の?」
「はい。あの自然な配置と、動物たちが自分らしく過ごせる空間づくり。とても勉強になりました」
言われて見てみると、確かに道のつくりや周囲の環境などに、似たような印象を受ける部分もあった。彼らは園内を歩き続け、次々と珍しい生き物たちと出会っていく。
「こちらは砂地の区画です。砂漠に住む生き物たちがいます」
広がる砂地には、悠真の牧場では見たことのない生き物がいた。角が三本ある小さなトカゲが砂の上を滑るように移動している。
「これはトライホーンと言って、砂の中に隠れて獲物を待ち伏せするんですよ」
リオンは目を輝かせて観察し、ミリアムはスケッチブックに熱心に絵を描いていた。悠真も魔像結晶を取り出し、珍しい生き物たちの姿を記録していく。
「皆さん、そろそろお腹が空いたでしょう?こちらで軽食を用意しています」
アリシアが案内したのは、生物園の中にある小さな東屋だった。テーブルの上には果物や軽食、飲み物が並べられている。
「わあ、こんなにたくさん!いただきます!」
ミリアムが率先して席に着くと、他の二人も続いた。四人は園内で見た生き物たちについて話しながら、楽しい時間を過ごした。
――――――
生物園の見学も終わりに近づき、最後に広場へと戻ってきた。
「どうでしたか?感想を聞かせていただけると嬉しいです」
アリシアが尋ねると、三人はそれぞれに答えた。
「とても素晴らしかったです!できれば夜のルナフィッシュも見てみたかったです……」
ミリアムは楽し気ながらもそれが少し心残りだというように答えた。
「僕は砂漠区画のトライホーンに驚きました。アリシア様、彼らのことをもっと教えていただけませんか?」
リオンの質問に、アリシアは喜んで詳しく説明を始めた。
「悠真さんはどうでしたか?」
「そうですね……この場所の生物達は、みんなが生き生きしている様子でした。きっと、アリシア様の思いと誠意が、伝わっているんでしょう」
悠真の感想に、アリシアは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「そう言っていただけて、本当に嬉しいです。これからもっと多くの人に、生き物たちの素晴らしさを知ってもらいたいと思っています」
名残惜しい気持ちを抱えながらも、日が傾き始めた頃、三人は王宮を後にした。アリシアは正門まで見送ってくれ、また来てほしいと笑顔で手を振った。
馬車の中で、ミリアムが今日のことを思い返しながら言った。
「本当に素敵な日でした。アリシア様の生物園……いつか私も、あんな風にみんなに薬草の素晴らしさを伝えられる場所を作りたいです」
「叶うといいな。俺も応援するよ」
悠真の言葉に、ミリアムは嬉しそうに頷いた。
――――――
牧場に戻ると、リーフィアが温かい笑顔で迎えてくれた。
「お帰りなさい。楽しい時間を過ごせましたか?」
「うん、とても良かったよ。アリシア様の生物園、本当に素晴らしかった」
夕食の席では、三人が順番に今日見てきたことをリーフィアに話して聞かせた。テーブルの周りには牧場の動物たちも集まり、特にルナはミリアムの膝の上で丸くなりながら、話に耳を傾けているようだった。
「リーフィアさんも、次はぜひ一緒に行きましょうね」
ミリアムの提案に、リーフィアは優しく微笑んだ。
「はい、とても楽しみです」
食卓を囲む笑顔の輪の中、悠真は静かに満足感に浸っていた。アリシアの生物園で見た光景と、自分の牧場。別々の場所でありながら、生き物たちへの思いは繋がっている。そんな温かい考えに包まれながら、悠真は牧場の窓から見える満天の星空を見上げた。




