第74話 ミリアムと温泉好きな先客
冬の深まりとともに、牧場の外は本格的な寒さに包まれていた。
その日、悠真は納屋の掃除をしていた。冬場は外での作業が減るため、屋内の整理整頓に時間を割くことが多くなる。
彼女は薄い緑色のワンピースに防寒用の厚手の茶色のケープを羽織っている。
「おはようございます、悠真さん!今日も薬草採りに来ました!」
そこへ薄い緑色のワンピースに防寒用の厚手の茶色のケープを羽織ったミリアムが挨拶してやってきた。頬は冷たい外気で少し赤く染まっている。
「おはよう。今日はどんな薬草を探すんだ?」
悠真が尋ねると、ミリアムは小さなノートを取り出した。
「冬になると咲く『フロストブルーム』という青い花を探しているんです。風邪の特効薬になるんですよ!」
彼女の目は好奇心と冒険心に満ちていた。
「寒くなってきたけど大丈夫か?今日は特に冷え込みそうだぞ」
悠真は空を見上げた。灰色の雲が低く垂れ込め、雪がちらつき始めていた。
「大丈夫です!この服は特別な防寒加工がしてあるんですよ」
ミリアムは自信満々に言った。リーフィアが家から出てきて、彼らに気づいた。
「あら、ミリアムさん。おはようございます」
「リーフィアさん、おはようございます!ちょっと森に行ってきますね」
リーフィアは少し心配そうな顔をした。
「お気をつけて。冬の森は足元が滑りやすいですから」
「はい、大丈夫です!すぐに戻ってきますね!」
ミリアムは元気よく手を振ると、牧場の裏手にある森へと小走りに向かっていった。
――――――
それから約一時間が経った頃、急に風が強くなり始めた。窓の外では雪が激しく舞い始め、視界が悪くなっていく。
「嵐になるかもしれませんね」
リーフィアが窓の外を心配そうに見ながら言った。
「ミリアムはまだ戻ってこないのか?」
悠真がそう言って森の方をみたちょうどその時、森の方からミリアムが戻ってきた。しかし、彼女はいつもの元気な足取りではなく、よろよろと歩いてくる。髪も服も雪で濡れ、どうやら転んだらしく、全身が雪まみれになっていた。
「ミリアム?!大丈夫か!」
悠真は急いで彼女に駆け寄った。近づくと、ミリアムの頬には涙の跡があり、肩には小さな引っ掻き傷が見えた。
「うぅ、悠真さん……急に雪が強くなってきたから、帰り道を急いでいたら、見えなかった木の根に足を取られて……思いっきり雪の中に倒れ込んじゃいました」
ミリアムは震える声で言った。リーフィアは心配そうにミリアムの状態を確認する。
悠真はそれを見て眉を寄せた。これでは風邪を引くどころか、凍傷になる危険もある。
「リオン、サクラを連れてきてくれないか?」
リオンは急いで納屋へと駆け出した。すぐに桜色の羊のサクラを連れて戻ってきた。サクラはミリアムの状態を見ると、心配そうに「メェー」と鳴き、彼女の傷に近づいた。
桜色の光が傷を包み込むと、あっという間に擦り傷が消え、足首の腫れも引いていく。
「ありがとう、サクラちゃん」
ミリアムが頭を撫でると、サクラは嬉しそうに「メェー」と鳴いた。
「早く温泉に入ったほうがいいな。体を温めないと風邪をひくかもしれない」
「そうですね、温泉でゆっくり温まりましょう。着替えも用意しますね」
リーフィアもミリアムの背中に手を当てながら同意した。
ミリアムは感謝の笑顔を見せた。それでも、まだ少し涙目で、髪からは水が垂れている。
「ごめんなさい……せっかくの薬草も取れなかったし、迷惑をかけてしまって……」
「そんなこと気にするな。ミリアムが無事でよかったよ」
悠真は優しく微笑んだ。
「そうですよ。薬草は次の機会でも構いません。まずは温まりましょう」
リーフィアがミリアムの肩に毛布をかけ、女湯へと案内した。
「うん。ありがとう」
ミリアムは小さく頷き、更衣室へと向かった。その足取りはまだ少し不安定だったが、サクラの治癒魔法のおかげで、少なくとも痛みは和らいでいるようだった。
――――――
しばらくすると、女湯からミリアムの「きゃっ!」という驚いた声が聞こえてきた。
悠真とリオンは顔を見合わせた。
「今度は何があったんだろう?」
リオンが心配そうに言う。二人が温泉小屋の入り口まで向かう。
「大丈夫か?何かあったのか?」
悠真がミリアムに問いかけると、囲いの向こうから声が返ってきた。
「あっ、ごめんなさい。あの、女湯にユキザルがいたんです。それでちょっとびっくりしちゃって」
「ユキザル?」
聞いたことのない名前に、悠真は首を傾げた。
「はい、冬になると山から降りてくる白い猿です。寒さに強いけど、たまに温泉に入るのが好きなことで知られています」
「なるほど。危険はないのか?」
「大丈夫ですよ。人を襲ったりしない穏やかな性格ですから」
一緒に入っていたリーフィアが、安心させるように答えた。
「そうか。なら良かった。ゆっくり浸かってちゃんと温まって来いよ」
「は~い!」
悠真の言葉に、調子を取り戻したミリアムが元気な声で答えた。
――――――
それから一時間ほどして、すっかり体が温まったミリアムが戻ってきた。だが、彼女は一人ではなかった。肩には真っ白な毛並みのサルが乗っていた。
「この子が、さっきのユキザルさんです!」
ミリアムは嬉しそうに紹介した。ユキザルは周囲を警戒することなく、ミリアムの肩に座っている。その姿は雪のように白く、目はきらきらと好奇心に満ちていた。
「ふふっ。でも、寒さに強いユキザルが温泉に入るのは珍しいですね?」
リーフィアが不思議そうに尋ねた。
「きっと牧場の温泉が気持ちよさそうだったんだよね?」
ミリアムがユキザルの頭を優しく撫でると、「ウキッ」と嬉しそうな返事が返ってきた。
「連れてきたのはいいけど、その子どうするんだ?」
悠真が尋ねると、ミリアムは少し困ったような表情を浮かべた。
「一緒に入ってたら、何か懐かれちゃったので連れてきたんですけど……」
彼女は言いながらユキザルを床に下ろしてみた。しかし、ユキザルはミリアムから離れたくないようで、すぐにするするとミリアムの足を登り始めた。
「こんな感じなの」
ミリアムは苦笑いしながら、再び肩に乗ったユキザルを抱き上げる。
「随分気に入られたみたいだな」
悠真は微笑みながらユキザルを観察した。真っ白な毛並みは清潔感があり、目は賢そうに輝いている。
「流石に連れて帰るわけにはいかないんだけどなぁ……」
ミリアムが困ったように言う。それを見ていた悠真はふと思いついて、ユキザルの目をまっすぐ見つめた。
「おまえ、またミリアムに会いたいならここに住むか?」
ユキザルは悠真とミリアムを交互に見て、首を傾げた。そして少し考えるようにして——
「ウキッ!」
力強く鳴いて、頷くような仕草をした。
「わあ!本当に言葉を理解しているみたいですね!」
ミリアムは驚きと喜びで目を丸くした。
「じゃあ、名前をつけてあげないと」
「そうだな。ミリアム、何かいい名前はあるか?」
悠真に聞かれ、ミリアムは少し考えた。
「うーん、真っ白で……雪の妖精みたいだから、『ユキ』はどうかな?」
「シンプルだけど、良いんじゃないか」
悠真も頷く。「ユキ」という名前にユキザルも「ウキッ、ウキッ」と嬉しそうに鳴いた。
「ようこそ、ユキ。これからよろしくな」
悠真が手を差し出すと、ユキは小さな手で握手をした。その仕草があまりにも人間らしく、みんな思わず笑顔になった。
――――――
その夜、みんなで暖炉を囲んで夕食を楽しんでいた。テーブルの上には、リーフィアの作った温かいシチューとパン、ハーブティーが並んでいる。
「ユキは何を食べるんだろう?」
リオンが尋ねると、リーフィアは「果物が好きなはずですよ」と言って、りんごを切り分け始めた。
「本当に賢いね」
ミリアムは自分の前に置かれた果物を食べるユキを見て感心した。普通の野生のサルとは違い、その動作には確かな知性が感じられた。
夕食後、リオンはユキのための小さな寝床を作った。柔らかい布と枕を使い、温かく快適そうだ。しかし、ユキは自分の寝床よりもミリアムの近くにいたがった。
「今日だけだよ?明日は帰らなくちゃいけないんだから」
ミリアムは笑いながらユキを抱き上げた。その言葉にユキは少し寂しそうな顔をしたが、すぐに「ウキッ」と元気に鳴いた。
――――――
翌朝には天候も回復し、ミリアムが帰る時間になった。ユキはミリアムの足元でじっと見つめている。
「ユキ、またね」
ミリアムが別れの挨拶をすると、ユキは「ウキウキ」と鳴きながら小さく手を振った。そして彼女の姿が見えなくなると、ユキはくるりと向きを変え、新しい仲間たちの待つ牧場へと小走りに戻ってきた。
「牧場のみんなとも仲良くなれるといいね」
「きっとすぐに馴染むでしょう」
リーフィアもユキの頭を優しく撫でた。悠真も微笑みながら言った。
「これからよろしくな、ユキ」
悠真の言葉に、ユキは「ウキッ!」と元気に返事をした。




