第71話 神殿に眠る古の剣
ある日の午後、悠真は納屋の掃除を終えて少し休憩しようと、庭のテラスへ向かっていた。すると、牧場の東側から土を掘り返すような音が聞こえてきた。何だろうと思い様子を見に行くと、テラが一生懸命に地面を掘っている姿が見えた。
「テラか、また何か面白いものでも見つけたのか?」
悠真はそう言いながらそちらに歩み寄った。テラはよく遊びで地面を掘ることがあるので、人の迷惑にならない場所であれば好きにさせていた。しかし今日は、いつもより熱心に深く掘っているように見える。
「ミュウ!」
テラは悠真に気づくと嬉しそうに鳴いて、さらに前足をせわしなく動かして掘り進めた。やはり、何か目的を持って掘っているように見える。
「随分と深いな……何があるんだ?」
悠真が近づいてみると、テラが掘った穴はかなり深くなっていた。そして驚いたことに、穴の底が突き抜けており、その下には広い空洞が広がっていた。
「こんなところに空洞があったのか……」
悠真は懐中魔法灯を取り出し、下を照らしてみた。単なる空洞ではなく、どうやら奥に続いているようだ。
「テラ、もう少し広げて、人が降りられるような階段を作れないか?」
「ミュー!」
テラは喜んで返事をし、前足に力を込めて土を掘り始めた。ただの縦穴だったものを、ゆるやかな傾斜の階段状にしていく。小さなテラの体が忙しなく動き回る様子は、見ていて微笑ましい。
――――――
階段が完成したところで、悠真は一度家に戻り、リーフィアとリオンに状況を説明した。
「空洞?それは面白そうですね!」
「でも、危険ではないでしょうか?」
リオンは興味津々な様子だが、リーフィアは心配そうな表情を浮かべている。
「ああ、確かにな。だから、俺だけで様子を見てくる。牧場のことを頼めるか?」
「はい、お任せください。でも、気をつけてくださいね」
リーフィアは優しく微笑んだ。
「僕も行きたいです!」
リオンが熱心に言うが、悠真は首を振った。
「今回は俺一人で十分だ。無駄に危険に巻き込むわけにはいかないからな。安全が確認出来たらいつでも見に行けばいいさ」
リオンは少し残念そうな顔をしたが、すぐに理解を示した。
「分かりました。でも、何か見つけたら教えてくださいね!」
「ああ、約束するよ」
悠真は暖かく微笑み、ヘラクレスとフレアを呼んだ。牛の角から出る炎と火狐の能力があれば、暗い洞窟でも明かりに困ることはない。あとは、発見者でもあるテラを連れて洞窟へと向かった。
――――――
懐中魔法灯とヘラクレスの角の炎、フレアの尻尾の火を頼りに、悠真たちは地下の洞窟を進んでいった。空気は意外にも澄んでいて、呼吸に問題はない。壁には奇妙な模様が刻まれているが、読み解くことはできなかった。
「元は古い遺跡なのかもしれないな……」
悠真がつぶやくと、ヘラクレスは「モォー」と鳴き、前に進む道を照らした。フレアは赤い体を小刻みに動かしながら、周囲を警戒している。しかし、進んでいく中でモンスターなどの姿は見えなかった。
やがて、道は広い空間へと開けた。そこにあったのは、一部が土砂に埋もれた神殿のような建造物だった。
「こんなところに神殿が?」
悠真は驚きの声を上げた。白い石造りの柱が立ち並び、天井には星々の模様が描かれている。時間の経過で色褪せているが、かつての荘厳さを偲ばせる雰囲気がある。
「これは……何かのはずみで、元々あった出入り口が土砂で埋まってしまったのか?」
テラが「ミュウ」と鳴きながら、神殿の入り口付近を調べている。
「行ってみよう」
悠真は神殿の中に足を踏み入れた。内部はほとんど何も残っていなかったが、不思議と神聖な雰囲気が漂っている。奥には石でできた祭壇があり、そこに一本の剣が祀られるように置かれていた。
「これは……」
悠真は祭壇に近づいた。剣は時を経ても輝きを失わず、淡い青い光を放っている。柄には見たことのない文様が彫られ、刀身にも不思議な模様が刻まれていた。
「不用意に触るのは危険かもしれないけど……」
しかし、その場の雰囲気からは危険な気配は感じられなかった。悠真は慎重に剣に手を伸ばし、柄に触れた。すると、剣から淡い光が広がった。
「これは……?」
剣は予想外に軽く、武器に不慣れな悠真でも簡単に持ち上げることができた。一瞬、神殿内に何かが響いたような気がしたが、特に異変は起きなかった。
悠真は一応、神殿に向かって礼を捧げた。
「この剣、使わせていただきます」
慣れない作法ではあったが、心を込めて伝えた。
――――――
地上に戻った悠真は、剣をよく観察してみたが大したことは分からなかった。
「詳しく調べるなら、エイドさんに相談したほうが良さそうだな」
悠真はリーフィアとリオンに発見した神殿と剣について説明し、アスターリーズの町に向かうことにした。
翌日、悠真はエイド・ローレンスを訪ねた。研究室に入ると、エイドは古書を広げながら何かの記録をしていた。
「白石さん、こんにちは。今日はどうされたんですか?」
「ああ、エイドさん。実はこれを見てもらいたいんだ」
悠真は布に包んだ剣を取り出した。エイドは眼鏡を直しながら近づいてきた。
「これは?」
「牧場の地下で見つけた神殿に置かれていた剣なんだ。何か分かるかと思って」
悠真が布を解き、剣を見せると、エイドの目が大きく見開かれた。
「これは……どこかで見た様な……?」
エイドは慌てて本棚から古い書物を取り出し、ページをめくり始めた。
「白石さん、少し時間を頂けますか?これは非常に重要な発見かもしれません」
「構わないよ。何か分かったら教えてほしい」
悠真はエイドに剣を預け、牧場に戻った。
――――――
数日後、エイドが慌てた様子で牧場を訪れた。
「白石さん!大変です!」
悠真は納屋から出てきたところで、駆け寄ってくるエイドを見た。
「どうしたんだ?そんなに慌てて」
「あの剣、あの剣は……」
エイドは興奮のあまり言葉につまっている。深呼吸をして落ち着いてから、続けた。
「あの剣は、『ルミナスエルディア』だったんです。遥か昔に失われ、伝承にのみその名を残す古の剣なのです!」
「ルミナスエルディア?」
「はい!古い伝承によると、世界が大いなる危機に瀕したとき、英雄に更なる力を与えるとされています。そして、白石さんがこの剣を見つけたという事実は……」
エイドはそこまで言うと、一つ深呼吸をしてから話を続けた。
「その、状況的に王国にもこの発見は報告せざるを得ませんでした……。そして、これを預かってきました」
エイドは袋から公文書のような手紙を取り出した。
「王国から、ぜひ勇者たちのために献上してほしいという正式な要請です。今、魔王グレイヴァスとの戦いは膠着状態にあり、この剣が勇者たちの力になるかもしれないという話で……」
悠真は手紙を受け取り、ざっと目を通した。確かに王家の印章が押されている。
「そうか……確かにこの剣は、彼らの方が相応しいだろうな。俺のような一般人では使いこなせないし」
悠真は神殿から持ち帰りはしたものの、あまり自分が扱えるとは思っていなかった。せっかくの発見が彼らの役に立つのであれば、それでよいと思った。
「その、私が言うのもなんですが、本当にいいのですか?これは大発見ですよ、白石さん」
「ああ、構わないよ。その方が世界の為にもなるだろうしな」
そう言ってエイドに剣を渡した。エイドは安堵の表情を浮かべながら、剣を受け取った。
「ありがとうございます!国王陛下もお喜びになるでしょう。何か要望があれば、王国に伝えますが……」
「……特にないな。ただ、確実に勇者たちのもとに届けてくれるようにだけお願いしたい」
「それはもちろんです!王命ですから間違いなく」
エイドはそう言って、感謝の言葉と共にもう一度深く頭を下げた。
――――――
エイドが帰った後、悠真は牧場の丘の上に座り、沈みゆく夕日を眺めていた。オレンジ色に染まる空と、金色に輝く雲の眺めは格別だ。
「これでまた、少しは彼らの役に立てただろうか……」
悠真はつぶやいた。自分は戦いに向いていないと分かっていても、何かの形で世界を救う手助けができるなら、それは嬉しいことだ。
風が吹き、草の匂いが鼻をくすぐる。遠くでは、ラクルが「クルルー」と鳴きながら、空を飛んでいる。サフィアとアウラは水場で遊んでいるようだ。
そんな牧場の平和な風景を眺めていると、背後から優しい声が聞こえた。
「悠真さん、夕食ができましたよ」
振り返ると、リーフィアが微笑みながら立っていた。銀色の髪が夕日に照らされ、美しく輝いている。
「ああ、ありがとう」
悠真は立ち上がり、リーフィアの方へ歩み寄った。
「今日は何か特別なことがあったんですか?エイドさんが慌てて来られていましたけど……」
「あぁ、あれか。実は……」
二人は家に向かいながら、神殿の剣のことを話した。
「そうだったんですね。悠真さんは本当に優しいですね」
リーフィアは微笑みながら言った。
「そんなことはないさ。俺なんかより、彼らの方がきっと使いこなせると思っただけだよ」
「それが優しさですよ」
牧場に戻ると、ルナが悠真の帰りを待つかのように、玄関先で丸くなって眠っていた。起こさないようにルナを抱え家に入ると、リオンが料理の準備をしていた。テーブルには温かい料理が並び、良い香りが漂っている。
「お帰りなさい、悠真さん!今日はミリアムさんが持ってきた野菜も使って料理したんですよ」
「おお、いい匂いだな」
席に着くと、ウィンドウから見える夕焼けが部屋を温かな光で満たしていた。トレジャーもいつの間にか窓辺に止まり、家の中を見ている。
「それじゃ、いただきます」
悠真の言葉に、リーフィアとリオンも「いただきます」と応え、穏やかな食事が始まった。牧場での日々は、時に不思議な出来事が起こるが、こうした平和な時間があることが、何よりも大切だと悠真は感じていた。
月が昇り始め、牧場全体が銀色の光に包まれていく。またひとつ、牧場で過ごす穏やかな一日が終わろうとしていた。




