第65話 魔族対策の魔道具を求めて
朝日が昇り始める頃、悠真は早くも荷物の準備を始めていた。木箱に必要な物を詰め、アスターリーズへの出発の支度をする。昨日の魔王軍の襲撃は、彼の心に小さな不安を残していた。
「もし、またあんな奴らが来たら……」
悠真は言葉を途切れさせ、窓の外を見つめた。牧場では普段通り、動物たちが朝の活動を始めている。アクアが水晶のような尻尾を揺らしながら泉の周りを歩き、ベルが小さな鈴を鳴らして草を食んでいる。一見すれば平和な光景だが、昨日の出来事が脳裏によみがえる。
階段を降りると、リーフィアとリオンがキッチンで朝食の準備をしていた。
「おはようございます、悠真さん」
リーフィアが温かく微笑みかける。銀色の髪が朝日に輝いて、より一層美しく見える。
「悠真さん、もう準備ができていたんですね」
リオンも明るい声で声をかけてきた。彼らはすでに昨日の一件について話し合っていたようだ。
「ああ、アスターリーズに行って色々と魔道具を探してこようと思ってね。二人も来るかい?」
「はい、もちろんです!」
リオンは即座に答え、リーフィアも静かに頷いた。彼女の碧色の瞳には、昨日の恐怖の名残と、それを乗り越えようとする強い意志が見えた。
朝食を終え、三人がウィンドの準備をしていると、ミリアムがやってきた。彼女は普段よりも少し息を切らせていた。
「おはようございます!今日はアスターリーズに行くんですよね?私も一緒に行っていいですか?」
悠真は少し驚いたが、すぐに納得した。魔王軍の襲撃は彼女にとっても脅威だったのだろう。
「もちろんいいよ。ちょうど出発しようとしていたところだ」
「ありがとうございます!」
ミリアムの笑顔に、朝の陽射しがより一層明るく感じられた。俺達はシギュラさんに牧場の守りをお願いしてアスターリーズに向かった。
――――――
アスターリーズの街は、いつもながら活気に満ちていた。市場の喧騒、行き交う人々、様々な店からもれる香り。しかし今日の悠真たちの目的は一つ——魔道具屋を探すことだった。
「ここですよ、『マジック・ポーション』。エイドさんが一度話していた場所です」
ミリアムが指差す先には、古めかしい外観の店があった。ドアの上には、光る液体の入った瓶の看板が掛けられている。
店内に足を踏み入れると、様々な魔道具や薬草、結晶が棚に所狭しと並んでいた。年配の男性店主が、メガネ越しに彼らを見つめる。
「いらっしゃい。何かお探しのものがあるかな?」
悠真は少し言葉を選びながら答えた。
「魔族の襲撃から身を守る道具を探しています。何かいいものはありませんか?」
店主は眉を上げると、ゆっくりと棚の奥へと歩いていった。
「最近は魔王軍の活動が活発になってきたからね。こういった商品の需要が増えているんだ」
店主が持ってきたのは、小さな水晶球と、不思議な模様が刻まれた金属の円盤だった。
「これは『警戒の眼』と呼ばれる魔道具だ。周囲に悪意のある魔力が近づくと、赤く光って警告してくれる。この円盤は『守りの印』。地面に設置すると、小規模な結界を張ることができる。どちらも値は張るが、命に代えられるものじゃないだろう?」
悠真は迷わず両方を購入した。金貨十枚は高かったが、牧場の安全を考えれば安いものだ。
店を出て、さらに二軒ほど魔道具屋を巡った後、悠真たちは休憩のため、市場近くの広場に腰を下ろした。
「これだけあれば、少しは安心できそうですね」
リーフィアが、購入した魔道具の入った袋を見ながら言った。悠真も同意するように頷く。
「でも……シギュラさんはあっさり倒していましたけど、あの魔族もきっと強かったんですよね?これだけで本当に大丈夫でしょうか」
確かにその通りだった。もしシギュラがいなければ、彼らは重大な危機に陥っていたかもしれない。
そんな不安が頭をよぎった時、見慣れた声が聞こえてきた。
「おや、白石さん!こんなところでお会いするとは!」
振り向くと、エイド・ローレンスが立っていた。彼の隣には、アスターリーズ商会のドミニク・バレルの姿も見える。
「エイドさん、ドミニクさん!」
ミリアムが嬉しそうに声をあげた。
「お久しぶりです。今日は買い物ですか?」
悠真は少し躊躇ったが、昨日の出来事を二人に説明することにした。魔王軍の襲撃、シギュラの救援、そして今日の魔道具探しについて。
エイドの表情が徐々に真剣になっていく。
「魔王軍が……そちらにも現れたのですか。これは研究所にも報告しなければ」
ドミニクも口髭を撫でながら、深刻な表情を浮かべていた。
「魔王軍の侵攻は我々商人にとっても大問題だ。交易路が絶たれれば、商売にも影響が出る」
エイドはしばらく考え込んだ後、決意を固めたように言った。
「白石さん、研究所で開発中の新しい魔道具ですが、宜しければこちらを……」
彼はカバンから、青い光を放つ小さな球体を取り出した。
「これは『魔族探知器』。かなり広範囲の魔族の気配を感知することができます。まだ試作段階ですけど、役に立つと思います」
悠真は感謝しながらもそれを受け取った。頼もしい味方ができたことに安堵感を覚える。
すると今度はドミニクが前に出てきた。
「では、私からも一つ。アスターリーズ商会の特別品ですよ」
彼が取り出したのは、金色の輝きを放つ杭のようなものだった。
「これは『結界の柱』というものです。四本を牧場の四隅に埋めれば、かなり強力な結界が張れます。高級品なのですが、白石牧場には大変お世話になっていますからな。特別価格でお譲りしますよ?」
交渉の末、悠真は金貨二十枚という破格の値段で結界の柱を手に入れることができた。
「本当にありがとうございます」
悠真の言葉に、ドミニクは笑顔で口髭を撫でた。
「いえいえ、白石牧場は大切な取引相手ですからな。それに……」
彼は声を落として続けた。
「最近は各地から魔王軍の活動報告が増えているようです。自衛策を講じるのは賢明な判断ですよ」
エイドも頷きながら言った。
「白石さんの牧場には貴重な生物がたくさんいますから。ぜひ注意してください」
日が傾き始めた頃、悠真たちはアスターリーズを後にした。ウィンドに乗り、夕焼けに染まる道を帰っていく。
「思った以上に収穫がありましたね!」
ミリアムが風に吹かれながら言った。確かに彼女の言う通りだった。警戒の眼、守りの印、魔族探知器、そして結界の柱。これだけあれば、次に魔王軍が来ても、少なくとも時間を稼ぐことはできるだろう。
「でも一番の収穫は、こういうときに協力してくれる人がいることですね」
リオンの言葉に、悠真も静かに頷いた。
――――――
牧場に戻った彼らを出迎えたのは、アズールとウィンドだった。二人が無事に帰ってきたことに安心したのか、小さなドラゴンは嬉しそうに飛び跳ねている。
「よし、さっそく結界の柱を設置しよう」
悠真は牧場の四隅に、ドミニクから買った結界の柱を埋め込んでいった。最後の一本を地面に差し込むと、四本の柱が一斉に金色に輝き、かすかに光る膜が牧場全体を覆うように広がった。
「これで一先ず安心ですね」
リーフィアの声には安堵感が漂っていた。
警戒の眼は家の玄関に、魔族探知器は二階の窓辺に設置した。これで万全とは言えないまでも、魔王軍の接近は事前に知ることができるはずだ。
夕食の準備をしながら、悠真は牧場の動物たちを見渡した。ベルが小さな鈴を鳴らしながら草を食み、アースは柔らかな土の上で気持ちよさそうに横たわっている。彼らもいくらか安心しているように見えた。
「動物達も結界のことが分かるみたいですね。落ち着いたようで良かったです」
リーフィアが夕食のスープを皿に注ぎながら言った。テーブルには焼きたてのパンとハーブの香りがする料理が並んでいる。
「明日からは、また普段通りの牧場ライフですね!」
ミリアムの明るい声に、部屋の空気が和んだ。窓の外では、結界の淡い光が牧場を柔らかく包み込んでいる。
「ああ、そうだな」
悠真は静かに微笑んだ。彼の心には、牧場と、そこに集まる不思議な家畜たちを守りたいという思いが強くあった。
魔王軍の脅威はまだ去っていないかもしれない。しかし今は、この穏やかな日常を大切にしていきたい。悠真はそう思いながら、テーブルを囲む仲間たちの笑顔を見つめた。
夜空には無数の星が瞬き、牧場を優しく見守っているようだった。




