第62話 温泉の不思議な効能と研究者の訪問
朝露が草木を優しく潤し、柔らかな光が牧場全体を包み込む。クロロが来てから数日が経った穏やかな朝、悠真は温泉の様子を確認するために裏庭へと足を運んだ。
「おっと、また色が変わってるな」
悠真が目にしたのは、昨日までの青みがかった湯とは違い、今日は淡い紫色に染まった温泉だった。湯気が立ち上る様子も、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
「クゥロ、クゥロ」
クロロが温泉の縁から顔を上げ、嬉しそうに鳴いた。小さな角から微かな光が放たれ、温泉の紫色がさらに鮮やかになる。
「おはようございます、悠真さん。クロロさんも」
リーフィアが朝食の準備ができたことを伝えに来たのだろう。銀色の髪が朝日に照らされ、一層美しく輝いている。
「おはよう。クロロが、また温泉の色を変えたみたいだ」
「本当ですね。昨日は青色だったのに、今日は紫色……」
リーフィアが不思議そうに首を傾げる。その瞬間、牧場の奥から元気な声が聞こえてきた。
「悠真さーん!リーフィアさーん!」
小走りでやって来たリオンは、温泉を見るなり目を丸くした。
「わぁ、すごい!また色が変わってる!」
「ああ。クロロのおかげでな」
悠真がクロロの頭を優しく撫でると、恐竜は嬉しそうに小さな炎を吐いた。
「やっぱり色によって効能も違うみたいだな。青色の時は疲労回復に効くみたいだ。昨日、草刈りで疲れた体で入ったら、ものの数分で疲れが消えたよ」
「そういえば、一昨日の赤い温泉は、入った後に体が温かくなって、とても元気になりましたね」
リーフィアが思い出したように言う。
「でも、今日の紫色はまだ効果がわからないな」
三人が温泉を眺めていると、サクラが「メェー」と鳴きながら、ゆっくりと温泉に近づいてきた。桜色の毛並みが朝日で一層美しく見える。
「おはよう、サクラ。今日も元気そうだな」
悠真が声をかけると、サクラは嬉しそうに頭を撫でられるのを待っている。悠真が手を伸ばすと、サクラの体から優しい光が放たれ、悠真の少し切れていた指先の傷が瞬く間に癒えていった。
「ありがとうな。相変わらず頼りになるよ」
サクラが温泉を覗き込み、紫色の湯に興味を示している。どうやら入りたいようだ。
「サクラが入っても大丈夫でしょうか?」
リーフィアが心配そうに尋ねるが、クロロは「クゥロ」と鳴き、大丈夫だと言わんばかりに頷いた。
サクラはゆっくりと温泉に足を入れ、しばらくすると全身から淡い光が放たれ始めた。まるで体内の治癒の力が活性化したようだ。
「これは……治癒力を高める効果があるのかもしれないな」
リーフィアの言葉に、悠真も頷いた。
――――――
数日後、牧場には久しぶりの来客があった。エイド・ローレンスが研究の報告に訪れたのだ。
「お久しぶりです、白石さん」
エイドは丁寧に挨拶をし、持ってきた鞄から何かを取り出した。それは、複雑な機構を持つ小さな装置だった。
「ん?それは何だ?」
「これは『生息環境シミュレーター』と呼んでいるものです。牧場の動物たちの特性を研究させていただいた結果から、それぞれの好む環境を再現できる装置を開発してみたんです」
エイドは眼鏡を直しながら、熱心に説明を続ける。
「例えば、レインの光の力に共鳴させると、空中に水の流れを作り出せます。ヘラクレスやフレアの火の力を共鳴させれば、周囲の熱を上昇させる空間を……」
悠真はエイドの説明に、感心しながらその装置を見つめた。エイドの研究熱心さには頭が下がる。
「ありがとう、エイドさん。みんな喜ぶだろうな」
「いえ、こちらこそ貴重な研究の機会をいただき感謝しています。それにしても……」
エイドは周囲を見回し、目を輝かせた。前回来た時よりも、明らかに動物の数が増えている。
「また新しい仲間が増えたようですね」
「ああ、皆色々あってな。……それで、一番最近来たのがこのクロロだ」
悠真が一人ずつ紹介すると、エイドはすぐにメモを取り始めた。特にクロロを見た時には、目を丸くして驚いていた。
「これは!二足歩行の恐竜……ですか?素晴らしい!こんな個体は学術記録にもほとんどありません!」
クロロは「クゥロロ」と鳴き、見慣れないエイドに少し緊張しているようだ。
「クロロの鉤爪には温泉の色を変える力があるみたいなんだ。色によって効果も変わる」
悠真の説明に、エイドはますます興奮した様子で、クロロの周りをぐるぐると回り始めた。
「これは興味深い!今すぐ観察を始めさせてください!」
リーフィアは微笑みながらお茶を淹れてきた。
「エイドさん、少し休憩されては?お茶をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます。つい熱くなってしまいました」
エイドは少し落ち着いて、お茶を一口飲むと、ホッとした表情を浮かべた。
――――――
その日の午後、エイドは牧場の動物たち全てを観察していた。特にアウラとのやりとりに夢中になっていたようだ。アルラウネの少女であるアウラは、植物と人間の特性を併せ持つ存在として、エイドの研究意欲を大いに刺激した。
「アウラさん、あなたの光合成能力について教えていただけませんか?」
アウラはくすくすと笑いながら、自分の緑の髪を揺らした。彼女は言葉を話せないが、身振り手振りでエイドの質問に答えていた。
一方、レインは空を泳ぎながら光の軌跡を描き、エイドを魅了していた。
「見事です!まるで空の中を泳ぐ虹のようだ!」
エイドの感嘆の声に、レインは嬉しそうに跳ねた。
夕方になり、牧場を去る時間が近づいた頃、エイドは悠真に感謝の言葉を述べた。
「本当にありがとうございました、白石さん。今日の観察は研究に大いに役立ちます」
「こちらこそ、シミュレーターありがとう。みんなの暮らしが更に良くなりそうだ」
別れ際、クロロがエイドに近づき、小さな鉤爪の破片を差し出した。
「クゥロロ」
「これは……私に?」
エイドは驚いた様子で、その贈り物を受け取った。クロロは頷き、温泉の方を指さした。
「研究に使ってほしいと言っているようですね」
リーフィアが微笑みながら説明した。エイドの目には涙が浮かんでいた。
「ありがとう、クロロ。大切にします」
エイドが去った後、悠真はクロロに問いかけた。
「良かったのか?大事な鉤爪を」
クロロは「クゥロロ」と鳴き、温泉に入った。すると、新しい鉤爪が少しずつ成長していることが分かった。自己再生能力があるようだ。
「なるほど、そういうことか」
悠真がクロロの頭を撫でると、クロロは嬉しそうに「クゥロ」と鳴いた。牧場には、今日も穏やかな時間が流れていた。




