第56話 月影村からきた少年
長い雨がようやく上がり、牧場全体に清々しい空気が漂っていた。陽の光を浴びた草木は鮮やかな緑を取り戻し、すべての生き物たちが久しぶりの晴れ間を楽しんでいるようだった。
悠真は縁側に腰掛け、久々の青空を見上げていた。レインは新しく作られた深い水場で優雅に泳ぎ、時折空へと舞い上がっては水面に戻る様子は見ていて飽きなかった。
「雨が上がって良かったですね」
リーフィアが二杯のハーブティーを持って悠真の隣に座った。銀色の髪が陽光を反射して美しく輝いている。
「ああ。みんなも嬉しそうだ」
悠真の言葉通り、ベルは草原を駆け回り、ヘラクレスはのんびりと草を食み、アクアとテラは木陰で戯れていた。ルナは縁側で丸くなり、穏やかな寝息を立てている。
「今日は薬草の整理でもしようかな」
「お手伝いします。雨の後は香りも豊かになりますから」
二人がそんな会話をしていると、遠くから人影が見えた。牧場へと続く道を、一人の少年がこちらへと向かってくる。年の頃は十四、五歳ほど。少し緊張した様子で歩を進めていた。
「誰かな?」
「あれは……リオン!?」
リーフィアの声に驚いた悠真が見ると、リーフィアは立ち上がり、少年に手を振っていた。少年も気づいたのか、小走りに近づいてきた。
――――――
「リーフィア姉さん!」
少年は牧場の柵まで来ると、嬉しそうに声を上げた。近くで見ると、薄い緑がかった髪と少し尖った耳を持っていることがわかる。リーフィアと同じエルフの一族のようだ。
「リオン、元気だった?月影村からここまで、よく来たわね」
リーフィアが柵の外まで出ていくと、少年——リオンは嬉しそうに笑った。少し恥ずかしそうにしながらも、リーフィアを見上げている。
「うん!この牧場のことは聞いていたから……」
悠真も立ち上がり、二人に近づいた。リオンは悠真に気づくと、急に緊張した様子で背筋を伸ばした。
「あの、あなたが白石悠真さんですか?」
「ああ、そうだ。君と会うのは初めてだったかな?」
「はい!月影村から来たリオンです。よろしくお願いします!」
リオンは元気よく挨拶をした。その様子に悠真は思わず微笑む。
「まずは家に入ろうか。長い道のりだったろうし、休みながら話を聞かせてほしい」
――――――
リビングに通されたリオンは、興味深そうに室内を見回していた。リーフィアがお茶とお菓子を用意する間、悠真はリオンから話を聞いた。
「それで、どうして牧場まで来たんだ?」
「実は……僕も白石さんの牧場で働かせてもらいたいんです!」
リオンの言葉に、悠真は少し驚いた表情を浮かべる。
「ここで働きたい?」
「はい!村でリーフィア姉さんの話を聞いて、この牧場のことをもっと知りたいと思ったんです。珍しい生き物たちがたくさんいて、毎日が冒険みたいだって」
リオンの瞳が輝いている。しかし、悠真には彼の言葉の裏に何か別の思いも感じられた。
(たぶん、リーフィアのことが心配だったんだろうな……)
「そうか……」
悠真は部屋を見回した。幸い二階には空き部屋がある。リオンの為に一部屋開けても問題はなかった。
「幸い、二階に空き部屋がある。村の人や両親に確認を取ることができれば、ここで働いても良いよ」
「本当ですか!?」
リオンの顔が明るく輝いた。
「でも、村の人たちの許可は必要だ。心配されるだろうからね」
「大丈夫です!出発前に両親は説得してきましたから」
しっかりしている。エルフだし見た目より年齢は上なのかもしれない。
「わかった。では、村に確認の手紙を送って、返事を待とう。それまでは短期間の滞在ということで」
「ありがとうございます!頑張ります!」
リオンの明るい返事に、部屋の空気が温かくなった。
――――――
「みんな、新しい仲間を紹介するよ」
昼食後、悠真はリオンを連れて牧場の動物たちに会わせることにした。まずは大人しい子たちから順に。
「こちらはサクラとベル。この子たちは羊だけど、特別な力を持っているんだ」
「わぁ、桜色の羊だ!かわいい!」
リオンがサクラに近づくと、サクラはリオンの方へと歩み寄ってきた。リオンが恐る恐る手を伸ばすと、サクラは首を擦り寄せてきた。
「よかった、懐いてくれた!」
「リーフィアもだったけど、自然を大切にするエルフは動物達とも相性が良いんだろうな」
悠真の言葉に、リオンは誇らしげに胸を張った。
次々と他の動物たちも紹介していくと、リオンはすっかり夢中になっていた。アクアは彼の肩に飛び乗り、テラは足元でくるくると回っている。アズールも興味深そうに近づいてきた。
「みんな、人懐っこいんですね!」
「それもあるけれど、きっと皆リオンのことが気に入ったのよ」
リーフィアの言葉に、リオンは照れくさそうに笑った。
そんな和やかな光景の中、牧場の入り口から新たな人影が見えた。
「おや、ミリアムじゃないか。数日ぶりだな」
悠真が声をかけると、ミリアムは小走りでやってきた。明るい笑顔と元気な足取りは、いつもと変わらない。
「悠真さん、リーフィアさん!お久しぶりです!雨が上がったからお薬の材料を……あれ?」
ミリアムはリオンに気づくと、好奇心いっぱいの表情で近づいてきた。
「こんにちは!私、ミリアム・ハーブライト。薬草師見習いなの。あなたは?」
「リオンです。月影村から来ました。これから牧場で働かせてもらいます!」
「月影村?って、確かリーフィアさんの故郷よね?へぇ~……あ、その耳、やっぱりリオン君もエルフなのね!」
ミリアムは嬉しそうに手を叩いた。彼女の明るさに、リオンも自然と笑顔になる。
「はい。よろしくお願いします、ミリアムさん」
「こちらこそ、よろしくね!」
――――――
夕暮れ時、リオンは悠真に案内されて牧場の裏手にある小さな丘に立っていた。丘の上からは牧場全体を見渡すことができる。
「ここからの景色が一番好きなんだ」
悠真の言葉に、リオンは息を飲んだ。夕日に照らされた牧場が美しく輝いている。動物たちがそれぞれの場所で寛いでいる姿も見えた。
「本当に素敵な場所ですね……」
「リオン、本当はリーフィアのことが心配で来たんだろう?」
リオンは少し驚いたが、すぐに小さく頷いた。
「村の皆も心配していて……リーフィア姉さんが記憶を取り戻して、でも村に戻らないって聞いたから」
「心配はいらないよ。リーフィアは自分の意志でここにいるんだ。時々は村に顔を出すつもりだとも言ってたし」
「そうなんですか……」
「彼女は強いし、優しい。君が心配するのはわかるけど、彼女の選択を尊重してあげてほしい」
リオンは少し考え込んだ後、空を見上げた。
「わかりました。でも、僕もここで頑張りたいです。リーフィア姉さんだけじゃなく、この牧場のために」
「そうか。その気持ちがあれば十分だ」
悠真は優しく微笑み、リオンの肩に手を置いた。夕日の木漏れ日が二人を包み込み、新たな絆の始まりを祝福しているようだった。
「明日から、よろしくな、リオン」
「はい!よろしくお願いします、悠真さん!」
牧場に新しい仲間が加わった穏やかな夕暮れだった。




