第44話 夢枯れ病と星月の光
朝露が牧場の草木に輝く早朝、白石牧場では既に活気が溢れていた。悠真は納屋の前で、腕まくりをしながら今日の作業を確認していた。
「今日は月光草の収穫日だな」
彼はリーフィアに向かって言った。リーフィアは優しく微笑みながら、採集用の籠を手に取る。
「はい、満月の翌日が一番効果が高いと言われていますから」
彼女の碧色の瞳が朝日に輝いた。アクアとテラが二人の足元で戯れていた。
「もう少し大きな籠が必要かもしれませんね。先月より随分と増えていますから」
リーフィアの言葉に、悠真は頷いた。牧場の一角に広がる月光草の畑は、彼らの予想以上に成長していた。淡い青白い花びらが朝風にそよぐ様子は、まるで小さな波のようだった。
「ミリアムも今日は来るんだっけ?」
悠真の問いかけに、リーフィアは顔を明るくさせた。
「はい、彼女なら月光草の収穫にも詳しいでしょうから」
二人が準備を進めていると、牧場の入り口から元気な声が聞こえてきた。
「おはようございます!悠真さん、リーフィアさん!」
振り返ると、ミリアムが小走りで近づいてきた。彼女はいつもの薄緑色のワンピースに茶色の革のベストを着て、小さな草籠を持っていた。
「早起きだね、ミリアム」
悠真が挨拶すると、ミリアムは嬉しそうに頷いた。
「今日は月光草の収穫日ですから。それにローザおばあさんから特別にお願いされたんです」
彼女は急いでやってきたらしく、その頬は少し紅潮していた。
「ローザおばあさんのお願い?」
リーフィアが興味深そうに尋ねる。
「はい。グリーンヘイブンで、珍しい病気の子供が出たんです。月光草の成分が効くと思うけど、村に生えている月光草だけでは足りなくて……」
ミリアムの表情が少し暗くなる。
「どんな病気なの?」
悠真が心配そうに尋ねると、ミリアムは小さく溜息をついた。
「『夢枯れ病』って言うんです。夜、眠れなくなって、だんだん元気がなくなっていく病気で……」
リーフィアの表情が真剣になる。
「それは確かに月光草の効果が期待できますね。特に満月の後に採れたものは……」
「はい。なので、たくさん採りたいんです!」
ミリアムの声には切実さがあった。悠真とリーフィアは顔を見合わせ、すぐに頷いた。
「もちろん手伝うよ。牧場の月光草は全部使ってもいいし」
悠真の言葉に、ミリアムの顔が明るくなった。
「本当ですか!ありがとうございます!」
彼女は喜びのあまり、その場で跳ねるようにして感謝の言葉を繰り返した。
――――――
三人は月光草の畑へと向かった。朝日が徐々に牧場全体を照らし始め、草の上の露が虹色に輝いている。さっそく三人は収穫作業を開始した。時折、アクアが水を運んできたり、テラが土を上手に掘り起こして手伝ったりする。
「本当に、白石牧場の動物たちは賢いですね」
ミリアムが感心して言った。収穫が進むにつれ、籠はどんどん月光草で満たされていった。
「これだけあれば、きっと……」
ミリアムが希望を込めて呟いた時、突然、牧場の遠くから不思議な鳴き声が聞こえてきた。
「あれは……ステラ?」
悠真が首をかしげる。確かに、ルナーホップの独特な鳴き声だった。
「何かあったのかな」
三人は作業を中断し、声のする方へ向かった。木立の中に辿り着くと、ステラとルミが何かを見つめていた。
「あれは……」
ミリアムが息を呑む。地面に、淡い銀色に輝く小さな植物が生えていた。花びらは月光草より少し大きく、中心から星型に広がる模様が浮かび上がっている。
「これは、星月草……」
リーフィアが驚きの声で呟いた。
「星月草?」
悠真とミリアムが同時に尋ねる。
「月光草の希少な変種です。普通の月光草より遥かに強力な効果を持ちますが、満月の光を最も浴びた場所にしか生えないとても珍しい植物です」
リーフィアの説明に、ミリアムの目が大きく見開かれた。
「これがあれば、エリックを助けられるかもしれない!」
「エリック?」
悠真が聞き返す。
「はい、夢枯れ病になった子供の名前です」
「でも、星月草は簡単に採れません。特別な方法が……」
リーフィアが言いかけたとき、ルミが前に出てきた。小さな月の兎は、星月草の周りをゆっくりと回り始めた。不思議なことに、その動きに合わせて星月草が淡く光り始めた。
「何が起きているんだ?」
悠真が驚いて尋ねると、リーフィアはその様子を見て静かに微笑んだ。
「もしかしたら、ルミは星月草を安全に採れる方法を教えてくれているのかもしれません」
ルミは静かに止まり、前足で地面を三回叩いた。その瞬間、星月草の光が強まり、まるで根が緩んだかのように少し浮き上がった。
「あっ、今です!」
リーフィアの声に、ミリアムが素早く手を伸ばし、星月草を優しく抜き取った。その瞬間、星月草から淡い光が放たれ、三人の周りに星のような光の粒子が舞い始めた。
「綺麗……」
ミリアムが息を呑む。光の粒子が彼女の周りを回り、彼女の亜麻色の髪に宿るように消えていった。すると、ルミが彼女の足元に跳んできた。
「ルミちゃん、ありがとう」
ミリアムが優しく撫でると、ルミは嬉しそうに鳴いた。
――――――
昼食後、三人は採れた月光草と星月草を丁寧に整理した。
「これでエリックを助けられるはず」
ミリアムが希望を込めて言った。
「あぁ、早く持って行ってあげるといい」
悠真が優しく笑いかける。
「はい!でも、どうやって星月草を使えばいいのか……」
ミリアムが悩む様子を見て、リーフィアが手を差し伸べた。
「私が教えましょう。星月草の使い方を、どこかで覚えているような気がします」
彼女は星月草を手に取り、目を閉じて何かを思い出すように静かに息を吸った。
「星月草は、月光草と違って直接飲むのではなく、光の成分を抽出するのです」
リーフィアが説明しながら、彼女は小さな水晶の器を取り出した。
「これに星月草を入れて……」
彼女は少し考え込んだ後、ふと顔を上げた。
「アクア、手伝ってくれない?」
呼ばれたアクアが元気よく駆け寄ってきた。リーフィアは水晶の器に水を注ぐようにアクアに頼んだ。アクアは尻尾を振って水を操り、器に澄んだ水を溜めた。
「ありがとう」
リーフィアはその水に星月草を優しく浮かべた。
すると、水晶の器の中で星月草がゆっくりと溶け始め、水が淡い銀色に染まっていった。
「これを小さな瓶に入れて、エリックに一日に一度、三滴ずつ飲ませてください」
リーフィアが説明を終えると、ミリアムは感謝の言葉を述べた。
「本当にありがとうございます。これでエリックを助けられます」
彼女は星月草のエッセンスを小さな瓶に注ぎ、大切そうに持った。
「急いで村に戻らなくちゃ」
「送っていこうか?」
悠真が提案した。ミリアムは嬉しそうに頷いた。
「良いんですか?お願いします!」
――――――
悠真はウィンドに乗り、ミリアムを後ろに乗せてグリーンヘイブンへと向かった。空から見下ろす牧場と緑の大地は、まるで絵画のように美しかった。
「本当に素敵な景色ですね」
ミリアムが感嘆の声を上げる。髪の光は完全に消えていたが、彼女の表情には強い決意が宿っていた。
「エリックのところへ早く着きたいです」
彼女の声に、悠真は頷いた。
「分かった。ウィンド、もう少し速く頼む」
ウィンドは鳴き声と共に速度を上げた。彼らはあっという間にグリーンヘイブンの上空に達した。
小さな村の中心にある薬草師の家に着くと、ローザおばあさんが驚いた様子で二人を迎えた。
「まあ、ミリアム。それに白石さんも」
「ローザおばあさん、星月草を見つけたんです!」
ミリアムが興奮して報告すると、ローザおばあさんは目を丸くした。
「星月草だって?それは本当かい?」
彼女は半信半疑の表情で小さな瓶を受け取った。中の液体を見るなり、彼女の表情が変わった。
「こ、これは本物の……!どこで見つけたの?」
「白石牧場です。リーフィアさんが使い方も教えてくれました」
ローザおばあさんは感動の表情を浮かべた。
「これがあれば、きっとエリックを救えるわ」
三人はすぐにエリックの家へと向かった。小さな木造の家の中で、青白い顔をした少年が横たわっていた。
「エリック、良い薬を持ってきたよ」
ローザおばあさんが優しく声をかけると、少年は弱々しく目を開けた。
「薬……?」
「エリック!頑張って、これを飲めば良くなるから」
ミリアムが少年の手を握り、星月草のエッセンスを三滴、少年の口に含ませた。
瞬間、少年の体が淡く光り始めた。それは髪の毛一本一本から発するようで、まるで星空のように美しかった。
「体が、温かい……」
光は徐々に弱まり、代わりにエリックの頬に少し血色が戻ってきた。
ミリアムの目に涙が浮かんだ。
「よかった……本当によかった……」
彼女は悠真に向き直り、満面の笑顔でお礼を言った。
「悠真さん、本当にありがとうございます。白石牧場のみんなにも感謝です」
悠真は微笑んで頷いた。
「ミリアムの友達を助けられて良かったよ」
ローザおばあさんは二人を見て、優しく微笑んだ。
「二人のおかげでエリックを助けられたよ。ありがとうね」
帰り道、夕暮れの空が牧場と村を優しく包み込んでいた。
「ミリアム、また明日来るよ」
悠真が言うと、ミリアムは元気よく頷いた。
「はい!私もエリックの様子を見てから、またお手伝いに行きますね!」
彼女の表情には、かつてない充実感が満ちていた。
二人は別れ際に手を振り、悠真はウィンドに乗って牧場へと帰った。空からは、すでに回復の兆しを見せ始めた少年の家に灯る明かりが小さく見えた。
「ウィンドも良く頑張ってくれた。ありがとうな」
ペガサスの首を撫でながら、悠真は満足げに微笑んだ。牧場では、リーフィアと動物たちが彼の帰りを待っていた。
「エリックの様子はどうでした?」
リーフィアが尋ねると、悠真は笑顔で答えた。
「良くなり始めてるよ。ミリアムもすごく喜んでた」
リーフィアはほっとしたように優しく微笑んだ。
「それはよかったです。それでは夕食にしましょうか、もう準備はできていますよ」
「助かるよ。ちょうどお腹が空いてきたところだったんだ」
夕焼けが牧場を染め、静かな夜が始まろうとしていた。




