第40話 祭りの準備
朝靄の中、白石牧場はいつもより早く活気づいていた。悠真は納屋の前で、今日の作業計画を頭の中で整理していた。
「もうすぐグリーンヘイブンの収穫祭か……」
彼は空を見上げながら呟いた。季節は夏から秋へと移ろう時期。グリーンヘイブン村では毎年この時期に、豊作を祝う収穫祭が開かれる。
リーフィアが水を汲んだバケツを両手に持って近づいてきた。朝日を浴びた彼女の銀髪が、一瞬きらめいて見えた。
「悠真さん、今日はどのような作業をしましょうか?」
「ああ、今日は収穫祭の準備を手伝うことになってる。ミリアムが言ってたろ?牧場の動物たちも連れていくから、整備もしておかないとな」
リーフィアは静かに頷き、優しい微笑みを浮かべた。
「収穫祭ですか。とても楽しみですね」
悠真とリーフィアが話していると、ルナが優雅に歩いてきて悠真の足元にすり寄った。
「おはよう、ルナ。今日は忙しくなりそうだぞ」
悠真が黒猫の頭を撫でると、ルナは「ニャー」と返事をした。その表情には、何かを察したような賢さが宿っていた。
――――――
午前中、悠真とリーフィアは動物たちのグルーミングに時間を費やした。特にウィンドの銀色の翼は、祭りの目玉になりそうだったので、丁寧に手入れをする。
「さすがにサクラもベルも連れていくからな。村の子供たちも喜ぶだろう」
悠真がブラシでベルの毛を優しく梳かしていると、羊は「メェー」と嬉しそうに鳴いた。その横では、テラがはしゃぎながらルミの周りを跳ね回っている。
「ステラとルミも連れていくといいかもしれませんね。特にルミは人懐っこいですから」
リーフィアの提案に、悠真は少し考え込んだ。
「そうだな……でも、まだ保護して間もないから、人混みでストレスがかからないか心配だ」
「確かに……では、私が様子を見ながら付き添います」
そう言ってリーフィアは、ステラとルミの方へ歩み寄った。ルミは彼女の姿を見るなり、ぴょんぴょんと跳ねて近づいてきた。
「こんにちは、ルミ。明日は村のお祭りなんですよ」
リーフィアの優しい声に、ルミは首を傾げたが、すぐに彼女の手のひらに鼻先をこすりつけた。その仕草は「行ってみたい」と言っているようだった。
一方、ステラは少し警戒しつつも、リーフィアの隣に座り込み、長い耳を休めていた。
悠真が作業を進めていると、納屋の入り口から元気な声が聞こえてきた。
「悠真さーん!リーフィアさーん!」
振り返ると、ミリアムが大きな籠を抱えて駆け込んできた。彼女の背後には別の少女の姿も見えた。
「おはよう、ミリアム。その籠は?」
「これはね、明日の収穫祭で使うリボンと飾りよ!あ、この子を紹介するね。エリナ、村長さんの孫娘さん!」
ミリアムに続いて、茶色の髪をした少女が恥ずかしそうに一歩前に出た。質素だが清潔なワンピースを着た彼女は、緊張した面持ちで挨拶をした。
「は、初めまして。エリナ・グリーンフィールドです。いつも村のために色々とありがとうございます」
悠真は作業の手を止め、優しく微笑んだ。
「初めまして、白石悠真だ。気にしなくていいよ、お互い様だからな」
リーフィアも穏やかに挨拶した。
「私はリーフィアと申します。よろしくお願いします」
エリナはリーフィアの銀髪を見て、目を輝かせた。
「わぁ、とても綺麗な髪……。噂には聞いていましたが、本当に月の光のようです」
リーフィアは照れたように微笑み、そっと髪の一筋を指で絡めた。
「ありがとうございます」
ミリアムは元気よく籠を掲げた。
「それじゃあ、準備を始めましょう!エリナはリボン作りの名人なんだよ。牧場の動物たちにもリボンをつけてあげたいんだって」
エリナは恥ずかしそうに頷いた。
「もし、よろしければですが……」
「もちろん構わないよ。動物たちも喜ぶだろう」
悠真の言葉に、エリナは嬉しそうに微笑んだ。
四人は納屋の前に腰を下ろし、祭りの準備を始めた。ミリアムとエリナはカラフルなリボンを手際よく結び、小さな鈴や花の飾りをつけていく。リーフィアも器用な手つきで手伝い、悠真は動物たちを順番に連れてきては、女の子たちが作業しやすいよう支えていた。
「ベルには青いリボンがよく似合いますね」
エリナが言うと、ミリアムは賛同した。
「そうね!首元の小さな鈴にも合ってるし!」
ベルは女の子たちに囲まれ、少し困ったような顔をしていたが、「メェー」と鳴いて従順にされるがままになっていた。
悠真は微笑みながら見守っていたが、ふと気づいた。
「そういえば、収穫祭では出し物もあるんだろう?」
ミリアムは手を止めて、元気よく答えた。
「そうよ!歌や踊り、それに今年は特別企画があるの!」
「特別企画?」
「うん!村長さんが『白石牧場の不思議な動物たち』っていうテーマで、みんなに紹介する時間を設けたんだって!」
悠真は驚いた表情を浮かべた。
「え?俺たちがステージに立つってことか?」
エリナが小さな声で補足した。
「いえ、白石さんが望まないなら無理にとは……。ただ、村の子供たちが楽しみにしているみたいで」
悠真は少し考え込んだ。確かに牧場の動物たちは普通ではない。サクラは治癒の力を持つし、ベルは雷を操る。人前でそういった能力を見せるのは少し躊躇われたが、村の人々は皆、温かく見守ってくれる人たちだった。
「……分かった。でも、あまり派手なことはしないようにするよ」
エリナとミリアムは顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!村の子供たちも大喜びするでしょう!」
リーフィアもそっと微笑み、悠真の決断を温かく見守っていた。
作業を続けていると、テラが「ミュウ!」と鳴きながら、ルミを連れてやってきた。小さなルナーホップは好奇心いっぱいの表情で、カラフルなリボンを見つめていた。
「あら、この子たちは?」
エリナが目を輝かせた。ミリアムは嬉しそうに説明した。
「ルナーホップっていう珍しい兎よ!この前、満月の夜に悠真さんとリーフィアさんが保護したんだって」
「なんて可愛いんでしょう!」
エリナがそっと手を差し出すと、ルミは好奇心から近づいてきた。彼女の手のひらに鼻先で触れ、匂いを嗅いだ後、エリナの指をぺろりと舐めた。
「くすぐったい!」
エリナの明るい笑い声が響き、場の雰囲気はさらに和やかになった。
悠真は心地よい風を感じながら、この穏やかな時間を噛みしめていた。




