第132話 夏の陽射しと流しそうめん
牧場の朝は、パフの柔らかな鳴き声から始まった。空を漂う綿毛の塊のような生き物は、日の出とともに低く「フゥー」と優しい音色を響かせ、牧場の仲間たちを起こす役目を自然と担うようになっていた。
悠真は、陽射しが徐々に濃くなっていく窓の外を眺めながら、なぜか故郷の夏を思い出していた。清々しい朝の空気に、ふと懐かしさが込み上げる。
「なんだか、そうめんが食べたくなってきたな」
ふと口から漏れた言葉に、自分でも少し驚いた。異世界に来て四年目。最初の頃は故郷の食べ物を恋しく思うことも多かったが、最近はすっかりこの世界の食文化に馴染んでいた。
「悠真さん、おはようございます」
階段を下りてくるリーフィアの姿に、悠真は振り向いた。銀色の髪を朝日が照らし、美しく輝いている。
「おはよう、リーフィア」
「どうかされたんですか?何か考え事をされていたようですが」
リーフィアの言葉に、悠真は小さく笑った。
「ああ、ちょっと故郷の食べ物のことを思い出していたんだ。夏になると、家族や友人と集まって『流しそうめん』っていうのをよくやったんだよ」
「ながし……そうめん?」
リーフィアの碧色の瞳に、好奇心の光が灯る。そこに、リオンも元気な足取りでリビングに現れた。
「おはようございます、悠真さん、姉さん!」
「おはよう、リオン」
悠真とリーフィアが揃って挨拶を返す。
「何か聞きなれない言葉が聞こえましたけど、何の話をしてたんですか?」
リオンの質問に、リーフィアが答えた。
「悠真さんが、『流しそうめん』という故郷の食べ物について話してくれていたのよ」
「流しそうめん?なんですか、それ?」
少年の顔に興味津々の表情が浮かぶのを見て、悠真は説明を始めた。
「そうめんっていうのは、とても細い麺なんだ。それを冷たい水で冷やして食べる。で、流しそうめんっていうのは、竹って呼ばれる植物を半分に割って、そこに水と一緒にそうめんを流して……」
悠真が手振りを交えながら説明すると、リオンが次第にうずうずとし出した。
「面白そうですね!それ、やってみたいです!」
リオンの反応に、悠真も楽しい記憶が蘇ってきた。
「そうだな……実は俺も、久しぶりにやってみたいと思ってたんだ。みんなでやってみるか」
「面白そうですね。でも、必要なものが揃うかどうか……」
リーフィアがそう言って、少し心配そうに聞いてきた。
「大丈夫だよ、竹のような植物はこの前見かけたし、そうめんもこの世界の麵と同じ素材から作れるだろうから」
悠真の言葉に、二人の表情が明るくなる。
「じゃあ、今日は流しそうめん大会をやろう。せっかくだし、牧場の仲間たちも一緒に楽しめるようにしようか」
――――――
昼過ぎ、牧場の西側の小高い場所に、竹で作られた水路が設置された。悠真とリオンが切り出した竹を半分に割り、丁寧に組み合わせて長い水路を作り上げたのだ。
水路は緩やかな勾配をつけて設置され、水路の両脇には動物たちが座れるように平らな場所も設けられていた。
「悠真さん、できました!」
リオンが嬉しそうにそう言うと、水路の下流に座って期待に満ちた表情で上流を見つめた。
「リオン、そこじゃちょっと取りにくいかもしれないぞ」
悠真は微笑みながら、水路の終点付近に設置した特別な装置を指さした。それは水路から落ちてくるそうめんを受け止め、そのまま食べられるよう考案した受け皿だった。
「そうですか?ちなみに、これは何なんですか?」
「これは『キャッチャー』って名付けた。流れてきたそうめんをここで受け止めて、そのまま食べられるようにしてある」
リオンは興味深そうに悠真の話を聞いた。木と竹で作られた半球状の器に、微妙な傾斜がつけられていた。
「みんなが器用に取れるわけじゃないからな。そういう子達も食べやすいように工夫したんだ」
悠真の説明に、リーフィアが感心した様子で頷いた。
「本当に細かいところまで考えていらっしゃるのですね」
「まあ、故郷でもこういうのをやると、取り損ねて水に流れちゃうことが多かったからな。特に初めての人は難しいだろうし」
その頃には、牧場の動物たちも興味を示し始め、徐々に集まってきていた。フレアが「コーン」と鳴きながら悠真の足元にすり寄り、アクアとテラも好奇心いっぱいの表情で水路を覗き込んでいる。
「みんな、今日は特別な食事会をするよ。『流しそうめん』っていうんだ」
悠真が説明すると、動物たちは思い思いに反応した。シャドウとミストは興味津々で水路の周りをうろうろし、レインは空中から「ピュイー」と鳴きながら水路を眺めていた。
「それじゃ、準備を始めようか」
――――――
日が傾き始める頃、牧場の流しそうめん大会が開始された。
「いくぞー」
悠真が上流から声をかけると、水とともに細いそうめんが流れ出した。透明な水の中で白く輝くそうめんは、竹の水路を滑らかに流れていく。
「わっ!来た来た!」
リオンは目を輝かせながら、流れてくるそうめんを慣れない箸で何とか掴み取った。
「うん!冷たくて、さっぱりしてて、おいしいです!」
リオンの隣では、アクアが「チチチ」と鳴きながら、小さな前足でそうめんをつかもうとしている。時々成功すると、嬉しそうに尻尾を振る姿が微笑ましい。
リーフィアも優雅にそうめんをキャッチし、その味わいに穏やかな笑みを浮かべた。
「こんな食べ方があるんですね。それに、この冷たさと喉越しの良さ……夏にぴったりです」
「だろ?日本では夏の風物詩なんだよ」
悠真は嬉しそうに笑いながら、再びそうめんを流した。
牧場の動物たちも、それぞれの方法でそうめん捕りに挑戦していた。フレアとロカは熱い体温でそうめんが温まらないよう、少し離れたところから慎重に取り組んでいる。アズールは小さな氷の息を吹きかけて、水路の一部を冷やしていた。
「あ、ユキ、そうめんを取るなら、もう少し下流の方がいいかもしれませんよ」
リオンが声をかけると、ユキは「キキッ」と鳴いて位置を移動した。
そんな中、意外にもテラが流しそうめんの達人として頭角を現していた。短い手足を巧みに使い、一度も取り損ねることなくそうめんをキャッチしていく。
「おぉ、テラ。上手だな」
悠真の言葉に、カーバンクルは「ミュウ」と誇らしげに鳴いた。
「あ、シャドウに取られちゃった!」
リオンが気付いて声を上げる。シャドウが影から手を伸ばし、リオンの取り皿からこっそりと、そうめんを横取りしていたところだった。
「ヴォフ」
シャドウは満足げに鳴いて、得意そうに黄金色の瞳を光らせた。
「シャドウ、それはずるいぞ」
悠真が軽く叱ると、シャドウは反省したように首を傾げた。しかし、その後ろでミストが「ミィ」と小さく鳴きながら、こっそりと同じ技を試みようとしているのを見て、皆は笑いに包まれた。
そうこうしているうちに、日も暮れ始め、二階から降りてきたユエの姿が見えた。
「みなさん、おはようございます」
「ユエさん、おはよう!ちょうどいいところに来ましたね」
リオンが手を振ると、ユエは集まっている皆の姿に少し戸惑った様子で首を傾げた。
「これは、何をしているのですか?」
「流しそうめんっていう故郷の食べ方を紹介してたんだ。ユエも一緒にどうだ?」
悠真の誘いに、ユエは少し躊躇したが、ソノラが「ぴょん」と跳ねながら彼女の足元に現れた。セセラギノコは好奇心いっぱいの様子で水路を眺めている。
「ソノラも興味があるみたいだな」
悠真の言葉に、ユエは小さく微笑んだ。
「では、……少し参加させていただきます」
ユエが流しそうめんを試してみると、慣れない箸捌きで珍しく慌てながらそうめんを取ろうとしていた。
「あっ、うぅ……今度こそ……あっ!取れました!……これは、冷たくておいしいですね」
千年以上を生きてきた吸血鬼の少女の言葉に、悠真は満足げに頷いた。
「だろ?そうめんの良さは万国共通だな」
一方、ソノラは水路の上をぴょんぴょんと跳ねながら、独自の方法でそうめん狩りを楽しんでいた。跳ねる度に涼やかな水音が響き、それに合わせてキャッチャーに乗っていたそうめんが跳ねて取り皿に飛び込んでいく。
「ソノラは、そんなこともできるのか。面白いな」
悠真の言葉に、ソノラは得意げにピョンピョンと跳ね、牧場の皆も笑顔に包まれた。
――――――
夜も更け、流しそうめん大会も無事に終わり、片付けも終えた頃。悠真はテラスに腰かけて、満天の星空を見上げていた。
「楽しい一日だったな」
独り言のように呟くと、後ろから静かな足音が聞こえてきた。振り返ると、リーフィアとリオン、そしてユエが立っていた。
「悠真さん、今日は本当にありがとうございました」
リーフィアの穏やかな声に、リオンも嬉しそうに頷いた。
「すごく楽しかったです!また明日もやりたいくらいです!」
「それは良かった。でも、こういうのは偶にだから良いんだと思うぞ?準備も大変だしな」
悠真が笑いながら答えると、少し離れたところでユエが小さな声で話した。
「私も、楽しかったです。故郷の食べ物を教えてくださって、ありがとうございます」
「みんなが喜んでくれて良かったよ」
そこにテラスの外から「ミュウ」という声が聞こえた。テラがキャッチャーを両手で持ち、まるで「明日もやろう」と言っているようだった。その後ろには他の動物たちも集まってきている。
「みんなも明日を楽しみにしているようですね」
リーフィアが微笑みながら言った。
「そうみたいだな。まぁ、せっかく作ったんだし、もう一日くらいはいいか。それじゃあ、明日も流しそうめんをやることにしよう」
悠真の言葉に、皆が笑顔で頷いた。星明かりに照らされた牧場は、穏やかな夜の静けさに包まれていく。
異世界で生まれた新しい夏の風物詩。それは悠真が故郷から持ってきた懐かしい記憶と、この世界での新しい出会いが織りなす、新しい思い出の一つになった。




