第130話 アクアとヒエンの秘密の冒険
朝焼けの空に、小さな影が二つ舞い上がっていた。アクアの体が朝日に輝き、ヒエンの赤い羽が炎のように燃えている。アクアはヒエンの背中にしっかりと掴まり、朝の牧場を見下ろしていた。
「チチチ!」
アクアの高い声にヒエンは「フィー」と答え、さらに高く飛び上がった。朝もやの中、牧場の輪郭がぼんやりと見える。悠真もリーフィアもリオンもユエも、まだ起きていない時間。二人だけの冒険の始まりだった。
「フィー、フィーィ!」
ヒエンが翼を大きく広げ、牧場の柵を越えて外の世界へと飛んでいく。アクアは小さな前足でヒエンの首元をぎゅっと抱きしめた。そうして二人は、朝焼けの空へと消えていった。
――――――
悠真は納屋で作業をしていた。昨夜の小雨で少し湿った干し草を整理していると、リオンが小走りでやってきた。
「悠真さん、ヒエンとアクアを知りませんか?姿が見当たらないんですけど」
リオンの声には心配が滲んでいた。
「いや、見てないな。朝から居なかったのか?」
悠真は手元の作業を中断し、額の汗を拭いながら立ち上がった。
「はい。朝の給餌時も来なかったんです」
「う~ん……あの二人なら大丈夫だとは思うけどな。一応念のため、牧場内を探してみようか」
悠真がそう言うと、リオンは少し安心したように頷いた。
――――――
一方、牧場を遠く離れた空の上では、ヒエンとアクアが自由を満喫していた。ヒエンは熱い風に乗り波に乗るように滑空し、アクアもヒエンにしがみつきながら、空の旅を楽しんでいた。
「チュ!チュー!」
水晶リスが興奮した声で鳴くと、ヒエンもそれに応えるように鋭く上昇した。空から見下ろす風景は、まるで絵画のように美しい。緑の草原が広がり、小さな村が点在し、そして水面が光る川が蛇行している。
しばらくすると、二人の視界に大きな森林地帯が見えてきた。樹々が織りなす緑の絨毯のような景色に、アクアは好奇心を抑えられなくなった。小さな手で指し示すようにヒエンの羽をトントンと叩く。
「フィー?」
ヒエンは一度躊躇ったが、アクアの期待に満ちた目を見て、ゆっくりと降下を始めた。森の上空を飛びながら、様々な生き物の気配を感じる。地上では巨大な角を持つ獣が草を食み、木々の間には蜘蛛のような多脚の生物が巣を張っていた。
「チチチ!」
アクアがヒエンの視線を誘導すると、森の向こうに水煙が立ち上っているのが見えた。二人は好奇心に導かれるように、その方向へと飛んでいった。
――――――
牧場では、悠真とリオン、リーフィアが合流して三手に分かれて探していた。
「アース、アクアとヒエンを見なかったか?」
悠真は白蛇のアースに尋ねたが、彼は首を横に振るだけだった。
「念のため異空間牧場も確認してみたけど、居なかったし……いったいどこに行ったんだ?」
「泉のほうも見に行ってみましたけど、やっぱり居ないようです」
リーフィアが歩みよってきてそう報告した。
「そうか……」
悠真は思案顔で腕を組んだ。牧場内に姿が見えないとなると、外に遊びに行ってしまったのかもしれない。
「心配しすぎることはないでしょう。二人とも賢い子たちですから。きっと何か思いついて遊びにでも行ったのかもしれません」
「そうだな。特にヒエンは最近、飛行距離を伸ばしていたようだし」
悠真はリーフィアの言葉に少し安心した様子で頷いた。
「日が落ちる頃には帰ってくるだろうし、しばらく様子を見てみよう」
「分かりました!僕も作業しながら空を見ておきます!」
リオンはそう言って、空を見上げながらも再び作業に戻っていった。悠真も、気になる様子でしばらく空を見上げていた。
――――――
森を抜けた二人の目の前に広がったのは、巨大な滝だった。轟音を立てて落ちる水流は、太陽の光を受けて七色の虹を描いている。
「フィーィ……」
ヒエンは不安そうに鳴いた。これほどの水量に、炎の鳥としては本能的な警戒心が働いたのだろう。しかし、アクアは水を見て目を輝かせていた。
「チチチ!」
水晶リスは自信たっぷりに尻尾を振った。そして小さな前足を滝に向かって伸ばすと、空中に優雅な円を描くように動かした。
すると不思議なことに、滝の一部が分かれ始めた。まるで見えない壁に阻まれているかのように、水流が左右に分かれていく。アクアが作り出した通路だ。
「フィー?」
ヒエンは半信半疑だったが、アクアの自信に満ちた態度に押され、ゆっくりと分かれた滝の間に飛び込んだ。水しぶきが飛んでくるが、アクアの力によって羽が濡れることはない。
滝を抜けた先には、小さな洞窟の入り口があった。外からは決して見えない、滝に隠された秘密の場所だ。
洞窟の中は真っ暗で、足元もおぼつかない。しかしヒエンの体が次第に明るく輝き始めた。炎の鳥は体から柔らかな光を放ち、洞窟内を照らしだした。
「チュ!」
アクアは感嘆の声を上げた。洞窟の壁には不思議な結晶が埋め込まれており、ヒエンの光を受けて七色に輝いている。
二人が進んでいくと、突然、小さな影が動いた。洞窟に住み着いていた小型の魔物たちだ。蜘蛛のような姿をした生物が、壁や天井からじっと二人を見つめていた。
ヒエンは警戒して羽を広げ、体の炎を強く燃やした。途端に洞窟内が明るく照らされ、魔物たちは光を嫌うように散り散りに逃げていった。
「フィーッ!」
ヒエンは誇らしげに鳴き、アクアも小さな手で拍手をした。二人は勝ち誇った様子で洞窟の奥へと進んでいくと、やがて洞窟は広い空間へと開け、そこには驚くべき光景が広がっていた。
崩れた石の間から、人間が残したと思われる宝箱や道具、本などが散らばっていた。かつて冒険者が使っていたものだろうか。アクアはヒエンの背から降り、好奇心に導かれるまま宝物を探索し始めた。
「チチチ!」
アクアは一冊の本に興味を示した。表紙には不思議な模様が描かれている。ヒエンも近づき、二人は顔を見合わせた。
――――――
牧場では、日が傾き始めていた。悠真は作業の合間に何度も空を見上げ、二人の姿を探していた。
「まだ戻ってこないか……」
彼が呟くと、そばにいたヘラクレスが優しく鼻を鳴らした。
「おまえも心配しているのか?ありがとう、ヘラクレス」
悠真が牛の頭を撫でていると、リオンが走ってきた。
「悠真さん!あれ!」
リオンが指さす方向に目をやると、夕焼けの空に小さな赤い点が見えた。それは次第に大きくなり、ヒエンとアクアの姿だとわかった。
「帰ってきたか」
悠真はほっと安堵の息を吐いた。
「チチチ!」
「フィーィ!」
二匹は元気な声で鳴きながら、悠真の前に降り立った。アクアの背中にはどこかで拾ってきたらしい古びた本が括り付けられていた。
「まったく、心配したんだぞ。二人とも、どこで遊んできたんだ?」
悠真がそう問いかけると、アクアは嬉しそうに本を差し出した。悠真はそれを手に取り、表紙を見てみる。
「これは……誰かの日記か?」
本を開くと、ページの間から埃が舞い上がった。明らかに長い間、誰にも読まれていなかったようだ。中身を少し読んでみると、それは冒険家が各地を巡って財宝を探した記録だった。
「随分珍しいものを見つけてきたな。二人でどんな冒険をしてきたんだ?」
悠真は感心したようにそう言ったが、そのあと表情を戻すと少し注意するように二人に告げる。
「けど、あまり危ないことはするなよ。外には危険な生物だっているんだからな?」
「チュ!」「フィー!」
二人は自信たっぷりに返事をした。アクアは小さな胸を張り、ヒエンは翼を広げて自分の力を誇示するように見せた。
「まったく、困った奴らだな。あんまり心配させないでくれよ?」
悠真は苦笑いを浮かべながら、二人の頭を撫でた。
――――――
その夜、夕食後のひとときを皆でリビングで過ごしていた。悠真は二人が持ち帰った本を開き、みんなに見せていた。
「この本によると、この辺りにも財宝が隠されているらしいぞ」
悠真がそう言うと、リオンが興味を惹かれた様子で食いついてきた。
「本当ですか?僕たちも探しに行けますか?」
「興味深いですね」
リーフィアも優雅にティーカップを持ちながら言った。
「私も……気になります」
ユエも珍しく積極的な様子で発言した。暖炉の火が彼女の赤い瞳に映り込み、普段よりも活き活きと見えた。
「かなり昔の記録だから、もう誰かが見つけているかもしれないけどな」
悠真は本の年代を見ながら言った。
「でも、もし見つかっていないなら、いつか皆で探検に行ってみるのも面白いかもしれない」
アクアとヒエンは悠真の足元で丸くなりながら、満足そうに目を閉じていた。まるで「私たちは既に行ってきたよ」と言わんばかりの表情だ。
「そういえば二人は結局、どこに行ってたんでしょう?」
リオンが思い出したように言った。
「分からないけど、きっとそれは二人だけの秘密がなんだろうな」
悠真はそう言って、休んでいる二人の頭をゆっくりと撫でた。
暖炉の炎がゆらめく中、牧場の夜は穏やかに更けていった。アクアはヒエンの羽に寄り添いながら、今日の冒険を思い返して満足そうに眠りについた。そして、二人はすぐに夢の中へと旅立っていった。




