第129話 ロカの温もりと新たな癒し
夕暮れの牧場に静けさが広がる中、暗くなり始めた空に、ヒエンが美しい弧を描いていた。炎のように輝く彼の姿は、オレンジ色に染まる牧場の空で一際目を引く。ヒエンのそんな姿を見送った悠真は、今日一日の疲れを癒やすため、温泉へと足を向けていた。
「今日も一日、お疲れさま」
悠真は自分自身に語りかけながら、クロロが作った青色の温泉に身を沈めた。青みがかった湯は疲労回復効果があり、長時間の作業で凝り固まった筋肉を優しくほぐしてくれる。湯気が立ち上る中、悠真は深く息を吐き、目を閉じた。
「ありがとう、クロロ。いつも助かるよ」
悠真の言葉に、一緒に温泉に浸かっていたクロロは嬉しそうに鳴いた。
しばらくすると、小さな足音が温泉の方へ近づいてくるのが聞こえた。目を開けると、ロカが首を傾げながら温泉の縁に立っていた。
「ロカじゃないか。おまえも温泉に入りに来たのか?」
悠真が問いかけると、ロカは頷くような仕草をした。しかし、何か思いついたのか、ロカはすぐに湯には入らずに温泉の脇に設置された休憩用の石材に両手を掛けた。
「ん?何をしているんだ?」
悠真がそう聞いたがロカは特に何も答えず、石材に両手を置いたままじっとしていた。数分が経過し、ようやくロカが手を放した。そして振り返ると、悠真に向かって手招きをした。
「俺に何か見せたいのか?」
言われるままに温泉から上がり、タオルを巻いて近づいてみると、ロカはさっきまで掴んでいた石材をとんとんと叩いた。
「もしかして、乗れってことか?」
ロカは再び頷き、期待に満ちた瞳で見上げてくる。悠真は試しに手を石材に乗せてみた。すると驚いたことに、石材は程よい暖かさを帯びていた。
「おお、これは……」
試しに横になってみると、温泉とはまた違った心地よさがあった。全身が均等に温められ、じんわりと熱が体の芯まで染み込んでくるような感覚だ。
「これは岩盤浴じゃないか。ロカ、お前がこんなことをできるなんて知らなかったよ」
悠真の言葉にロカは「ピィー」と嬉しそうに鳴いた。何やらとても誇らしげな表情だ。
「ありがとう、ロカ。すごく気持ちいいよ」
心からの感謝を伝えると、ロカは満足そうに頷き、自分も温泉に浸かった。赤い鱗が青い湯の中でさらに鮮やかに見える。クロロとロカ、二匹の異なる爬虫類の姿を見ながら、悠真は岩盤浴の温もりに身を委ねた。
――――――
「ただいま」
夜も更けた頃、悠真がリビングに戻ると、リオン、リーフィア、ユエが居間でハーブティーを飲みながら談笑していた。温泉と岩盤浴で体も心もリラックスした悠真の表情は、いつも以上に穏やかだった。
「お帰りなさい、悠真さん。随分とリラックスされたご様子ですね」
リーフィアが優雅に微笑みながら言った。彼女の銀色の髪が、暖炉の光を受けて柔らかく輝いている。
「あぁ、今日はいつもと違う体験ができてな」
「違う体験?」
リオンが興味深そうに顔を上げた。緑がかった髪の少年は、何かを聞きつけた子犬のように耳を傾けている。
「ロカが岩盤浴を作ってくれたんだ。石材を温めてくれて、温泉とはまた違った温もりで体が芯から温まったよ」
「えぇ!ロカ、そんなことできたんですか?」
リオンは驚きの声を上げた。
「岩盤浴……」
普段は物静かなユエも、赤い瞳に興味の光を宿した。
「そういえば、ロカは温かい岩場で日向ぼっこするのが好きですよね」
リーフィアが思い出したように言う。
「確かに。おそらく自分の体温を調整するために物を温める能力があるんだろう。それを応用したのかもしれないな」
悠真の言葉に、リーフィアは納得したように頷いた。
「僕も試してみたいです!明日、ロカにお願いしてみてもいいですか?」
リオンが興奮した様子で尋ねる。
「ああ、もちろん。きっと喜んでやってくれると思うぞ」
悠真が答えると、リオンは嬉しそうに微笑んだ。
「私も……興味があります」
ユエも珍しく積極的な様子で言った。彼女は普段、人前で自分の意見を言うのを躊躇うことが多い。それだけ心を惹かれたのだろう。
――――――
翌日の夕方、ロカは岩盤浴が好評だったことを知り、嬉しそうに何度も「ピィピィ」と鳴いていた。温泉エリアに集まった皆の前で、彼は一層集中して石材に手を当てる。その姿はまるで職人のように真剣だった。
クロロも、いつもの様に温泉の色を変えながら、その様子を興味深そうに見守っていた。
「すごいです!こんなにちょうどいい温かさになるなんて」
石材に横になったリオンが感嘆の声を上げた。
「本当に……心地良いです」
ユエも珍しく穏やかな表情でロカに微笑んでいる。岩盤浴の穏やかな温もりは彼女にとっても心地よいようだ。
「優しい温もりが体の奥まで染み渡りますね」
リーフィアも静かな満足感を表した。
ロカはそんな皆の反応を見て、さらに得意げな様子だ。クロロと視線が合うと、二匹は何か通じ合うものがあるのか、互いに頷き合った。
「これで温泉に入れない動物たちも、温まることができますね」
リオンが言うと、悠真も「確かにそうだな」と同意する。
「ロカの能力とクロロの能力、どちらも牧場の皆の癒しになっているよ」
悠真の言葉に、二匹の爬虫類は誇らしげな表情を浮かべた。それぞれが自分の特技を活かして、牧場に貢献している喜びを感じているのだろう。
こうして牧場の日常に、また一つ、新たな楽しみと癒しの時間が加わった。それは決して派手ではないけれど、牧場の住人たちにとって大切な瞬間となった。温かな岩の上で、皆がゆったりと時を過ごす——そんな穏やかな風景が牧場に生まれたのだった。




