第120話 書物の旅と王宮のお茶会
異空間牧場でジリウスと思わぬ出会いかたをした日の夜、悠真は居間のソファに腰掛け、窓から見える月明かりを眺めていた。その横では、リーフィアがハーブティーを淹れ、リオンとユエがテーブルを囲んでいる。
「ジリウスさんのお話、本当に興味深かったですね」
リーフィアがハーブの香りを漂わせるカップを悠真に差し出しながら言った。
「うん、世界にはまだまだ知らないことがたくさんあるんだと感じたよ」
悠真はカップを受け取り、深く息を吸って香りを楽しんだ。
「僕も魔法について理解を深めたいと思いました!動植物を守れる存在になるには、魔法の知識も必要かもしれないし」
「そうですね。私もいくつかの土地を旅してきましたが、あの人の見聞はそれ以上でした」
リオンが興奮気味に言い、ユエもジリウスの深い知識に感銘を受けた様にそう言った。リオンの言葉を聞いた悠真は、ふと思いついたことを口にした。
「それなら、今度の休日にでもアスターリーズに行って魔法の本を探してみないか?息抜きも兼ねてさ」
悠真の提案を聞いた三人は、一瞬顔を見合わせた。
「そうですね。最近行く機会も減っていましたし良いかもしれません」
「行きましょう!」
二人はそう言って賛成したが、ユエは残念そうに小さく首を振った。
「あの、私は日中は難しいので……」
「あぁ、そうだったな。最近一緒に居る機会も増えてきたからつい忘れてた。なら、夜に……いや、でも店が開いてるかな?」
「いえ、私の為にご迷惑をお掛けしたくはありません。留守番も必要でしょうし、皆さんで行ってきてください」
そう答えるユエに申し訳ない気持ちになる悠真たちだったが、こうなったユエは譲らないだろうことも理解していた。
「分かった。なら、何か欲しいものはあるか?俺たちで探してくるけど」
その言葉にユエは少し考えて、思いついたものを控えめに頼んできた。
「もし……よければ、この世界のことが分かる書物を。私も、もっと広い世界を知りたいので……」
「分かった。良さそうなのを探してくるよ」
悠真の返事に、ユエはほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます」
――――――
休日の朝、悠真たちはアスターリーズへと向かった。道中で牧場に向かっていたミリアムとも合流し、一緒に行くことになった。街の入り口に着くと、以前よりも賑わっている様子に驚いた。
「なんか、いつもより人が多くないですか?」
ミリアムが周囲を見回しながら言う。確かに、通りには行き交う人々が溢れ、活気に満ちていた。
「季節の変わり目の市が開かれているみたいね」
リーフィアが正面に掲げられている看板を指さしながらそう言った。
「運がいいですね!きっと魔法に関する本もありますよ!」
リオンが嬉しそうに言った。
一行は主要な通りに沿って歩き始めた。両側には様々な店が立ち並び、中にはテント形式の露店も見られる。魔法の道具を売る店、珍しい食材を扱う店、服飾品を売る店など、種類は多岐にわたっていた。
「まずは本屋に行ってみましょう」
悠真の提案に全員が同意し、以前ドミニクに教えてもらった古書店へと向かった。店の前に着くと、入り口には「魔法技術書特別販売」という立て札が掛かっていた。
「やった!まさに狙い通りじゃないですか!」
リオンが手を叩いて喜んだ。店内に入ると、古い本の香りが鼻をくすぐる。棚には背表紙の色あせた大小様々な本が並んでいた。
「あ、これは初級魔法理論についての本ですね」
リーフィアが一冊の本を手に取った。緑色の表紙には金色で複雑な魔法陣が描かれている。
「こっちは薬草と魔法の相互作用について書かれているみたい」
ミリアムが興奮した様子で、分厚い本を開いていた。挿絵には様々な薬草と、それに対応する魔法の効果が描かれている。
「僕はこれが気になります。『生命の魔法・治癒と守護の技法』……動物や植物を助けるのに役立ちそうです」
リオンも自分の興味のある本を見つけたようだ。
悠真も棚を見て回り、『世界各地の異文化と魔法体系』という本を手に取った。ジリウスの話を思い出させるようなタイトルだった。さらに、ユエのために『世界見聞録―各大陸の特徴と歴史について―』という本も選んだ。
皆がそれぞれの本を選び終わると、店の奥から老人が姿を現した。
「うむ、良い目を持っておるの、お客さんら。特別に少し割引してやろう」
店主は温かな微笑みを浮かべ、彼らの選んだ本を見た。悠真たちは各々の本を購入し、満足げな表情で店を後にした。
「次はどこに行きましょうか?」
ミリアムが周囲を見回しながらそう問いかけていると、そこへ別の方向から彼らに声を掛けるものがあった。
「皆さん、こんにちは」
突然、優雅な声が聞こえた。振り向くと、そこには淡い金色の髪をなびかせたアリシアが立っていた。普段よりも随行の衛兵は少なく、控えめな装いだったが、その気品は隠しようがなかった。
「アリシア様!」
悠真たちは驚いて立ち止まった。
「もう、敬称は不要だと申しましたのに……ですが、こんな公の場では少々問題があるかもしれませんね」
アリシアは柔らかく微笑み、手招きした。
「久しぶりですね」
「はい、お元気そうで何よりです」
悠真が答えると、アリシアは嬉しそうに頷いた。
「皆さんも元気そうで何よりです。今日は買い物でしょうか?」
「はい、魔法について勉強するための本などを買いました」
リーフィアが答えると、アリシアの瞳が好奇心で輝いた。
「そうですか。私も魔法の研究には興味があります。せっかくですから、王宮でお茶でもいかがですか?久しぶりにゆっくりお話したいですし」
その誘いに、悠真たちは少し驚いたが、喜んで受け入れた。
――――――
バストリア王宮の庭園は、前回訪れた時よりも花々が咲き誇り、さらに美しくなっていた。アリシアに案内され、彼らは日陰のパビリオンに設けられたテーブルに着いた。
「どうぞ、くつろいでください」
アリシアの合図で、侍従たちがお茶とお菓子を運んできた。上品な香りのハーブティーと、色とりどりの小さなケーキが並ぶ。
「そういえば、牧場の皆さんの様子はいかがですか?」
アリシアの質問に、悠真たちは顔を見合わせて笑った。
「増えすぎて、数えるのが大変なくらいです」
悠真は笑いながら答え、最近の出来事——特に旅の魔法使いジリウスの訪問について話した。
「まあ、それは素敵な出会いですね!空間魔法を使える魔法使いなんて、本当に珍しいです」
アリシアは興味深そうに聞き入った。
「王女様の生物園のほうはいかがですか?」
リーフィアが尋ねると、アリシアは嬉しそうに微笑んだ。
「とても順調です。最近は珍しい植物なども増えて、研究者たちも喜んでいます。よろしければ後でご案内しますね」
会話は弾み、時間が経つのも忘れるほどだった。アリシアは最近の王国の様子や、自分の研究の進展について語り、悠真たちは牧場での日常やそれぞれの興味について話した。
お茶と会話を楽しんだ後、アリシアは約束通り生物園を案内してくれた。前回よりも種類が増え、より自然に近い環境が整えられていた。
「こちらが最近増えた区画です。砂漠の生態系を再現しています」
アリシアが案内したのは、乾燥した土地に特有の植物が植えられ、小さな爬虫類が日光浴をしている空間だった。
「素晴らしいですね……」
悠真はその光景に見入った。自分の牧場とはまた異なる生物達が過ごしている風景は、彼の目に新鮮に映った。
案内が終わり、別れの時間が近づいてきた。
「今日は本当に楽しかったです。またぜひ牧場に遊びに来てください」
悠真がアリシアに言うと、彼女は明るく微笑んだ。
「えぇ、もちろん。新しい子たちも気になりますし、また伺わせて頂きます」
別れの挨拶を交わし、悠真たちは王宮を後にした。夕暮れ時の街を通り抜け、牧場への帰り道を急いだ。
――――――
牧場に戻ると、ユエが玄関で待っていた。外は既に日が落ち、夜の静けさが広がっていた。
「おかえりなさい、みなさん」
ユエの声には、少しだけ安堵が混じっていた。
「ただいま、ユエ。良さそうなのがあったから買ってきたよ」
悠真は『世界見聞録―各大陸の特徴と歴史について―』の本を差し出した。ユエはその本を両手で大切そうに受け取った。
「ありがとうございます……こんな素敵な本を」
「他にも色々買ってきたよ。良かったら皆で読み合いでもしようか」
悠真の提案に、全員が賛成の意を示した。リーフィアはすぐにハーブティーの準備を始め、ミリアムとリオンはテーブルの上に買ってきた本を並べ始めた。
「今日は本当に収穫の多い一日だったね!」
「そうだな。興味のある本も見つかったし、アリシア王女とも会えたし」
リーフィアがティーカップを配りながら微笑んだ。
「これからも、こうして一緒に学び、成長していければいいですね」
悠真の言葉に、皆が温かく頷いた。窓の外では月が昇り、牧場の動物たちもそれぞれの寝床で安らかに眠りについている様子だった。
本棚に並んだ新しい本たちは、これからの彼らの冒険と成長を見守るように、静かに佇んでいた。




