第118話 異空間の不思議な牧場
朝焼けに染まる空を眺めながら、悠真は納屋の柵に腰掛けていた。牧場には、のどかな動物たちの鳴き声が響いている。彼の視線の先では、アクアとフロストが朝の散歩を楽しんでいた。
「改めて見るとすごい光景だな……」
悠真は小さくつぶやいた。最初は何もなかった牧場に、今では様々な生き物たちが集まり、彼らの生活の場となっている。それは確かに嬉しいことだったが、同時に少し心配な面もあった。
「このままだと、少し手狭になってくるかな……」
悠真がそんなことを考えていると、リーフィアが朝食の準備を整えている台所から顔を出し、微笑んだ。
「悠真さん、朝食の準備ができましたよ」
「ありがとう、リーフィア。すぐに行くよ」
悠真が返事をすると、ふと視界の隅に青い文字が浮かび上がった。
【牧場経営スキルがLv8に上昇しました】
【新機能「異空間牧場」が解放されました】
「またレベルアップしたのか。にしても、異空間牧場……?」
普段聞くことのない単語に悠真は首を傾げた。すると、その疑問に答えるかのように、脳内に異空間へのゲートを開く方法が浮かんできた。悠真は思わず立ち止まり、その情報を整理する。
「悠真さん?どうかしましたか?」
リーフィアが心配そうに声をかけてきた。
「いや、牧場経営スキルがレベルアップして、また新しい機能が追加されたみたいだ」
「新しい機能ですか?」
「ああ、『異空間牧場』というものらしい。ゲートを開いて、別の空間に牧場を拡張できるようだ」
悠真の言葉に、リーフィアは上手くイメージできなかったらしく首を傾げていた。
「異空間牧場……ですか。どういうものなんでしょう?」
「そこまでは俺も分からない。朝食の後にでも試してみるか」
――――――
朝食を終え、悠真は納屋の近くの空き地に立っていた。リーフィアとリオンも興味深そうに見守っている。ちょうどその時、ミリアムが薬草を届けに来ていて、三人の様子を不思議そうに眺めていた。
「皆さん、おはようございます!こんなところに集まってどうかしたんですか?」
ミリアムが近づいてきて尋ねた。
「ああ、ミリアム。ちょうど良いところに来たな。今から、新しいスキルを試そうとしているんだ」
悠真はミリアムにも簡単に説明し、それから頭に浮かんだ方法通りに手を動かした。両手を前に出し、空間に向かって円を描くように動かす。すると、徐々に空気が歪み始め、紫がかった青い光の渦が現れた。
「わぁ……」
その不思議な光景に、リオンとミリアムが息を呑む。
「これが、異空間へのゲートか」
悠真は恐る恐る手を伸ばした。手がゲートに触れると、まるで水面に触れるような感覚があり、しかし手は向こう側へと突き抜けた。
「だ、大丈夫そうですか?」
リーフィアがその様子を見ながら心配そうに聞いてくる。
「あぁ、特に手に異常は感じない。まずは俺一人で行ってみるよ。みんなはここで待っててくれ」
悠真は深呼吸し、勇気を出して一歩前に踏み出した。ゲートを通過する感覚は不思議なものだったが、通り抜けると一気に視界が開けた。
そこに広がっていたのは、どこまでも続く美しい草原だった。
「ここが、異空間牧場……?」
悠真は思わず声を漏らした。穏やかな風が吹き、草原には色とりどりの野花が咲いている。空は澄み渡り、雲一つない青空が広がっている。しかし、不思議なことに太陽はどこにも見えなかった。それでいて、草原全体が柔らかな光に包まれていた。
悠真は数歩歩き、周囲を見回した。どの方向を見ても同じ景色で、まるで無限に広がっているようだった。その後、しばらく歩いてみたが、景色が変わる様子はない。
「こんなに広いと、迷子になりそうだな……」
少し不安になって振り返ると、幸いなことにゲートはまだそこにあった。光の渦が回転しながら、元の世界への入り口を示している。
「とりあえず問題はなさそうだし、一旦戻るか」
悠真はゲートに向かって歩き、再び通過すると元の牧場に戻ってきた。リーフィア、リオン、ミリアムが驚いた表情で彼を見つめている。
「悠真さん!無事だったんですね」
ミリアムが安堵の声を上げた。
「ゲートの先はどんな場所だったんですか?」
リオンが好奇心いっぱいの目で尋ねる。
「広大な草原だった。どこまで続いているのか分からないくらいだ」
悠真の説明に、三人は興味を惹かれてゲートに目を向けた。
「僕たちも見てみても良いですか?」
リオンが期待を込めて尋ねる。
「もちろん。でも、念のため一人ずつ行こう。俺が先導するよ」
悠真はそう言って、再びゲートに向かった。まずリーフィアが、次にリオンが、そしてミリアムが、それぞれ悠真の後について異空間に入った。
「わぁ、すごいです!」
ミリアムが草原に足を踏み入れた途端、歓声を上げた。
「本当にどこまでも続いてる……」
リオンも地平線の先を見つめながら呆然とした様子で声を漏らした。
「不思議な場所ですね。私たちの知っている世界の法則とは違うようです」
リーフィアはそう言って興味深そうに辺りを見渡している。
しばらくそんな異空間の光景を見て回っていた4人だったが、ふとミリアムが思いついたように言った。
「ねえ、悠真さん。異空間に来るにはさっきのゲートを通る必要がありますけど、ゲートを作れるのは悠真さんだけですよね?もし悠真さんがゲートを閉じちゃったら、私たち閉じ込められちゃうんでしょうか?」
ミリアムの質問に、悠真たちは顔を見合わせた。確かに重要な疑問だ。
「試してみようか」
悠真は言い、ゲートの方に向かった。
「それじゃ、僕がこちら側に残りますから、悠真さん、一度ゲートを閉じてみてください」
リオンがそう提案した。悠真は少し迷ったが、スキルを完全に理解するためには必要なことだと判断した。
「分かった。少し経ったらまた同じ場所にゲートを作るから、もしゲートが消えても慌てないで待っててくれよ」
悠真はそう言って、リーフィアとミリアムと共にゲートを通り、元の世界に戻った。そして、慎重に手を動かしてゲートを閉じた。青い光の渦が徐々に小さくなり、最後には消えた。
三人はしばらく緊張した面持ちで、何も見えなくなった空間を見つめていた。
「リオンくん、大丈夫かな……」
ミリアムが心配そうに呟いた時、突然、同じ場所に小さな光の点が現れ、それが急速に広がってゲートが再形成された。そして、驚いている三人の前でゲートからリオンが飛び出してきた。
「あ、出れた!」
「リオン、よかった。そっちのゲートは消えなかったのか?」
悠真が安心して聞いてみると、リオンは頷きながら起きたことを報告した。
「はい。でも、急にゲートの色が変わりました。それで、たぶん悠真さんがゲートを閉じたんだなって思って。気になってゲートに触れてみたら元の色に戻ったんです」
「なるほど。俺がゲートを閉じても反対側からは戻れるようになっているのか」
そう考えながら悠真がゲートの方を見ると、いつの間にかゲートは消えていた。
「今度は勝手に消えたな。時間経過かもしくは向こう側に誰も居なくなったら消えるのか?」
悠真はそう推測した。
次に彼らは別の場所でゲートを開けられるか試してみた。悠真が庭の反対側に移動し、同じ動作をすると、そこにも新たなゲートが形成された。そして、前のゲートはそのまま残っていた。
「複数のゲートを開けられるみたいですね」
「だな。他にも色々試してみよう」
彼らは様々なパターンを試し、いくつかの発見をした。
悠真が誰かを思い浮かべながらゲートを開くと、思い浮かべた相手の近くにゲートが出現することが分かった。また、異空間内でも牧場経営スキルの機能は健在で、地形のカスタマイズや気温の調整が可能だった。
「これなら安心だな。万が一誰かが迷子になっても、すぐに探し出せる」
悠真は安堵の表情を浮かべた。
「ある程度確認もできましたし、みんなも連れていってみましょうか?」
リーフィアの提案に、悠真はうなずいた。
――――――
早速、悠真たちは牧場に戻り、何人かの動物たちを連れてきた。
「さあ、みんな。入ってみてくれ」
フレア、ウィンド、アクア、そしてアズールを異空間に招き入れると、彼らは驚いた様子で周囲を見回していた。しかし、すぐにその広大な空間に喜びを感じ取ったのか、一斉に駆け出していった。
「コーン!」
フレアが嬉しそうに鳴き、尾から小さな炎を放ちながら草原を駆け回る。ウィンドも大きな翼を広げ、低空飛行で草原の上を滑空していった。
「みんな、とても喜んでいますね」
リーフィアが穏やかに微笑んだ。
「この広さなら、思いっきり走っても大丈夫そうだ」
悠真も満足げに頷いてその光景を眺めていたが、ふと、ある疑問が頭を過ぎった。
「この異空間、時間はどうなっているんだろう?」
彼が空を見上げると、太陽らしきものは見えないにも関わらず、周囲は明るく照らされていた。悠真が暗くなることはないのか?と考えていると、それに応えるかのように徐々に辺りが暗くなり始めた。
「わっ!急に暗くなってきました」
ミリアムが驚いて声を上げた。悠真が慌てて明るくなるように意識すると、周囲が先ほどと同じくらいの明るさに戻った。
「わ、悪い。でも、この空間は明るさも俺の意思で調整できるみたいだ」
「……あぁ、それで急に暗くなったのですか。明るさまで変えられるなんてすごい能力ですね」
リーフィアも突然暗くなり始めた時は少し不安そうな様子を見せていたが、理由が分かり安心した様子でそう答えた。
「あぁ、これは便利かもな」
悠真も頷いてそう答えた。
――――――
夕暮れ時、悠真たちは牧場に戻り、家で夕食を取っていた。話題は自然と異空間牧場のことになる。
「本当に不思議な場所でしたね」
リーフィアがハーブティーを注ぎながら言った。
「僕、明日もっと探検してみたいです!」
リオンは目を輝かせていた。その時、階段から静かな足音が聞こえてきた。
「おはようございます、皆さん」
起きてきたユエが悠真たちに向けて挨拶した。
「おはよう、ユエ。ちょうど良いところに」
悠真は立ち上がり、今日の発見を彼女に話した。ユエは赤い瞳を丸くして話を聞いている。
「異空間……ですか?私も、見てみたいです」
「今から行ってみるか?」
悠真の提案にユエはうなずいた。しかし、彼女の表情にはわずかな不安も見えた。
「で、でも、大丈夫でしょうか?私、明るいところは……」
「それなんだが、吸血鬼が苦手なのは太陽の光なんだろう?異空間には太陽がなかったから大丈夫じゃないかと思うんだ。気になるようなら明るさは調節できるから、まずは少し暗くしてから入ってみればいい」
悠真の言葉に、ユエは興味半分怖さ半分といった感じで頷いた。
悠真たちは庭に出て、再びゲートを開いた。中をのぞくと、異空間はまだ明るいままだった。悠真は念じて、日暮れ近くの明るさにするとユエを手招きした。
「は、はい。それじゃ……」
彼女はそう言って、恐る恐るゲートに足を踏み入れた。草原に立ったユエは、周囲を見回し、驚きの表情を浮かべた。
「これは……本当に広いですね……」
ユエはそう言ってどこまでも広がる草原を眺めた。
「だろう?それじゃ、少しずつ明るくしても大丈夫か試してみよう。何かあれば戻すからすぐに言ってくれ」
悠真がそう言うと、ユエは少し緊張した様子を見せながらもこくりと頷いた。
そして、徐々に明るさを調整していくが、ユエがそれに苦痛を感じる様子はない。少しして昼間と変わらない明るさになってもユエの体に変化はなかった。
「信じられません。私、明るい空の下でも、こうして外にいられるんですね……」
ユエの声は感動に震えていた。悠真たちはその姿を見て、微笑んだ。
「ここなら、昼間の動物たちとも一緒に遊べるね」
ミリアムが優しく言った。ユエはうなずき、少し涙ぐんでいるように見えた。
「ありがとうございます、悠真さん」
彼女の言葉は心からのものだった。
――――――
そうして、異空間の草原は牧場のメンバーには概ね好評という結果になった。特にユエにとっては、日中でも活動できる可能性を見出した貴重な発見だった。
翌朝、悠真は早くから異空間牧場の整備を始めた。リオンとリーフィアも手伝い、まずはそれぞれの動物に合った環境を考えていった。
「レインのための大きな水場はこの辺りでどうでしょう?」
リーフィアが地図を広げながら提案する。
「いいね。そしてその隣に、アースやアクアが楽しめる小さな池も作ろうか」
彼らの計画は順調に進み、午後にはいくつかの地形が完成した。広大な草原、清らかな水場、そして小さな森。それぞれの動物たちも、自分たちの居場所を見つけ、嬉しそうに新しい環境を探索していた。
「みんなも、この場所を気に入ってくれたみたいだな」
悠真が微笑むと、リオンも嬉しそうに頷いた。
「僕も、ここで動物たちのお世話をするのが楽しみです!」
――――――
翌日から、悠真たちは異空間牧場を整備し始めた。
「住まいや寝床は元の牧場にありますから、こっちは主に遊び場や、広さを活かした何かにするのが良さそうですね」
リーフィアの提案に、皆が頷く。
「広いから、みんなが自由に遊べる場所がいいですね!」
「向こうと同じように、皆が快適に過ごせる空間も用意したほうが良いですね!」
リオンやミリアムもそれぞれ積極的にアイデアを出した。
意見も一通り纏まったところで、悠真は牧場経営スキルを駆使して様々な環境を作り始めた。レインのための深い水場、アースが日光浴できる岩場、ウィンドが羽を休められる小さな丘……それぞれの生き物に合わせた場所を作っていく。
「あ、こっちにはハーブ園も作りたいです!」
ミリアムの提案で、薬草が育つ小さな庭も作られた。
作業を進めるうちに、異空間牧場はどんどん豊かな場所へと変わっていった。池や川、丘や森、岩場や砂地…さまざまな環境が広がり、どの生き物も自分の居場所を見つけられるような空間になっていく。
「あれ?」
悠真が作業の手を止め、不思議そうに空を見上げた。
「なんだろう……空に何か光ってるような……」
皆が見上げると、高い空に小さな光の粒が浮かんでいた。それはゆっくりと降りてきて、やがて悠真の前に停まった。
「これは……?」
それは小さな光の球だった。悠真が手を差し出すと、光の球は静かに彼の掌に乗った。そして、また青い文字が浮かび上がる。
【異空間の管理精霊が誕生しました】
「異空間の……管理精霊?」
その瞬間、光の球は大きく膨らみ、人の形になっていく。やがて、光が収まると、そこには銀髪の青年が立っていた。
「初めまして、マスター」
その青年は優雅に一礼すると、静かな声で悠真にそう挨拶をした。
「私はこの異空間の管理者、あなたが居ない間のサポートをさせて頂きます」
「そ、そうなのか。俺は白石悠真だ。よろしくな」
「はい、マスター。私は……申し訳ありません。私にはまだ名前がありません。名前を付けて頂けますでしょうか?」
「あ、あぁ。そうだよな。ちょっと待ってくれ」
その後、皆で考えた末、管理精霊は「リベル」という名前に決まった。自由を意味する言葉から取った名前だ。
「リベル……素敵な名前です。ありがとうございます」
リベルは光を明るく輝かせ、喜んでいるようだった。
「これからこの空間がマスターと皆さんの助けになれるよう、私もお手伝いします。皆さんが居ない間のことは任せて下さい!」
こうして、牧場には新たな仲間と新たな場所が加わった。その後はリベルのサポートも加わり牧場の整備が再開された。そして日が沈む時間帯になると、悠真たちは異空間の牧場のことをリベルに頼み、元の牧場へと戻ってきた。
――――――
夕食を終えて一休みしていると、窓の外では牧場を照らす月光の下、動物たちが静かに休んでいる様子が見えた。悠真は窓辺に立ち、満天の星を見上げた。
「また、明日からが楽しみだな」
彼の小さなつぶやきは、夜風に乗って牧場の隅々まで届いたかのようだった。




